表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202/219

第202話:今度は自分で選ぶ


翌朝。


村は、

もう動いていた。


昨日まで、

死にかけていたとは思えない。


「……」


窓から外を見る。


エアがいた。


薪を割っている。


その横では、

セレスが手伝っていた。


いつもなら。


自分も、

手伝いに行く。


でも。


行けなかった。


昨日の話が、

頭から離れない。


転生。


向こう側。


何百年。


何千年。


私達が生きている時間より。


ずっと、

先の話。


「……」


エアは笑う。


怒る。


困る。


ご飯も食べる。


でも…時々。


本当に、

時々。


…遠い。


最初から、

…違う場所を見ているみたいに。


「ユーリス?」


声がした。


振り向く。


マリス…違う。


ルクナスだった…。


分かっている。


ルクナスのおかげで、

マリスは死なずに済んだ。


顔は同じなのに、

…少し胸が痛んだ。


「どうしたの?」


いつもの調子。


優しい声。


でも、やっぱり違う。


マリスは、

こんなふうには笑わない。


「……何でもないです」


自然に、

そう答えていた。


ルクナスは、

少しだけ困った顔をする。


「そう……」


それ以上、

続けなかった。


そのまま、

部屋を出ていく。


扉が閉まる。


静かになる。


「……」


私は、

一人になった。


少しだけ。


寂しかった。


ーーーーー


街道を歩く。


森の道は、

静かだった。


前方。


エアとセレスが、

並んで歩いている。


珍しい。


いや。


最近は、

そうでもないか。


「……」


視線が、

少しだけ向く。


二人は、

何か話している。


距離は近い。


別に。


本当に、別に。


変な話をしているわけではない。


分かっている。


けれど…。


「……」


胸の奥が。


少しだけ、重かった。


何が嫌なのか。


自分でも、

分からない。


セレスは強い。


槍の扱い。


火の知識。


私より、

ずっと上だ。


昨日の話だって、

そうだ。


ああいう話になった時。


私は受け止めて、

理解することに戸惑ってしまう。


興味がないわけではない。


むしろ逆だ。


でも。


あまりにも、

大きすぎる話だった。


なのに。


セレスは、

黙って聞いていた。


驚いていないわけではない。


それでも。


どこか、

納得しているようにも見えた。


この間までとは…、

…まるで別人みたいに。


「……ユーリス?」


声がした。


振り向く。


また、ルクナスだった。


「難しい顔してるね」


「してません」


即答する。


「してる」


「……してません」


「してる」


「……やめてください!」


思ったより、

大きな声が出た。


自分でも驚く。


前を歩いていた、

エアとセレスが振り返った。


「どうした?」


「貴様。ユーリスに何をした?」


二人とも、

足を止めている。


私は慌てた。


でも。


口が、

勝手に動いた。


「だって……」


ルクナスを見る。


マリスの顔。


でも違う。


ずっと、

胸の奥に引っ掛かっていたものが。


溢れた。


「マリスさんの顔で…。

 そんなふうに、笑わないでください……」


言ってしまった。


空気が止まる。


「……あ」


自分で言ってから、

気付く。


違う。


そんなつもりではない。


ルクナスが、

悪いわけではない。


助けてくれたのも、

ルクナスだ。


分かっている。


分かっているのに。


「ご、ごめんなさい……」


慌てて俯く。


「違うんです、そういう意味じゃ……」


言葉が続かない。


ルクナスは、

少しだけ目を伏せた。


それから。


困ったように笑う。


今度は。


さっきのような、

軽い笑いではなかった。


「……うん」


小さく頷く。


「ごめん」


静かな声だった。


「気付いては、いたんだけどね」


少しだけ、

肩を竦める。


「やっぱり、難しいか……」


誰も、

すぐには喋らなかった。


風だけが吹く。


エアは黙っている。


セレスも、

何も言わない。


ルクナスだけが、

少し遠くを見る。


「僕は僕で。

 マリスは、マリスなんだけど」


小さく笑う。


「彼女の身体だもんね」


ルクナスは、

苦笑した。


いつもの、

軽い顔。


のはずだった。


でも。


少しだけ、

寂しそうにも見えた。


「……」


私は、

何も言えない。


違う。


傷付けたかったわけではない。


本当に。


そんなつもりでは、

なかった。


「ごめんなさい……」


もう一度だけ、

言う。


小さな声だった。


ルクナスは、

首を振る。


「謝らなくていいよ」


少し間。


「むしろ、当然だと思う。

 僕がちょっとはしゃぎすぎた」


風が吹く。


森が揺れる。


「僕だって。

 逆なら、嫌だしね」


そう言って、

笑う。


今度は。


少しだけ、

マリスらしく見えた。


だから。


余計に、

胸が痛んだ。


「……ルクナス」


エアが、

口を開いた。


ルクナスが、

顔を上げる。


「ん?」


「今、マリスと話せるか?」


空気が止まった。


私も、

顔を上げる。


ルクナスは、

少しだけ目を細めた。


「……話せるよ」


静かな声だった。


「なら、代われ」


「……今?」


「今だ」


エアは、

迷わなかった。


「ユーリスが話したいのは。

 お前じゃない」


胸が、

ぎゅっと詰まった。


ルクナスは、

少しだけ困ったように笑う。


「意外と君って……」


そこで、

言葉を切る。


そして。


目を閉じた。


「じゃあ。

代わるね……」


風が吹く。


数秒。


何も起きない。


だが。


ルクナスの肩が。


ほんの少しだけ、

揺れた。


呼吸が変わる。


立ち方が変わる。


目が開いた。


「……ユーリス」


声が違った。


私は、

息を呑む。


「マリス……さん……?」


マリスは。


少しだけ、

視線を逸らした。


いつもの、

無表情に近い。


でも。


どこか、

気まずそうだった。


「……聞こえていた」


小さな声。


「…ずっと」


私は、

何も言えなかった。


マリスは続ける。


「…ごめん。出てこなかったのは……」


少し間。


「…怖かったから」


「怖かった……?」


「私は…。

 あなた達と敵対した」


淡々とした声。


でも。


いつもより、

少しだけ弱い。


「…私には命令があった。

 …役目があった。

 …逃げるあなた達を止める理由もあった」


視線が落ちる。


「…でも。

 それは理由であって」


少しだけ、

声が掠れる。


「…なかったことにはならない」


胸が痛くなる。


「私は、あなた達を裏切って…。

 …傷付けた」


マリスは言う。


「だから……」


少しだけ、

目を伏せる。


「…どんな顔をして。

 出ればいいのか……」


そして。


「分からなかった…」


私は、

唇を噛んだ。


違う。


そうではない。


言いたいことはあるのに。


言葉にならない。


「……よかった」


喉が詰まる。


マリスの目が、

少しだけ揺れた。


「ルクナスが助けたのは。

 分かっています」


でも。


「でも……」


涙が出そうになる。


「マリスさんが、いないみたいで」


声が震える。


「寂しかったです……」


そう言って。


私は、

マリスへ抱き付いた。


「ユー…リス?」


マリスは、

黙っていた。


しばらく。


何も言わなかった。


そして。


「……そう」


小さく呟く。


マリスの手が、

ぎこちなく背中へ回る。


抱き返すというより。


どうすればいいのか、

分からないまま。


触れているようだった。


「……ごめんね」


たった、

それだけ。


でも。


その声は。


間違いなく、

マリスだった。


「……エアにも」


マリスが、

ぽつりと呟く。


私は、

顔を上げた。


マリスは、

少しだけ視線を逸らす。


珍しく。


落ち着かない顔だった。


「……私は」


そこで、

言葉が止まる。


少しだけ迷う。


そして。


「…あの時、最悪の場合」


エアを見る。


「エアを…、殺そうとしていた」


風が吹く。


誰も喋らない。


マリスは続ける。


「命令だったから…」


少し間。


目を伏せる。


「だから……」


小さく、

拳を握る。


「嫌われても…。

 当然だと思っていた…」


その声は。


少しだけ、

震えていた。


「…なのに」


今度は、

エアを見る。


「私が死にかけた時…」


少し間。


「怒っていた…」


さらに。


少しだけ間を置く。


「泣いていた…」


マリス自身。


まだ、

理解出来ていないようだった。


「……分からなかった」


小さく呟く。


「あなたを殺そうとした私なんかに。

 何故、そこまでしてくれるのか……」


「当たり前だ」


即答だった。


マリスが固まる。


エアは、

首を傾げる。


「違うのか?」


「……」


言葉が出ない。


「敵だったとか」


エアは、

肩を竦める。


「命令だったとか」


興味がなさそうに、

言う。


「そんなのは。

 後だ」


マリスを見る。


「お前は。

 マリスだろ?」


マリスの目が揺れる。


エアは。


本当に、

不思議そうな顔をしていた。


「……」


「何だその顔は?」


マリスは、

答えない。


エアは続ける。


「命令だとか、役目だ何だとか」


少しだけ、

眉を寄せる。


「だから何だ?」


森が揺れる。


「お前はユーリスの友達で」


短く言う。


「マリスだ」


あまりにも。


あっさりしていた。


マリスが固まる。


「私は……」


ようやく、

声が出る。


「敵になった」


「なったな」


「それが、セレスに刺される原因にもなった……」


「それに刺したことは、俺も怒っている」


本当に。


何でもないように。


エアは、

返事をしている。


そして。


短く言う。


「お前が死にそうだった時」


真っ直ぐに、

視線を向ける。


「助かってほしかった」


それだけだった。


「……」


マリスの喉が動く。


言葉が出ない。


「そして今は生きてここにいる」


エアは続ける。


「だから。

 別にいいさ」


本当に。


それ以上でも、

以下でもないように。


「……分からない」


マリスが呟く。


「私には……」


少し俯く。


「…何故、そんなふうに考えられるのか」


エアは、

鼻を鳴らした。


「考えるようなことではない、

 と、俺は思うけどな」


即答だった。


「ユーリスも。

 俺も」


思わず。


私は、

顔を上げる。


エアは言う。


「お前が死んだら。

 嫌だった」


マリスが固まる。


長い沈黙。


やがて。


「……私は」


小さな声。


「生まれた理由がある」


エアは、

黙って聞いている。


「そのために、作られた」


少し間。


「役目もある……」


「何だ?まだそれか?」


エアは、

首を傾げる。


「なら、また戦うか?」


「戦わない……」


「そうか」


「今は」


マリスは、

私を見る。


それから。


エアを見る。


そして。


ほんの少しだけ。


セレスを見る。


「…私は…もう。

 …友達を裏切りたくない」


風が、

優しく吹いた。


ーーーーー


木々が揺れている。


「私は……」


マリスは、

胸元を握る。


「今は、自分で決めたい……」


震える声だった。


役目を優先した。


命令を優先した。


自分の存在する意味を、

優先した。


だが。


今は違う。


「……私は」


ゆっくりと、

顔を上げる。


「…あなた達と行く」


初めてだった。


誰かに従うためではない。


役目を果たすためでもない。


「…今度は。

 自分で選ぶ…」


そう言った瞬間。


マリスの顔から。


ずっと張り付いていた何かが。


少しだけ、

消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ