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第200話:ただの遺跡


森へ向かう。


村の喧騒は、

すぐに遠ざかった。


聞こえるのは、

風の音だけだ。


木々の隙間から、

朝日が差し込んでいる。


「……」


隣を歩く、

ルクナスを見る。


少し、

疲れた顔だった。


だが。


歩みは止まらない。


俺も、

前を見る。


林道。


その先。


アンカー。


ただ…。


少しだけ、

気になることがあった。


「一つ聞きたい」


ルクナスが、

こちらを見る。


「ん?」


「俺に与えたのは……火だけか?」


ルクナスが、

瞬きをした。


「急だね」


「前からだ」


俺は言う。


「ずっと、気になっていた」


風が吹く。


「俺が、アンカーでお前と出会う前」


木の葉が揺れる。


「角熊を倒した時だ」


ルクナスの目が、

少しだけ細くなる。


「……」


「身体が変わった」


続ける。


「あれから力が増して、

 …身体も頑丈になった」


昔を思い出す。


獣。


魔物。


生き残るための戦い。


死にかける度に。


身体が変わった。


強くなった。


「これも。

 お前の仕業じゃないのか?」


ルクナスは、

少しだけ黙った。


「う~ん、両方かな?」


小さく呟く。


俺は、

足を止めない。


ルクナスも。


歩きながら、

言葉を続ける。


静かな声だった。


「確かに。

 火だけじゃない」


森が静まる。


風だけが、

流れていく。


「君は元々、少し特殊なんだ」


「特殊?」


「ああ」


ルクナスは頷いた。


少し、

考えるような顔をする。


どこから話すか。


迷っているらしい。


やがて。


「君はルクスの魂の残滓を、

 存在の核にしている」


そう言った。


「……」


聞いたことはある。


だが、それだけだ。


俺は、

俺だ。


ルクスではない。


その認識は、

変わらない。


ルクナスも、

分かっている。


だから。


少しだけ笑い。


続けた。


「君は、完全にルクスじゃない」


「知っている」


即答する。


「うん」


ルクナスは頷いた。


「でも、その残滓は使った」


木々の間を歩く。


朝日が揺れる。


「だから……。

 …僕はね」


少しだけ、

目を伏せた。


「君に、生きてほしかった…」


静かな声だった。


「…少しだけ手を加えた」


俺は眉を寄せる。


「手を加えた?」


「…生き残りやすいように」


さらりと言う。


「普通の人間なら、死ぬような傷でも」


自分の胸を指す。


「少しだけ、

 耐えられるように。


 少しだけ、

 強くなれるように。


 少しだけ、

 順応出来るように」


少しだけ。


少しだけ。


何度も言う。


だが。


ルクナス自身。


その結果には、

驚いているようだった。


「少しじゃ、なかったみたいだけど」


苦笑する。


俺は黙る。


角熊。


黒狼。


ゴブリンの王。


飢え。


寒さ。


毒。


思い返せば。


確かに、

普通より粘った。


「……なら」


少し考える。


そして。


聞いた。


「俺が勝ってきたのは」


森を見る。


遠くを見る。


「俺が、強かったからじゃないのか」


ルクナスの足が、

止まりそうになる。


少し、

驚いた顔だった。


そして。


「違う」


すぐに答えた。


迷いはない。


「それは違う」


俺は、

ルクナスを見る。


ルクナスも。


俺を、

真っ直ぐに見る。


「生き残れた理由ではある」


だが。


小さく、

首を振る。


「勝った理由じゃない」


風が吹く。


木々が鳴る。


「角熊を倒したのは、君だ」


一つずつ。


言葉を置く。


「村を作ったのも、君だ」


そして。


「ルゥを守ったのも」


少しだけ笑う。


「全部、君だよ」


俺は、

何も言わない。


ルクナスは続ける。


「僕がしたのは」


空を見上げる。


「死ににくくしただけ」


肩を竦める。


「正直、ここまで育つとは思っていなかった」


「……」


「途中で死ぬと、思っていたし」


「おい」


思わず言う。


ルクナスが、

吹き出した。


「あはは。ごめん」


全く、

悪いと思っていない顔だった。


だが。


少しだけ、

空気が軽くなった。


森を抜ける風も。


先程より、

穏やかに感じる。


その時だった。


ルクナスの顔が変わる。


笑みが消える。


足が止まった。


「……着いた」


前を見る。


森の奥。


木々が、

途切れている。


その先。


石の広場が見えた。


そして。


広場の中央。


一本の柱が、

立っていた。


「……」


広場は、

静かだった。


鳥もいない。


虫の声もない。


風だけが、

吹いている。


嫌な静けさだった。


「これだ……」


ルクナスが呟く。


俺は、

柱を見る。


確かに。


妙だった。


石に見えるが、違う


金属にも見えるが、金属でもない。


どちらにも見えて。


どちらでもない。


高さは。


人、

三人分ほど。


表面には、

無数の線が走っている。


傷ではない。


文字でもない。


何かの術式のようだった。


「これが。

 ここのアンカーか?」


俺が聞く。


ルクナスは頷く。


「ああ」


ゆっくりと、

近付いていく。


警戒している。


慎重だった。


ルクナスが。


一歩、

前へ出る。


柱へ、

手を伸ばした。


その瞬間だった。


――ピシッ。


空気が鳴った。


「……?」


俺は、

眉を寄せる。


柱の表面。


無数の線が、

光り始めた。


金色。


淡い光。


次の瞬間には。


広場全体へ、

広がっていく。


地面。


木々。


空間そのもの。


見えない壁のようなものが、

展開されていた。


「ッ……!」


ルクナスが、

足を止める。


珍しく。


顔色が、

変わった。


「弾かれた」


低い声。


柱の光が、

さらに強くなる。


金色の文字。


見たことのない術式。


それが。


空中へ、

浮かび上がっていく。


次々と。


まるで。


誰かが文章を、

書いているように。


「何だこれは?」


俺が聞く。


ルクナスは、

苦い顔をした。


「中の人が。

 僕達を、ここから追い出そうとしているのさ」


静かな声。


「ここにも。

 担当している奴がいるってことか……?」


風が止まる。


次の瞬間。


柱が光った。


――ゴォン。


鈍い音。


広場全体が震える。


「座標転移させる気だね」


ルクナスの声が、

低くなる。


「エア、急ごう」


柱を見る。


金色の文字が、

増えていた。


空中。


地面。


木々。


広場全体へ、

広がっていく。


まるで。


巨大な術式だった。


空間そのものが、

揺れている。


「おい」


「ああ。分かってる」


ルクナスは頷く。


柱を見ながら。


苦い顔をした。


「時間がない」


俺を見る。


「エア。壁を破ってくれ」


俺は、

槍を握る。


「開けばいいんだな?」


ルクナスが頷く。


「そう」


短く答える。


「一瞬でいい」


柱を指差す。


「あそこへ触れられれば、

 僕が止める」


術式が唸る。


空気が重い。


金色の文字が、

回転を始めた。


広場の景色が歪む。


遠くの木々が揺らぐ。


輪郭が、

ぼやけていく。


「始まった」


ルクナスが言う。


「急いで」


俺は、

前へ出た。


見えない壁。


確かに、

そこにあった。


空間そのものが。


固まっている。


触れた瞬間。


ジジッ。


手が弾かれた。


「……」


強い。


だが。


「邪魔だ」


火が走る。


槍が唸る。


地面が軋み。


空気が震えた。


柱の光も、

強くなる。


転移術式が、

加速していた。


ルクナスが叫ぶ。


「あと少しで飛ぶ!」


俺は踏み込んだ。


「行け!!」


赤火が爆ぜる。


――ゴォォォォォッ!!


火が。


広場を、

赤く染める。


見えない壁へ。


叩き付けられた。


火と結界が、

ぶつかる。


空間が悲鳴を上げた。


金色の文字が、

揺らぐ。


一枚。


二枚。


何かが、

剥がれていく。


「足りない!」


ルクナスの声。


転移は、

止まらない。


景色が、

さらに歪む。


森が遠ざかる。


空が揺れる。


広場そのものが。


この場所から、

引き剥がされ始めていた。


「なら――」


槍を握り直す。


奥底。


もっと、

深く。


火を流し込む。


槍が応える。


赤火が唸る。


昔とは違う。


今は分かる。


この槍は。


ただの槍ではない。


「貫け!!」


槍を、

振り下ろした。


――ズガァァァァァンッ!!


轟音。


槍が地面へ、

突き刺さる。


同時に。


赤い火柱が、

天へ伸びた。


結界が。


耐え切れずに、

割れる。


金色の文字が、

砕け散る。


アンカーを覆っていた膜へも。


大きな裂け目が、

走った。


「今だ!」


ルクナスが、

飛び出す。


裂け目へ。


手を、

差し込んだ。


そして。


柱へ触れる。


「見つけた……!」


ルクナスの指先が。


柱の表面へ、

触れた。


その瞬間だった。


――パチッ。


小さな音。


本当に。


小さな音だった。


だが。


空中に浮かんでいた、

金色の文字が止まる。


「……?」


俺は、

顔を上げた。


新しい文字が浮かぶ。


一つ。


また、

一つ。


そして。


それらが、

別の文字へぶつかっていく。


パチッ。


まるで。


線香花火のように。


小さな火花を、

散らした。


パチッ。


パチパチッ。


徐々に、

増えていく。


空中。


地面。


木々の間。


広場全体を、

埋め尽くしていた文字列が。


次々と、

弾け始めた。


金色の火花と共に。


消えていく。


押し合っている。


奪い合っている。


書き換えている。


ルクナスは。


柱へ手を当てたまま、

動かない。


額に、

汗が浮かんでいる。


「……っ」


苦しそうだった。


だが。


手を離さない。


文字が弾ける音が、

さらに増えていく。


パチパチパチパチッ!!


空中が、

金色に染まる。


まるで。


最後に打ち上がる、

花火のようだった。


景色の歪みが止まる。


揺れていた森が戻る。


遠ざかっていた木々が。


元の場所へ、

戻ってくる。


転移術式が、

崩れている。


「……」


俺は。


黙って、

見ていた。


やがて。


最後まで残っていた文字列が、

浮かび上がる。


空中。


柱の真上。


他よりも、

大きい。


ルクナスが、

目を細める。


「これで完成」


小さく呟く。


次の瞬間。


柱の表面へ。


新しい文字が、

刻まれた。


金色。


だが。


今までのものとは。


少しだけ、

雰囲気が違う。


ルクナスの文字だった。


それが。


最後の術式へ、

触れる。


――パァンッ!!


今までで一番、

大きな火花。


金色の粒子が。


空へ、

舞い上がる。


そして。


静かになった。


風だけが吹く。


先程まで。


空を埋め尽くしていた文字は。


一つも、

残っていない。


転移も。


結界も。


光も。


全て、

消えていた。


「……終わったか?」


俺が聞く。


ルクナスは。


しばらく、

答えなかった。


柱へ触れたまま。


目を閉じている。


何かを、

確かめているらしい。


やがて。


深く、

息を吐いた。


「うん」


疲れた声だった。


「閉じた」


その場で。


柱へ、

少しだけ体重を預ける。


思っていたより。


消耗したらしい。


俺は、

柱を見る。


もう。


何も起きていない。


先程までの圧迫感も。


空間の揺れも。


全て、

消えていた。


ただ。


一本の柱だけが、

残っている。


古びた遺跡。


森の中へ、

忘れられた石柱。


そう見えるだけだった。


「……随分。

 静かになったな」


俺が言う。


ルクナスも、

柱を見る。


少しだけ。


寂しそうだった。


「うん……でも、これで」


小さく頷く。


「この辺りへはもう、誰も干渉出来ない」


柱を見上げる。


「これも、ただの遺跡だ」


風が吹く。


草が揺れる。


鳥の声が、

戻ってくる。


先程まで。


一羽も、

いなかったはずなのに。


まるで。


森そのものが。


息を吹き返したようだった。


ルクナスは、

柱から手を離す。


そして。


最後に。


もう一度だけ、

見上げた。


「……悪かったね」


静まり返った森の中。


その優しい声だけが、

残った。

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