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第199話:足を止める村


村は、

魔物の群れに襲われていた。


それだけなら、

まだ分かる。


だが。


数が多い…多すぎる。


夜通し、

俺達を追ってきたものと同じだった。


休ませる気がない。


そう思うほどに。


「行くぞ」


短く言う。


返事を待たず、

走り出した。


ーーーーー


木柵の一部が、

壊されている。


その奥では。


村人達が、

逃げ惑っていた。


明らかに、

種類の違う魔物。


それなのに。


同じ場所へ、

押し寄せている。


俺は槍を握る。


火を宿す。


「燃えろ」


街道で、

散々見てきた群れだ。


迷う必要はない。


前にいるものを、

薙ぎ払う。


炎が広がり。


魔物の群れを、

まとめて焼いた。


横から飛び込んできた個体を。


セレスの白火が、

貫く。


後方では。


ユーリスが、

杖を構えていた。


「炎槍・拡射!」


赤い火が走る。


以前より速い。


狙いも、

正確だった。


魔物の群れが、

まとめて吹き飛ぶ。


ルクナスは戦わない。


だが。


村人達を、

安全な場所へ下がらせていた。


「こっちへ!」


珍しく。


声に、

余裕がない。


俺達は、

そのまま群れを押し返した。


押し返すというより。


焼き払った。


夜通し続いた、

足止めの終わり。


その最後に、

押し付けられた群れ。


そう思うと。


火が、

少しだけ強くなった。


「邪魔だ!!」


槍を振るうと共に炎が敵を捉える。


最後の一体が倒れた時。


村の前には。


焦げた地面だけが、

残っていた。


ーーーーー


村人達は。


しばらく、

誰も動かなかった。


それから。


誰かが、

小さく息を吐いた。


「た、助かった……」


その声をきっかけに。


周囲が、

ざわつき始める。


「ありがとうございます!」


「旅の方か!?」


「よくぞ……!」


頭を下げる者。


座り込む者。


泣いている者。


俺は、

槍を下ろした。


「怪我人は?」


「い、いる!」


村人の一人が答える。


「でも。

 あんたらのおかげで、死んだ者は……」


少しだけ、

周囲を見る。


「多分、いない」


それを聞いて。


俺は僅かに息を吐いた。


間に合った。


全てではない。


だが、最悪ではなかった。


ユーリスも、

胸を撫で下ろす。


「よかった……」


セレスは、

周囲を見渡した。


「被害は?」


村人の顔が曇る。


「家がいくつかやられた」


別の男が続ける。


「宿もだ」


男は、

村の奥を指す。


「魔物が突っ込んで。

 半分潰れた」


ユーリスの顔が固まった。


「えぇ……」


その反応だけで。


何を考えたのか、

分かった。


休める場所が、

なくなった。


俺達だけではない。


この村の者達もだ。


「それだけじゃない」


年老いた男が。


重い声で、

言った。


村長だろうか。


「井戸が枯れた」


空気が止まる。


「枯れた?」


セレスが、

眉を寄せる。


男は頷いた。


「昨日までは、出ていたのに」


少し間を置く。


「なのに……、急に水が引いた」


「今ですか!?」


ユーリスが、

困惑した声を上げる。


男は首を振った。


「こんなことは、初めてだ…」


魔物の群れ。


半壊した宿。


枯れた井戸。


偶然にしては。


出来すぎている。


俺は、

ルクナスを見た。


ルクナスは。


井戸の方を、

見つめていた。


嫌な顔だった。


そして。


小さく呟く。


「……やっぱり」


「ルクナス」


呼ぶと。


ルクナスは、

目を伏せた。


「馬車。

 魔物。

 井戸」


指を折るように、

一つずつ挙げる。


「たぶん全部だ。

 一つ一つは小さい」


それから。


顔を上げる。


「でも。

 全部、同時だ」


風が吹く。


焦げた匂いと。


土の匂いが、

混ざっていた。


「ノアリスか」


「恐らくね」


声は、

低かった。


「あっちは直接殴れない」


井戸を見る。


「だから。

 周囲を動かす」


道を塞ぐ。


足を奪う。


魔物を寄せる。


水を止める。


少しだけ笑う。


だが。


楽しい笑いではなかった。


「僕達を、

 進ませないためにね」


そして。


村人達を見る。


「こっちが、

 無視出来ないものを置く」


村人達。


壊れた宿。


枯れた井戸。


俺が、

見捨てないと分かっている。


だから。


置いた。


そういうことか。


「……タチが悪い」


セレスが、

低く言う。


「彼女は昔から、

 こういうことが上手いんだ」


ルクナスは答えた。


「最小の干渉で、

 最大の結果を出す」


ユーリスが、

不安そうに聞く。


「これ…、続くんですか?」


ルクナスは。


すぐには、

答えなかった。


その沈黙が。


答えだった。


「このままだと」


ようやく、

口を開く。


「もっと酷くなる」


風が止まる。


「この村だけでは、済まないかも」


俺は、

槍を握り直した。


「止める方法は?」


ルクナスは、

南を見た。


「…近くにアンカーがある」


「またか……」


「うん」


頷く。


「そこから。

 環境へ干渉しているはずだよ」


馬車の破損。


魔物の誘導。


井戸の枯渇。


「全部、アンカーを経由している」


セレスが、

目を細める。


「なら、壊すのか?」


「壊さない」


ルクナスは、

即答した。


「封じる」


少しだけ、

息を吐く。


「壊せば、後で面倒になる」


井戸から、

視線を外す。


「あれはあれで、

 確かにこの世界を守っているからね」


だから。


「入口だけ閉じる」


向こう側から。


触れられないように。


そう言って。


俺を見る。


「エア」


「分かった」


迷う理由はなかった。


ユーリスが、

立ち上がる。


「わ、私も行きます」


セレスも、

槍を構える。


「……すぐに済ませるぞ」


ルクナスは、

村を見る。


「でも、その前に」


井戸へ、

視線を移す。


「この村の水を、どうにかしないとね」


俺は頷いた。


休む暇はない。


だが。


これで分かった。


ノアリスが送ったものは。


追手だけではない。


世界そのものが。


少しずつ。


俺達の足を、

掴み始めている。


なら。


その手を焼いてでも。


進む。


俺達はまず。


枯れた井戸へ、

向かった。


ーーーーー


ルクナスが、

井戸を覗き込む。


周囲には。


村人達も、

集まっていた。


枯れた井戸。


底は暗い。


水は、

見えない。


「出せるのか?」


村長が聞く。


ルクナスは、

首を振った。


「僕には無理」


村人達の顔が曇る。


だが。


「でも。エアなら出来る」


全員が、

こちらを見る。


「何?」


俺は、

眉を寄せた。


「俺は水なんて出せないぞ?」


「下にある」


ルクナスが、

地面を指差す。


「水脈は死んでいない」


もう一度。


井戸を覗き込む。


「塞がれているだけだ」


ルクナスの手が。


井戸の縁へ、

触れる。


目を閉じる。


流れを、

読んでいるのだろうか。


マリスの身体。


首筋の水の模様が。


淡く、

光っている。


「ちょうど真下だ」


ルクナスが、

目を開く。


「あそこを貫いて」


「なるほどな」


俺は頷いた。


井戸の前へ立つ。


槍を持ち上げる。


村人達が、

ざわつく。


「な、何を……」


火が走る。


槍を、

赤火が包む。


空気が震える。


地面が軋む。


ユーリスが、

思わず息を呑んだ。


「エア……?まさか……?」


セレスは、

黙って見ていた。


そして。


「貫け」


槍を、

突き出した。


――ズガァァァァンッ!!


轟音。


井戸が揺れる。


地面が沈む。


石畳が、

砕け飛ぶ。


衝撃が、

村全体を走った。


村人達が、

悲鳴を上げる。


槍から放たれた炎は。


井戸の底を、

貫いた。


そして。


岩盤を割る。


もっと下。


もっと奥。


地中深くへ。


火が走る。


まるで。


赤い竜が。


地面の中へ、

潜ったようだった。


「うん。

 いい感じ」


ルクナスが、

手を掲げる。


マリスの手が光る。


青い光。


地下の水が、

反応する。


地中深く。


割れた岩盤の奥。


押し込められていた流れが。


僅かに、

動き出す。


「水よ」


静かな声だった。


ネレイディア。


マリスの水魔法。


流れを呼ぶ。


次の瞬間。


ゴボッ。


井戸の底で、

音がした。


村人達が、

息を呑む。


ゴボッ。


もう一度。


そして。


――ドォォォォッ!!


空高く。


水柱が、

噴き上がった。


朝日に反射する。


銀色の水飛沫。


村人達が固まる。


誰も、

声を出せない。


やがて。


水が雨のように、

村へ降り注いだ。


乾いた地面を濡らす。


壊れた柵を濡らす。


焦げた土を濡らす。


「み、水だ……」


誰かが呟く。


「井戸が……」


「戻った!」


声が上がる。


「戻ったぞー!!」


村人達の顔が変わる。


歓声が、

一斉に上がった。


俺は、

槍を引き戻す。


その直後。


吹き上がった水柱が、

頭から降り注いだ。


「……ずぶ濡れだ」


濡れた髪を払う。


「先に言え…」


ルクナスが笑う。


「あはは。

 ごめん、ごめん」


全く悪いと思っていない顔だった。


だが。


ルクナスは、

井戸を見ながら。


小さく呟いた。


「でも……やっぱり」


今度は、

笑わない。


顔が曇る。


「水脈まで触っていたね……」


村人達の歓声の中。


その言葉だけが。


重く、

残った。


「水だ!」


「本当に戻ったぞ!」


「助かった……!」


村人達が、

井戸へ集まる。


桶を下ろす者。


手当に、

水を使う者。


顔を洗う者。


泣きながら。


水を手ですくう者。


枯れたはずの井戸は。


今も。


勢いよく、

水を吐き出していた。


俺は、

濡れた髪を払う。


「騒がしいな……」


「ふふ、よかったね」


ルクナスが言う。


だが。


その顔は、

晴れていない。


まだ井戸を見ている。


正確には。


もっと下。


地中にある何かを。


見ているようだった。


「どうした?」


俺が聞く。


ルクナスは、

少しだけ黙った。


それから。


「思ったより。

 …酷い」


静かな声だった。


ユーリスが、

顔を上げる。


「そんなにですか?」


「うん」


ルクナスは頷く。


「水脈そのものを切ったわけじゃない」


井戸を見る。


「流れを逸らしただけ」


少し間を置く。


「だから戻せた」


村人達の歓声。


水の音。


その中で。


ルクナスだけが、

嫌な顔をしていた。


「でも、普通は…」


ゆっくり、

顔を上げる。


「こんなふうにすぐ環境を変えるなんて、

 …出来ない」


「……」


セレスが、

腕を組む。


「つまり……。

 干渉が強くなっているということか?」


「うん」


ルクナスは頷く。


「しかも、厄介な速度でね」


そのまま。


指を一本立てる。


「馬車を壊す」


二本目。


「魔物を誘導する」


三本目。


「井戸を枯らす」


少しだけ、

目を細める。


「全部、別の現象だ」


そして。


「なのに同時にやっている」


ユーリスが、

息を呑む。


「そんなこと……。

 前は出来なかった」


ルクナスは言う。


「何か…僕の知らないプログラムでも、組んだのか」


少し考える。


「それとも。

 成果を出そうとして、

 焦っているのか……」


井戸から、

視線を外す。


空を見る。


遠く。


見えない何かを、

見るように。


「何にせよ。

 急がないとまずいね」


そこへ。


村長が、

近付いてくる。


何度も、

頭を下げていた。


「本当に。

 ありがとう」


疲れている。


だが。


さっきまでよりは、

ずっとましだった。


「礼はいい」


俺は答える。


「水も戻った」


村長は首を振る。


「それでもだ」


少しだけ笑う。


「君達が来なければ。

 今頃、どうなっていたか分からん」


周囲を見る。


壊れた柵。


傷付いた家。


それでも。


生きている。


「助かった」


村長は、

もう一度言った。


俺は、

何も返さなかった。


その時だった。


「村長さん」


ルクナスが、

口を開く。


村長が振り向く。


「ん?」


ルクナスは。


少し考えるような、

顔をした。


それから。


「この近くで変わった石の柱を見なかった?」


「石の柱?」


「古い遺跡みたいなものでもいい」


村長は、

首を傾げる。


すぐには、

思い当たらないらしい。


だが。


後ろにいた老人が、

反応した。


「あぁ……」


全員の視線が、

向く。


老人は、

少しだけ迷う。


「西の森じゃ」


ルクナスの目が、

細くなる。


「西の森?」


「昔から、入るなと言われている場所がある」


村長も、

思い出したらしい。


「そうか。

 あそこか……」


顔が曇る。


「知っているのか?」


セレスが聞く。


村長は頷いた。


「森の奥に。

 石の広場がある」


「広場?」


「ああ」


少しだけ、

声を落とす。


「真ん中に。

 妙な柱が立っている」


ルクナスと、

視線が合う。


嫌な予感がした。


「どんな柱だ」


俺が聞く。


村長は、

腕を組んだ。


「黒くもない」


少し考える。


「白くもない」


言葉を探す。


「石なのに。

 金属みたいでな……」


ルクナスの表情が変わる。


確信した顔だった。


「間違いない」


小さく呟く。


ユーリスが聞く。


「アンカーですか?」


「多分ね」


ルクナスは、

老人を見る。


「距離は?」


老人が答える。


「この村から半日も掛からん」


森の方を指す。


「あの林道を抜けた、その奥じゃ」


セレスが、

槍を持ち直した。


「なら、決まりだ」


短く言う。


「そうだね」


ルクナスも頷く。


だが。


その時だった。


村長が、

慌てて止める。


「ま、待ってくれ!」


全員が、

振り向く。


村長は、

困った顔をしていた。


「今から行くのか?」


「ああ」


俺が答える。


村長は、

俺達の姿を見る。


血。


泥。


疲労。


夜通し、

戦っていたことは。


見れば、

分かる。


「少しは休め」


真剣な声だった。


「飯くらい、食っていきなさい」


ユーリスが、

僅かに反応した。


ルクナスも。


少しだけ、

目を逸らす。


セレスは、

黙っていた。


俺は考える。


確かに。


夜通し、

戦った。


ここで倒れれば。


それこそ、

進めない。


「……少しだけだ」


俺は言った。


ユーリスが、

小さく息を吐く。


「よ、よかったぁ……」


本気で、

安心した声だった。


村長も頷く。


「すぐに用意させる」


ーーーーー


用意されたのは。


質素な、

いつもの食事だった。


黒いパン。


豆の煮込み。


干し肉を入れた、

薄い汁。


ユーリスは、

最初こそ。


きちんと座って、

食べていた。


だが。


「……おいしいです……」


そう言った直後。


手が止まった。


「ユーリス?」


返事がない。


杖を抱えたまま。


こくりと、

頭が落ちる。


そのまま。


すぅ、と。


寝息が聞こえた。


「寝たな」


ルクナスが、

代わりに答える。


「うん。寝たね」


無理もない。


夜通し戦って。


村でも、

魔法を使った。


疲れていない方が、

おかしい。


村人が慌てて。


毛布を、

持ってくる。


俺はそれを受け取り。


ユーリスの肩へ、

掛けた。


「……」


少しだけ考える。


このまま、

連れていけば。


足手まといになる。


いや。


足手まといというより。


…危ない。


「セレス」


呼ぶと。


セレスが、

こちらを見た。


「何だ」


「お前はここに残れ」


白い眉が動く。


「何?」


「ユーリスを見ていてくれ」


「……」


セレスは黙る。


納得していない顔だった。


「アンカーへは、俺とルクナスで行く」


「馬鹿を言うな」


即答だった。


「貴様一人で行かせると思うか?」


「一人ではない」


ルクナスを見る。


「僕もいるね」


「貴様……、戦えるのか?」


セレスが聞く。


ルクナスは、

肩を竦めた。


「まあ、少し?」


「……私も行く」


セレスは、

槍を握った。


「駄目だ」


俺は言った。


「ユーリスを置いてはいけない」


セレスの動きが止まる。


俺は続ける。


「また、何か起きるかもしれない」


村を見る。


壊れた柵。


半壊した宿。


枯れていた井戸。


「ここもまだ安全ではない」


セレスは、

何も言わない。


「お前がいれば、守れる」


少しだけ、

間を置く。


「頼む」


セレスの目が揺れた。


命令ではない。


頼んだ。


それが、

分かったのかもしれない。


セレスは。


しばらく、

黙っていた。


やがて。


小さく息を吐く。


「……分かった」


短い返事だった。


「だが、遅いと判断したら…行く」


「それでいい」


「勝手に死ぬな」


「ああ」


セレスは、

まだ何か言いたそうだった。


だが。


眠っているユーリスを見る。


それから。


村の方へ、

視線を移した。


「ここは任せろ」


静かな声だった。


俺は頷いた。


ルクナスが、

少し笑う。


「頼もしいね」


セレスが睨む。


「貴様は黙れ」


「はいはい」


ルクナスは、

肩を竦めた。


俺は、

槍を取る。


西の森を見る。


休む時間は、

終わりだ。


俺とルクナスは。


アンカーへ向かって、

歩き出した。

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