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第192話:牙王ラルドの歌


街が見えてきた。


石壁。


見張り台。


人の出入りも多い。


それなりに大きな街だった。


「やっと着いたぁ……」


ユーリスが、

小さく伸びをする。


輸送鳥も、

嬉しそうに鳴いた。


「ギョワッ」


門前は、

少し騒がしかった。


理由は簡単だった。


荷車の後ろに取り付けられた、

簡易の荷台。


その上に。


縄で縛られた盗賊達が、

段重ねにされていたからだ。


「お、おい……」


「この人数を本当に捕まえたのか!?」


衛兵達が目を丸くする。


御者達が事情を説明した。


倒木。

襲撃。

盗賊団。


話を聞くうちに、

衛兵達の顔色が変わった。


「こいつら……」


隊長らしき男が、

盗賊達を見る。


「前から探していた連中だ」


「知っているのか?」


俺が聞く。


男は頷いた。


「何度も襲撃を繰り返していた」


顔を顰める。


「被害も出ている」


盗賊達が青ざめた。


「ち、違っ――」


「黙れ」


衛兵に蹴られ、

盗賊は静かになった。


その後。


御者達の証言もあり。


俺達には、

少額ではあるが報奨金が支払われた。


「やりました!」


ユーリスが袋を抱える。


目が輝いていた。


「これで、

 次の路銀も確保です!」


「そうか」


「そうかじゃないですよ!?」


袋を振る。


「宿代!」


もう一度振る。


「ご飯代!」


さらに振る。


「予備資金!」


楽しそうだった。


「全部込みでも、

 余裕があります!」


「それは良かった」


「良かったです!」


ユーリスは満面の笑みだった。


その横から。


「聞いたかい?」


ルクナスが言った。


「聞いた」


「つまり、

 今日は休める」


「違う」


即答だった。


「えぇ……」


ルクナスが、

露骨に肩を落とした。


俺は街の奥を見る。


人がいる。


店がある。


賑わっている。


だが。


「長居は出来ない」


短く言う。


「居場所は、

 知られているんだろ?」


学院。


中央。


観測者。


どこが動いても、

おかしくない。


今はまだ、

追手が来ていないだけだ。


セレスも頷いた。


「正しい判断だ」


静かな声だった。


「追跡が来ない保証はない」


「そういうことだ」


ルクナスが肩を落とす。


「二対一じゃないか」


「当然だ」


「世知辛いなぁ……」


本当に、

残念そうだった。


だが。


「でも……」


ユーリスが手を挙げた。


「一泊くらいなら、大丈夫では?」


全員が見る。


ユーリスは、

報奨金の袋を持ち上げた。


「安宿なら余裕がありますし」


ぱたぱたと振る。


「ご飯も、酒場で済ませれば安いです」


少し笑う。


「実は私、旅をしていた頃は結構好きだったんです」


「酒か?」


「違います!」


即答だった。


「酒場です!」


「同じだろう」


「全然違います!」


本気で否定された。


「街ごとに、

 全然違うんですよ?」


「何がだ」


「料理です!」


即答だった。


「あと、旅人の話!」


指を一本立てる。


「冒険者の自慢話!」


もう一本立てる。


「たまにある、

 嘘みたいな神話!」


さらに一本。


「知らない土地の話を聞くのも楽し――」


一度、

言葉を止める。


「じゃなくて、

 情報も必要です!」


少しだけ、

懐かしそうだった。


冒険者だった頃を、

思い出しているのかもしれない。


「……」


俺は考える。


セレスは黙っている。


ルクナスは、

期待に満ちた目でこちらを見ていた。


妙に腹が立つ。


「ほら。


 このユーリスも、

 こう言っているし」


ルクナスが言う。


「一泊」


指を一本立てる。


「一泊だけ」


ユーリスも頷く。


「一泊だけです!」


二人とも、

妙に息が合っていた。


「……」


しばらく考える。


そして。


ため息を吐いた。


「……一泊だけだ」


「やった!」


ユーリスが笑う。


ルクナスが、

勝ち誇った顔をした。


何故か、

少し腹が立った。


夕陽が、

石畳を赤く染める。


人々の声が、

街を満たしていた。


久しぶりの賑わいだった。


俺達は、

宿を探して歩き出した。


ーーーーー


宿は、

すぐに見つかった。


二階建て。


少し古い。


だが。


寝るだけなら、

十分だった。


「安いですねぇ。

 助かります」


ユーリスが、

感心したように言う。


「旅人向けだからねぇ」


受付の老婆が答える。


鍵を受け取る。


余計な荷物を置く。


それだけで、

準備は終わった。


「じゃあ、行きましょう!」


ユーリスが、

元気よく言った。


目が輝いていた。


「せっかく街に来たんですよ!?」


妙に力強かった。


その時。


「……」


セレスが、

小さく息を吐く。


明らかに、

面倒そうだった。


「私は行かん……」


即答だった。


「えぇ!?」


ユーリスが声を上げる。


「何故だ?」


俺が聞く。


セレスは眉を寄せた。


「騒がしい場所は好かん」


予想通りだった。


「それに、

無駄だ」


「無駄じゃありません!」


ユーリスが反論する。


「情報収集です!」


「酒場でか……?」


「むしろ酒場です!」


何故か、

胸を張った。


セレスが頭を押さえる。


面倒そうだった。


本当に、

面倒そうだった。


「……」


セレスは本気だ。


このまま、

宿に残るつもりらしい。


だが。


「……一人は、つまらないだろ?」


俺は言った。


セレスがこちらを見る。


「何だと?」


「それに、

 俺を監視しなくていいのか?」


肩を竦める。


「情報収集も、

 人数は多い方がいい」


それだけだった。


セレスは、

少しだけ眉を寄せる。


何か言い返そうとして。


やめた。


「……」


数秒。


沈黙。


やがて。


「……はぁ」


諦めたように、

息を吐く。


「少しだけだ……」


ユーリスが笑った。


「やった!」


ルクナスも笑う。


「交渉成立だね」


何もしていないくせに。


一番、

満足そうだった。


夕暮れの街。


人々の笑い声が聞こえる。


酒場の灯りが、

通りの向こうで揺れていた。


俺達は。


その光へ向かって、

歩き出した。


ーーーーー


扉を開けると。


熱気が流れてきた。


酒の匂い。


焼いた肉の匂い。


笑い声。


怒鳴り声。


木の床を踏む音。


色々な音が、

混ざっている。


「わぁ……」


ユーリスの目が輝いた。


「久しぶりですね!」


「そうだな」


「はい!」


セレスがぼやく。


「騒がしい……」


「これも情報収集です!」


「何度聞いても無理がある……」


「あります!」


ユーリスは譲らなかった。


空いている席に座る。


すぐに料理を頼んだ。


黒いパン。


焼いた肉。


豆の煮込み。


よく分からない汁物。


ユーリスは、

楽しそうに説明している。


セレスは黙って座り、

出された水へ手を伸ばしていた。


ルクナスは、

いつの間にか椅子にもたれ。


完全に、

休む姿勢になっている。


「……」


本当に自由だ。


その時だった。


「こんばんは。

 さっきは、実に見事だった」


声がした。


振り返る。


一人の男が立っていた。


旅装。


肩には、

楽器を提げている。


「同席しても?」


男は笑った。


軽い笑み。


だが。


目は、

よく動いていた。


「誰だ?」


「ただの旅の歌い手さ」


男は、

椅子の背を指で叩く。


「僕はユスティ。

 吟遊詩人をしている」


ユーリスが反応した。


「吟遊詩人……」


男は笑う。


「そう。

 土地から土地へ渡り、

 歌と話で飯を食う者だ」

 

セレスの目が細くなる。


「……何の用だ」


「あはは、そう睨まないでおくれよ。

 怖いなぁ」


男は肩を竦める。


「別に、怪しい話じゃない」


少しだけ笑う。


「さっきの礼を、

 言いたかっただけさ」


「礼?」


「君達がいなければ。

 今頃、僕の楽器も荷物も盗賊のものだった」


そう言って。


男は、

軽く頭を下げた。


「だから礼を言う。

 ありがとう」


「礼なら御者に言え」


「もちろん言ったさ」


男は笑う。


「それに。

 あれだけ見事な戦いを見せられたら、

 本人達にも挨拶したくなる」


ユーリスが、

少し照れた。


セレスは黙っている。


俺は男を見た。


「それだけか」


「半分は」


「半分?」


男は、

椅子の背へ手を置く。


「旅人を見るとね。

 つい、聞きたくなるんだ」


「何をだ」


「何を求め。

 どこへ向かうのか」


一瞬。


酒場の音が、

少し遠くなった。


セレスの視線が鋭くなる。


ユーリスも、

表情を引き締める。


俺も警戒した。


だが。


ルクナスだけが、

面白そうに笑っていた。


男は気にせず続ける。


「答えたくなければ、それでいい」


ユスティは、

軽く手を振った。


「ただ、気になるだけさ」


「悪い癖だね」


ルクナスが笑う。


「でも。

 嫌いじゃないよ、そういうの」


ユスティは、

少し目を細めた。


「じゃあ。

 少しだけ、教えてくれるかな?」


「南」


ルクナスは、

それだけ言った。


ユスティが繰り返す。


「南?」


そして。


「何をしに?」


「さぁ」


出た。


元々こうなのか。


話はする。


だが、

中身は明かさない。


煙に巻くような、

話し方。


「決めていないってことかな?」


「決めているよ」


ルクナスは笑った。


「ただ、話すと長い」


「吟遊詩人に、それを言うのかい?」


「だから、言わないのさ」


ユスティが、

一瞬きょとんとする。


そして。


すぐに笑った。


「なるほど。

 ありがとう、それでも十分さ」


俺達を見る。


「槍を携える三人と、

 杖を持つ少女の旅人達……」


少しだけ、

楽しそうに目を細める。


「いい曲が出来そうだ」


「面白そうな人だね、君」


「よく言われるよ?」


ルクナスは肩を竦めた。


ユスティは、

くつくつと笑う。


それから。


俺達を見た。


「南へ行くなら、

 獣人の国の方かな?」


「かもしれない」


ルクナスが、

曖昧に答える。


「なら。

 知っているかい?」


ユスティは、

肩から下げた楽器へ手を添えた。


「牙王ラルドの神話を」


ユーリスが、

ぴくりと反応した。


「ラルド……。

 獣人の古い神話ですよね?」


「そう」


ユスティが、

嬉しそうに頷く。


「まだ、

 種族もなかった時代」


少しだけ、

声を落とす。


「獣が、

 “群れを守る者”になった時の歌だ」


ユーリスの目が輝く。


「聞きたいです!」


「ならちょうどいい」


ユスティは椅子を引き。


俺達の近くへ、

腰を下ろした。


「お礼代わりに、一曲」


指が、

弦へ触れる。


ぽろん。


酒場の騒がしさの中で。


その音だけが。


妙に、

はっきりと聞こえた。

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