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第191話:次も見せろ


荷車は、

街道を走っていた。


―――がたん。


小さく揺れる。


朝の風は冷たかった。


村は、

もう見えない。


左右には草原が広がり、

遠くに森が見えるだけだった。


「……」


俺は、

荷台の端に座っていた。


輸送鳥の足音が、

一定の間隔で響く。


「ギョワッ」


時々、

声を上げる。


それだけ。


平和だった。


「エア」


隣から声がした。


ユーリスだ。


小さな布包みを抱えている。


神父から貰ったものだ。


「何だ?」


「これ」


包みを開く。


丸い焼き菓子だった。


少し硬そうだ。


「神父さんに貰ったやつです」


「そうか」


「食べます?」


一つ差し出される。


受け取る。


口へ放り込む。


甘かった。


「……」


「どうです?」


「甘い」


「ふふ、感想が雑ですよぉ~」


ユーリスが、

少しだけ笑った。


俺はもう一つ食う。


やはり甘い。


「まぁ……美味い」


「まぁって何ですか」


困り眉で、

呆れたように笑う。


神父の顔を思い出す。


暖炉。

教会。

見送り。


どこか、

自分の家にいるような。


そんな感じがした。


「……」


もう一つ食おうとすると。


ユーリスが、

先に取った。


「これは私のです」


「同じだろ?」


「焼き加減が違います」


「分からん」


「分かってください」


また笑う。


朝の光が、

その横顔を照らしていた。


少しだけ、

楽しそうだった。


「……」


向かい側。


セレスが黙って座っている。


視線は外。


…のはずだった。


だが。


時々、こちらを見る。


「……」


目が合っても。


どちらからともなく、

すぐに逸らす。


また見る。


そして。


また逸らす。


「……」


分からん。


「…、どうした?」


聞いてみる。


セレスが、

少しだけ肩を揺らした。


「何がだ……」


「いや……」


答えようとして。


やめた。


何と言えばいいのか、

分からなかったからだ。


セレスは、

少しだけ眉を寄せた。


「……別に、何もありはしない」


そう言って、

外を見る。


風が髪を揺らした。


「……」


だが。


数秒後には、

またこちらを見ていた。


「……」


何故、

見ている。


何を話せばいい。


どんなことを、

言ってやればいい。


「ふふ」


その時だった。


横から、

笑い声がした。


ルクナスだった。


まだ少し、

顔色が悪い。


だが。


面白そうに、

こちらを見ている。


「何だ」


「いや?、随分大変そうだなぁって」


肩を竦める。


「君がそんな顔をするの、初めて見たかも?」


「…何もない」


ルクナスの笑みが深くなる。


「そう?」


「そうだ」


「ふ~ん?」


明らかに、

信じていない顔だった。


腹が立つ。


「やめろ……」


「別に、何も言ってないよ?」


楽しそうだった。


本当に腹が立つ。


セレスは視線を逸らした。


外を見る。


草原。

空。

遠くの森。


それだけだ。


それだけなのに。


後ろから聞こえる、

ユーリスの笑い声が気になった。


「……」


俺は。


どうすればいいのか、

分からなくなっていた。


ーーーーー


荷車は、

街道を進んでいた。


輸送鳥の足音が響く。


草原の緑が、

川のように流れていく。


それだけだった。


「ギョワッ、ギョワ」


草原を抜け、

林道へ入る。


輸送鳥が鳴き。


御者が、

手綱を軽く引いた。


「よしよし」


機嫌は良さそうだった。


その時だった。


「……ん?」


前方を見ていた御者が、

眉を寄せる。


荷車が、

少しずつ減速した。


他の乗客達も、

顔を上げる。


「どうした?」


誰かが聞く。


御者は、

前を指差した。


「あれだ」


街道の先。


一本の大木が、

倒れていた。


道を完全に塞いでいる。


「あんな倒木……。

 昨日はなかった……」


御者が顔を顰める。


輸送鳥が、

落ち着かなさそうに鳴いた。


「ギョワ……」


風が吹き、

木々が揺れる。


その横で。


ルクナスが、

小さくため息を吐いた。


「あー……」


「だよな……」


ルクナスも、

察したようだった。


「典型的だなぁ……」


その瞬間。


森の中から、

声が響いた。


「動くな!」


男だった。


次々と、

人影が現れる。


左右の森。


十人。


二十人。


武器を持っている。


剣。

斧。

棍棒。


旅人達がざわついた。


「盗賊だ!」


「くそっ……!」


御者が舌打ちする。


先頭にいた男が笑った。


「荷物を置いていけ!」


「逆らうなよ!」


「護衛がいないのは、分かってんだ!

 痛い目見たくなきゃ、持ってるものを出しな!」


いかにもな連中だった。


「……」


俺は立ち上がる。


向かい側。


セレスも、

立っていた。


視線が合う。


一瞬だけ。


「行くぞ」


セレスが言う。


「ああ」


短く答える。


ユーリスが、

額を押さえた。


「ですよねぇ……」


盗賊の一人が叫ぶ。


「何してやがる!」


走ってくる。


剣を振り上げる。


遅い。


一歩、

前へ出る。


手首を掴む。


そのまま。


地面へ叩き付けた。


「がっ!?」


剣が転がる。


次。


横から来た男の腹へ、

拳を入れる。


吹き飛ぶ。


三人目。


武器を振るう前に、

首根っこを掴んだ。


そのまま。


後ろへ投げる。


「ひっ……」


盗賊達の顔色が変わる。


その頃には。


セレスも動いていた。


白い槍。


閃く。


一撃。


盗賊の手から、

武器が弾かれる。


二撃。


足を払う。


三撃。


喉元へ、

穂先が止まる。


「動くな」


静かな声だった。


それだけで。


男が固まる。


「な……」


「何なんだ、こいつら!」


「殺せ!!」


盗賊達が、

一斉に向かってくる。


その背後から。


ユーリスの声。


「行けます!!」


声が響く。


俺とセレスは、

左右へ分かれて下がった。


盗賊達が、

一瞬だけ戸惑う。


その隙に。


ユーリスが杖を構えた。


「炎矢・拡射!!!」


魔法陣が広がる。


赤い光。


熱。


空中に火矢が並ぶ。


一本。


二本。


ではない。


十。


二十。


さらに増える。


「なっ……」


「魔術師だ!」


「と、止めろぉおおッ!!!」


盗賊達の顔色が変わる。


だが。


火矢が先に動く。


―――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ


雨だった。


赤い雨。


盗賊達の足元へ。


次々と、

突き刺さる。


爆ぜる。


土が跳ねる。


熱風が広がる。


「うわああっ!?」「熱っ!」

「目が!?、目がぁあああッ!?」


容赦はなかった。


「す、すげぇ……」


誰かが呟いた。


ユーリスは杖を握ったまま、

次の詠唱へ入っていた。


「炎矢――収束」


散っていた火が集まる。


足元に突き刺さった火矢が、

一つの輪になる。


盗賊達を囲む、

赤い円。


その内側で。


炎が、

壁のように立ち上がった。


「ひっ……!」「出られねぇ!」

「何だよ、これ!」


ユーリスの額に、

汗が浮かぶ。


だが。


崩れない。


以前なら、

ここで乱れていた。


今は違う。


制御している。


俺の補助も、

いらなそうだった。


「……やるな」


思わず言う。


ユーリスには、

聞こえていない。


集中している。


その横を。


白い影が抜けた。


セレスだった。


「……まだ甘いな」


槍の穂先に、

白い火が集まる。


小さい。


だが。


密度が違う。


眩しいほどの白。


火というより。


光の塊だった。


セレスが、

槍を低く構える。


「跪けッ!!」


短い声。


盗賊達が、

反射的に身を縮める。


次の瞬間。


セレスが、

槍を横へ払った。


白い閃光が走る。


轟音。


地面が抉れた。


炎の輪の外側。


盗賊達が吹き飛ぶ。


木の根が裂け。


土煙が、

舞い上がる。


「……」


煙が晴れる。


残った盗賊達は全員、

腰を抜かしていた。


武器を落としている。


誰一人、

立ち上がれない。


ユーリスの炎が、

静かに消える。


赤い火の残り香。


白火で抉れた地面。


倒木の前に。


ただ、

沈黙が残った。


セレスが槍を下ろす。


「まだやるか?」


静かな声だった。


盗賊達は首を振った。


全力で。


「や、やりません!」

「こ、降参だ!」「命だけは……!」


御者も。

旅人達も。


しばらく、

何も言えなかった。


やがて。


誰かが、

ぽつりと呟く。


「……助かったのか?」


別の誰かが頷く。


「ああ……」


ざわめきが広がる。


「凄い魔法だったぞ!」


「嬢ちゃん達、凄いな!」


「槍の兄ちゃんも、凄ぇ技だったぜ!」


ユーリスが息を吐く。


杖を下ろした手が、

少し震えていた。


だが、倒れていない。


俺は近付く。


「よくやったな、ユーリス」


そう言うと。


ユーリスが顔を上げた。


目を瞬かせる。


そして、

少しだけ笑う。


「……はい!」


声は小さい。


けれど、嬉しそうだった。


「でも、最後……少し助けましたよね?」


「少しだけだ」


「やっぱり」


困ったように笑う。


だが。


悔しさだけではなかった。


「次は、もう少し自分で抑えます」


「ああ」


頷く。


「お前なら出来る」


ユーリスは、

杖を握り直した。


その横で。


セレスがこちらを見る。


一瞬だけ。


視線が合う。


だが、今度は、すぐには逸らさなかった。


「……」


何かを、

言いたそうにしている。


しかし…。


言葉が、

出てこないらしい。


しばらくして。


「……悪くなかった」


小さく言った。


ユーリスが目を瞬かせる。


「え?」


「お前の術式だ」


短く続ける。


「悪くはない」


素っ気ない。


それでも、褒めている。


あのセレスが…。


ユーリスも、

気付いたらしい。


少しだけ、

目を丸くした。


「……ありがとうございます」


照れたように笑う。


しかし。


少しだけ間を置いて。


「ただ」


ユーリスが固まる。


「炎壁の維持に、

 意識を割き過ぎていた」


淡々と続く。


「もし中に術者級がいたなら、

 破られている」


「うっ……」


「収束も遅い」


「はい……」


「火力に頼り過ぎだ」


「はい……」


みるみる小さくなる。


俺は見ていた。


セレスは腕を組む。


そして。


ほんの少しだけ、

口元を緩めた。


「……だが、上出来だ」


ユーリスが顔を上げる。


セレスは、

もう外を見ていた。


風が、

白い髪を揺らす。


「次も見せろ」


それだけ言う。


ユーリスは、

数秒固まった。


そして。


嬉しそうに笑う。


「はい!」


今度は。


はっきりと。


その間に。


盗賊達は、

縄で縛られていた。


御者達が、

慌ただしく動いている。


その中に。


いつの間にか、

ルクナスもいた。


「ふぅ、こんなものかな?」


縄で縛り終え。


一仕事終えたように、

額の汗を拭っている。


「……」


「何だい?」


「お前」


「うん」


「何もしていないだろう」


ルクナスが瞬きをする。


そして。


「戦闘は……?」


「参加してないね」


即答だった。


ルクナスは肩を竦める。


「だって危ないし?。

 十分だっただろ?」


「……それも、そうだが」


そう言うと。


ルクナスが、

少し笑った。


「だろ?。

 それに今の僕、か弱い女の子だよ?」


「……」


何故か。


腹が立った。


ゴッ。


「痛っ!?」


ルクナスが頭を押さえる。


「な、何で!?」


「分からん」


正直な感想だった。


「少し腹が立った」


「理不尽じゃない!?」


ルクナスが抗議する。


だが。


そんなことはよそに。


倒木の撤去が始まる。


盗賊達は、

縄で縛られたまま転がされている。


街道には。


もう、

平穏が戻り始めていた。

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