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第190話:誰かに支えられて


宿へ戻った頃には、

空が少しだけ白み始めていた。


夜明け前。


一番静かな時間だ。


「……」


部屋には、

俺とルクナスだけだった。


ユーリス達は、隣の部屋。


窓は少し開いていた。


冷たい風が入ってくる。


俺は窓辺に座り、

外を見ていた。


村は静かだった。


灯りは、

もうほとんど消えている。


遠くで鳥が鳴いた。


朝が近い。


「……」


視線を横へ向ける。


ベッド。


ルクナスが寝ていた。


消耗したのだろう。


静かに眠っている。


「……」


石柱。


小さなアンカーの前でのことを思い出す。


怒っていた…本気で。


…世界を守るために作った。

そう言っていた。


虚飾を防ぐために。

世界を守るために。


それを壊された。


だから怒った。


ただ、

それだけだった。


「……」


俺だって同じだ。


村が襲われれば怒る。

子供達が傷付けば怒る。

家族が殺されれば怒る。


理由なんて考えない。


当たり前だからだ。


窓の外を見る。


空が、少しずつ明るくなる。


「兄弟……か」


小さく呟く。


まだ実感はない。


ルクナスが、

そう言っているだけだ。


証拠もない。


信じ切ったわけでもない。


だが。


もし本当なら。


「……」


少しだけ、

納得できる。


ルクナスが使う言葉には、時々…。


…意味が分からないはずのものが、混じっていた。


プログラム。

リソース。


そんなものは、聞いたこともない。


なのに……。


俺は、

何故か理解できた。


初めて聞くはずなのに。


それが、

どんなものを指すのか。


まるで。


最初から、

意味を知っていたように。


そして……。


ルクナスが。


何故、

俺を助けるのか。


何故、

見捨てないのか。


何故、

あそこまで必死になるのか。


全部。


家族で。


「俺が……ルクスだから…」


それだけ。

…それだけだからこそ。


でも、本当なら。


俺も、

同じことをする。


ルゥも、

きっと助ける。


ナハトも。

リヒトも。


村の奴らも。


当たり前だ。


だから、ルクナスが何度も俺を助けた理由も。


少しだけ、

分かる気がした。


「……」


ベッドを見る。


眠っている。


本当に無防備だった。


神だとか。


観測者だとか。


そんなものには、

見えない。


ただ。


疲れ果てた誰かだった。


「変な奴だ……」


小さく言う。


返事はない。


寝ている。


当たり前だ。


窓の外で鳥が鳴いた。


朝日が差し込み始め、

部屋が少し明るくなる。


その光が。


ルクナスの顔を照らした。


「……」


しばらく見ていた。


やがて。


俺は視線を、

外へ戻す。


空はもう。


夜の色ではなかった。


ーーーーー


朝になり。


停留所には、

もう人が集まっていた。


荷物を抱えた旅人。

商人。

御者。


そして、

少し大きめの輸送鳥。


「……」


やはり。


学院で見たものより、

一回り大きかった。


首が太い。


脚も、

がっしりとしている。


「相変わらず迫力ありますね〜」


ユーリスが、

感心したように呟く。


輸送鳥はこちらを見る。


黒い瞳。


その瞬間。


「ギョワッ!」


少し気の強そうな、

大きな声が響いた。


俺は手を伸ばす。


「お、おい!!」


御者が慌てた。


「近付くな、兄ちゃん!」


走ってくる。


「そいつは気が荒いんだ!噛まれるぞ!」


だが、

もう遅かった。


輸送鳥は、

俺の前まで来る。


そして。


首を下げる。


ぐり、と。


頭を押し付けてきた。


「……」


俺は、

その頭を見た。


鳥もこちらを見る。


黒い目。


少しだけ。


懐かしい感じがした。


頭を撫でると、

輸送鳥が目を細める。


「ギョワ……」


気持ち良さそうだった。


沈黙。


御者が固まる。


周囲の旅人も固まる。


「……は?」


誰かが言った。


輸送鳥は、

さらに頭を押し付けてくる。


俺はもう一度、

頭を撫でた。


「ギョワッ」


今度は少し、

嬉しそうだった。


「何だ?、どうした?」


思わず呟く。


ルクナスが横で笑う。


「ふふふ。

 甘えてるんじゃないかな?」


「……こいつも、覚えてるのか?」


「そうかもしれないし、

 違うかもしれない」


「……」


少しだけ思い出す。


確かに、

いた。


よく分からない鳴き声で。


後ろを付いて来る奴。


いつの間にか、

俺よりも大きくなって。


その背に乗り。


大地を駆けた、

あの頃。


「こいつは……たまげた……」


御者は、

まだ固まっていた。


理解が追い付いていないらしい。


「おや」


その時だった。


聞き覚えのある声がした。


振り向く。


神父だった。


手を振りながら、

歩いてくる。


朝日を背に。


穏やかに笑っていた。


「間に合ったみたいだね」


「神父さん?」


ユーリスが、

少し驚いた声を出す。


神父は頷いた。


「見送りくらいは、しようと思ってね」


当たり前のように言う。


それから。


俺達を見る。


昨夜と同じように。


一人ずつ。


俺。

ユーリス。

セレス。

ルクナス。


全員を見て。


安心したように、

小さく笑う。


「どうやら、

 無事に旅立てそうだね」


「お陰様で」


ユーリスが頭を下げる。


神父は首を振った。


「私のお陰じゃないさ」


それから。


懐から、

小さな包みを取り出した。


布に包まれている。


「持っていきなさい」


ユーリスが受け取る。


少し重そうだった。


そのまま開いてみる。


干し肉。


乾燥した果実。


焼き菓子まで、

入っていた。


「そんな……」


「旅は長いんだろう?」


神父は笑った。


「こんな物でも、途中で腹を空かせるよりはいい」


ユーリスは、

少し困った顔をした。


こんな物ではない…贅沢だ。


「…ありがたい」


ユーリスも最後には、

頭を下げる。


「ありがとうございます」


「気にしなくていい」


神父は、

そう言った。


風が吹く。


輸送鳥の羽が揺れた。


「ギョワ」


鳥が鳴く。


相変わらず。


俺の横から離れない。


御者が、

まだ信じられない顔をしていた。


「本当に何なんだ、兄ちゃん……」


「俺も分からん」


正直に答える。


御者は、

ますます困った顔になった。


神父が笑う。


その時。


ふと。


神父の視線が、

セレスへ向いた。


「……」


セレスも気付く。


少しだけ、

視線が合う。


「……何だ?」


神父は、

少し考えた。


それから。


「いや」


笑う。


「少し、顔が変わったなと思ってね」


セレスが眉を寄せる。


「変わった?」


「ああ」


神父は頷く。


「昨日より、少しだけ柔らかい」


沈黙。


セレスが言葉を失う。


ユーリスは、

蛇に睨まれた蛙のように固まった。


ルクナスは、

面白そうに見ている。


「……気のせいだ」


少しだけ、

早口だった。


神父は笑う。


だが。


今度は、

すぐに視線を外さなかった。


「そうかな」


穏やかな声。


「私には、少し違って見える」


セレスが黙る。


神父は続けた。


「何を抱えているのかは、知らない」


朝風が吹く。


「だから、無責任なことは言えないがね」


少しだけ肩を竦める。


「それでも」


神父は俺達を見る。


そして。


最後に、

もう一度セレスを見る。


「君は、一人ではなさそうだ」


セレスの目が、僅かに揺れた。


「……」


「悩むのは、

 悪いことじゃない」


神父は笑う。


「答えが見つからないなら、

 少しくらい誰かに寄り掛かってもいい」


穏やかな声だった。


説教ではない。


ただ、そう思ったから言った。


そんな言い方だった。


「人はね」


神父は、

空を見上げる。


「案外、一人で立っているようで」


少しだけ間を置く。


「誰かに支えられているものだ」


風が吹く。


しばらく沈黙。


やがて。


セレスは、

小さく視線を逸らした。


「……余計なお世話だ」


そう言った声は。


少しだけ、弱かった。


神父は笑った。


追及はしない。

説得もしない。


ただ、

静かに。


「そうか」


それだけだった。


「……」


セレスも、

何も言わない。


その様子を見ていたユーリスが、

小さく息を吐く。


セレスが気付いて、

ユーリスを睨む。


「何だ?」


「いえ!?何でもないです!」


ユーリスは、

慌てて首を振った。


絶対に、

何か思った顔だった。


セレスの眉が寄る。


しかし。


それ以上は、

言わなかった。


神父は、

そんな二人を見て。


少しだけ目を細めた。


穏やかだった。


暖炉の前で見た時と、

同じ顔だ。


御者が声を上げる。


「出るぞー!」


荷車が揺れる。


旅人達が乗り込む。


俺達も、

荷台へ上がった。


輸送鳥が大きく鳴く。


「ギョワァッ!」


車輪が動き始めた。


ゆっくり。


そして。


少しずつ、

速度を上げる。


村が離れていく。


教会が見える。

畑が見える。


小さな家々。


昨夜歩いた道。


全てが、

遠ざかっていく。


神父は、

その場に立っていた。


手を振るでもなく。


叫ぶでもなく。


ただ。


穏やかに、

見送っている。


「……」


不思議な人だった。


強くない。


偉くもない。


だが。


何故か、

目を離し難かった。


やがて、

見えなくなる。


輸送鳥は、

街道を走る。


海へ。


竜の元へ。


その先へ。


旅はまた、

動き始めていた。

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