第185話:新しい旅
ロアンが腕を組む。
「そんで、どうする?」
全員の視線が集まる。
俺は少しだけ考えた。
「行く……今すぐだ」
短く言う。
ガルドが眉を上げた。
「早いな?」
「早くない」
首を振る。
「むしろ遅い」
静かに言う。
「中央は動いている。
教会もだ。
白塔同盟も揉めている」
誰も口を挟まない。
「今のところ、
誰もここへ来ていない」
ロアンが頷いた。
「あぁ、あの様子じゃな」
「もし居場所を掴まれているなら」
続ける。
「調査だの交渉だのじゃ済まん」
村を見る。
小さな家。
畑。
煙。
子供達。
「もう動いているはずだ」
沈黙。
ガルドも否定しない。
フィアも黙る。
「……まだ見つかっていない」
それが結論だった。
「今なら先に動ける。
見つかってからじゃ遅い」
ロアンが鼻で笑う。
「まぁ、俺もそう思う」
肩を竦めた。
「分かってるなら、
とっくに村ごと囲まれてるだろうな」
短く返す。
ユーリスも小さく頷いた。
「師匠も戻るなって言ってましたし……」
「あぁ」
アルケシアに戻る意味はない。
中央。
白塔同盟。
学院。
全部が今は動いている。
だが。
俺達の問題を解決してくれる場所ではない。
「ロアン」
呼ぶ。
「ん?」
「アルケシアの動きを追ってくれ。
中まで行かなくていい」
少し間を置く。
「あれはあれで、何かある」
ロアンが少しだけ目を丸くした。
「何か変わったら知らせてくれ」
数秒。
ロアンは俺を見た。
それから、吹き出す。
「お前、そういうこと言うんだな」
「……?」
意味が分からない。
「前なら一人で勝手に決めて、
何も言わなかったろ?」
「……そうだな」
「否定しねぇのかよ」
「事実だからな」
ロアンが笑う。
「…変わったな」
「そうか?」
「そうだ」
俺は首を傾げた。
よく分からん。
隣で。
ユーリスが小さく咳払いした。
たぶん、
何か言いたいことがあるのだろう。
「まぁ、いい」
ロアンが頷く。
「定期的に流す」
「助かる」
そこで。
フィアが立ち上がった。
「なら私達も、
『渡りの風』再結成ね」
ガルドも頷く。
「あぁ」
当然のように言う。
だが、俺は首を振った。
「来るな」
空気が止まる。
「は?」
フィアが眉を吊り上げた。
「何でよ?」
「お前達はようやく家を持った。
大事な時だ」
短く言う。
「村もある。
今更、捨てるな」
フィアが言葉に詰まる。
ガルドも黙った。
「それに」
二人を見る。
少しだけ考えて。
そのまま言った。
「早く孫が見たい」
沈黙。
フィアとガルドは同時に固まる。
そしてロアンが一番先に崩れた。
「ぶっ――!!」
盛大に吹き出す。
「はっはっはっはっは!!」
腹を抱える。
ユーリスは完全に固まっていた。
フィアの顔が真っ赤になる。
「なっ!?」
指を突き付ける。
「な、何言ってんのよ、あんた!?」
「事実だろう」
「事実じゃないわよ!!」
「いや、事実ではあるだろ」
ロアンが笑いながら言う。
「黙れ!!」
フィアが石を投げた。
ロアンが避ける。
ガルドは額を押さえていた。
「……勘弁してくれ」
「何故だ?」
フィアがさらに赤くなる。
「だから、そういうことを真顔で言うな!!」
「そういうこと?」
俺はわざと分からないふりを続ける。
フィアは耳の先まで真っ赤にしたまま、
そっぽを向いた。
「もういい!!」
ロアンが再び笑い出した。
笑い声が響く。
さっきまでの重い空気が、
少しだけ薄れる。
俺は空を見上げた。
青かった。
風が通り過ぎていく。
遠く。
見えない場所で。
中央が動いている。
白塔同盟も動いている。
学院も。
だが…
それはそれだ。
俺達は俺達で進む。
「……世話になった」
ぽつりと言う。
ガルドが顔を上げた。
フィアも。
ロアンも。
「まだ別れじゃねぇよ」
ロアンが笑った。
「あぁ」
俺は頷く。
その通りだ。
別れではない。
ただ。
また道が分かれるだけだ。
俺は立ち上がった。
「行くぞ」
風が頬を撫でる。
向かう先は、
もう決まっていた。
「……じゃあ、決まりね」
フィアが言った。
話は終わった。
後は準備だけだ。
「少し待ってなさい」
そう言って、
家の方へ向かう。
ガルドも立ち上がった。
「俺もだ」
二人が離れていく。
「?」
何だろうか。
しばらくして。
ガルドが戻ってきた。
肩に何かを抱えている。
「エア」
呼ばれる。
「何だ?」
何かが放られた。
それを受け取る。
少し重い。
包を解く。
革鎧だった。
使い込まれている。
傷もある。
補修跡もある。
だが。
丁寧に手入れされていた。
「昔使ってたやつだ」
ガルドが言う。
「今の俺には小せぇ」
俺はそれを見る。
「いいのか?」
すると。
横から声が飛ぶ。
「着てください」
ユーリスだった。
「今のエアは、
色々ありすぎます」
「……」
否定できない。
ロアンが笑う。
「神器持ちだの何だのは知らねぇが」
肩を竦める。
「少しは普通になれ」
「普通か……」
よく分からん。
だが。
断る理由もなかった。
俺はそれを抱える。
その時だった。
「セレス」
今度はフィアだった。
戻ってきている。
手には外套。
それと、
小さな革袋。
「はい、これ」
差し出した。
セレスが少しだけ眉を寄せる。
「……?」
「着替えなさい」
「何故だ」
フィアは呆れた顔をした。
「何故も何も」
指を向ける。
白服だった。
「その格好、目立つじゃない」
セレスが自分を見る。
白。
中央の服。
見慣れた服。
「中央が探してるんでしょ?」
フィアは続ける。
「だったら尚更、
その服のまま歩いてどうするのよ」
ロアンが頷く。
「確かに。
そのまま行ったら、
村一つ越える前にバレるな」
セレスは少し黙る。
「……」
中央の信徒。
聖杭槍杖。
だが。
今は、
それだけではない。
中央から離れ。
追われる側になった。
「……そうか」
小さく言う。
外套を受け取った。
そして。
少しだけ目を伏せる。
「……ありがとう」
フィアは肩を竦めた。
「別に、いいのよ」
あっさり言う。
それでも。
フィアは少しだけ目を丸くしていた。
ロアンも何か言いかけて、
やめた。
「あ、俺もあるぜ」
ロアンが今度はマリスを見る。
正確には。
その中にいるルクナスへ。
小さな道具袋を投げた。
ルクナスが受け取る。
「いいのかい?」
珍しく、
不思議そうな顔だった。
ロアンは笑う。
「身体はその嬢ちゃんのだろ?
だったら必要だ」
「そうだね。ありがとう」
ロアンが笑った。
「女の子は大事にしてやれよ~」
ーーーーー
しばらくして。
俺は着替えた。
旅支度を整える。
鏡はない。
だから、
自分では分からない。
肩を回す。
問題ない。
身体に馴染んだ革。
腰の留め具。
揺れる外套。
それだけだ。
神器でもない。
遺物でもない。
中央の制服でもない。
昔なら。
こういう姿の方が、
当たり前だった。
「……」
腕を軽く曲げる。
久しぶりな感じだ。
家から出る。
すると、
全員がこちらを見た。
「……何だ?」
「似合ってます」
最初に言ったのは、
ユーリスだった。
少しだけ嬉しそうだった。
「そうか?」
「はい!そっちの方が絶対似合います!!」
即答だった。
フィアも頷く。
「前の時みたいに自然ね」
「前?」
「最初の頃よ」
ユーリスが言う。
「そんな感じですね!」
「……」
実感はない。
だが、
二人とも笑っていた。
もう一度だけ、
袖口を握る。
布の感触。
革の匂い。
俺の最初には、こんな物はなかった。
槍だけ。
敵がいれば倒す。
歩いて。
見つけて。
また進む。
それだけだった。
だが、今は違う。
顔を上げる。
ユーリスがいる。
セレスがいる。
ルクナスがいる。
その後ろには、
村があった。
気付けば。
守るものが増えていた。
「……必ず守る」
小さく呟く。
すると。
ロアンが聞きつけたらしい。
「何か言ったか?」
「いや」
短く返す。
我ながら、面倒な事だと思った。
「よし」
ロアンが両手を叩く。
「じゃあ、今度こそ出発だな」
空気が変わる。
村の時間が終わる。
また旅が始まる。
俺は一度だけ、
後ろを見た。
家。
畑。
煙。
笑い声。
いつの間にか、
見慣れていた。
短かったが、
悪くなかった。
「あぁ、行くぞ」
そう言って、
歩き出す。
ユーリスが続く。
セレスも。
ルクナスも。
風が追い風のように吹いた。
新しい旅が、
静かに始まった。




