第178話:変わらないもの
静かな林に、
場違いなくらい大きな声が響いた。
「おーーーい!!」
俺とセレスが同時に顔を上げる。
木々の間。
枝を払いながら、
誰かが向かってくる。
「いるか~!」
聞き覚えのある声だった。
「おっ!!
ほんとにいた!!」
出てきたのはロアンだった。
その後ろを、
少し疲れた顔のユーリスが追いかけている。
さらに後方。
ルクナスがのんびり歩いていた。
「じいさん!!」
ロアンが片手を振る。
「生きてたか!!」
「ロアン、おれはあ別に老いぼれちゃいない」
「そりゃよかった!」
全く心配していた顔ではなかった。
だが、
それが妙に懐かしい。
ロアンはそこで、
隣のセレスを見た。
「うお」
足が止まる。
「ほんとに中央の……」
少しだけ目を丸くする。
「しかも本物かよ」
「……何だ、貴様は」
セレスが眉を寄せる。
「いや、だって」
ロアンは肩を竦める。
「普通、このあたりじゃ見ることねぇし」
言いながら、
抱えていた荷物を放り投げる。
俺が受け取る。
ボロ布だった。
もう一つ。
セレスの方へ飛ぶ。
セレスが反射的に掴んだ。
「何だ、これは」
「麻の布」
「見れば分かる」
「なら聞く必要はないだろ?」
ロアンが呆れた顔をする。
「被れって言ってんだ」
風が吹く。
ロアンは村の方を親指で指した。
「その格好で入ったら、すぐに村中の騒ぎになるぞ」
「騒ぎ?」
「白服が来たぞーってな」
セレスは黙る。
「しかも女だし」
「……それが何だ」
「美人だし」
ユーリスが吹き出しかけた。
「ちょっ……ロアンさん……」
「別にいいだろ?事実だし?」
ロアンは悪びれない。
セレスは理解できない顔をしていた。
「……意味が分からん」
「分からなくていいから被れ」
即答だった。
「村の婆ちゃん達が騒ぐ。美人だからな」
そう言って、
ロアンはセレスの手を握る。
「……こいつは刺しても文句はないな?」
セレスの目が、
ロアンを冷たく射抜いていた。
「やめろ。
ロアン、お前もこいつにちょっかいを出すと死ぬぞ?」
「そりゃ、おっかねぇ」
ロアンは相変わらずらしい。
ユーリスが顔を逸らした。
俺は小さく息を吐く。
「被っておけ」
セレスがこちらを見る。
少しだけ不満そうだった。
だが、結局。
何も言わずに布を羽織った。
白い外套が隠れる。
「よし」
ロアンが頷く。
「だいぶ怪しくなった」
「それは褒めているのか?」
「白服よりマシだ」
「そうか」
納得したらしい。
「……」
少しだけ変な光景だった。
セレスが旅人みたいなボロ布を被っている。
ロアンは満足そうに頷いた。
「よし」
「じゃあ行こうぜ」
「ガルド達も待ってる」
その言葉に、
少しだけ足が止まる。
ガルド。
フィア。
久しぶりだった。
気付けば、
最後に会ってから随分経っている。
「……」
村へ向かう。
土の道。
畑。
煙の匂い。
どこか懐かしい。
やがて。
一軒の家の前で、
ロアンが止まった。
「おーい!!」
相変わらず声が大きい。
「連れてきたぞー!!」
扉が開く。
「うるせぇぞ、ロアン。
飯の支度をしてんだ」
聞き慣れた声だった。
ガルド。
腕を組みながら出てくる。
いつも通り。
いつも通りだった。
「ったく、騒ぎすぎなんだよ。お前――」
そこで止まる。
視線が、
こちらへ向く。
固まる。
「……」
沈黙。
「……おい」
俺は片手を上げた。
「久しぶりだな」
ガルドが瞬きをした。
もう一度した。
それでも変わらない。
俺がいる。
「……」
数秒。
完全に止まった。
「いや」
ガルドが口を開く。
「何でいるんだよ」
ロアンが吹き出した。
「最初にそこかよ!!」
「いや、そこだろ!?」
ガルドが叫ぶ。
「何でいる!?」
「来たからだ」
「見りゃ分かる!!」
家の奥から、
別の足音が聞こえた。
「どうしたの――」
フィアだった。
扉の向こうから顔を出す。
そして。
止まる。
「……え」
目が見開く。
俺を見る。
その隣のユーリスを見る。
もう一度、
俺を見る。
「……エア?」
少しだけ、
信じられないような声。
「久しぶりだ」
「……」
フィアは瞬きをした。
それでも状況が飲み込めないらしい。
「随分いきなりね?」
呆れたような声だった。
だが。
口元だけ、
少し緩んでいる。
「ユーリスも、久しぶりね」
ユーリスが苦笑する。
「お久しぶりです」
「あら?」
「なんですか?」
フィアはユーリスを見て、
小さく笑った。
「……いい顔になったわね?
前より女の子らしいわよ?」
「え……?」
ユーリスが固まる。
数秒。
意味を理解した瞬間。
「えぇっ!?」
顔が真っ赤になった。
「な、なな、何を言ってるんですか!?フィア!?」
フィアは肩を竦める。
それから、
もう一度俺とユーリスを見る。
少しだけ。
本当に少しだけ、
安心したように笑った。
「元気そうで良かったわ」
「……」
変わっていない。
俺がこの時代に来て、
初めて出来た友人。
ガルド、フィア、ロアン。
世界の裏側も、
神器も、
エンラの話も関係ない。
相変わらずだった。
それが、
少しだけ心地良かった。
「立ち話も何だ」
俺は小さく息を吐く。
「中に入るか?」
「あぁ、邪魔させてもらう」
ガルドがようやく頷いた。
「ほら、入れ」
そう言って扉を開く。
暖かな匂いが流れてきた。
ーーーーー
中へ入る。
肉を焼いた匂い。
煮込んだ野菜の匂い。
乾いた薪の匂い。
「……」
家の中は、
思っていたより広かった。
石造り。
少し古い。
だが、
柱も壁も太く、
床も沈んでいない。
きちんと手を入れられている家だった。
窓際には干した薬草。
壁には見覚えのある弓と剣。
暖炉の近くには、
使い込まれた鍋が掛かっている。
生活の匂いだ。
「……良い家だな」
ぽつりと漏れる。
ガルドは自慢げに笑い、
腕を組み直す。
「村長から譲ってもらった」
「村長?」
ロアンが横から口を挟む。
「俺の親父な」
当然みたいに言う。
「こいつらが戻ってくるなら、
空き家を使えってさ」
フィアが肩を竦める。
「空き家って言っても、
ほとんど物置だったのよ?
掃除するの大変だったんだから」
「お前がほとんどやっただろ」
「ガルドもやったわよ」
「壁を直しただけだ」
「十分よ」
二人は普通に言い合っていた。
その距離が、
前より近い。
宿で見た時よりも、
もっと自然だった。
「……」
俺は部屋を見回す。
食卓。
椅子。
二つ並んだ食器。
奥へ続く部屋。
暖炉の横に置かれた毛布。
「……」
まだ小さい靴はない。
子供用の椅子もない。
玩具もない。
「……ふむ」
「どうしたの?」
フィアがこちらを見る。
「さっきから、何を見てるのよ」
ガルドも眉を寄せた。
「なんか文句でもあるのか?」
「いや」
短く返す。
そして、
もう一度部屋を見る。
「孫はまだみたいだな」
空気が止まった。
フィアの顔が、
一瞬で固まる。
ガルドの目が見開かれる。
ユーリスが変な声を出した。
「ま、孫!?」
ロアンだけが、
一拍遅れて腹を抱えた。
「ぶはっ!はははは!
出た出た!じいさんのそれ!!」
「ロアン~!」
「仕方ねぇだろ~。
いや、なんかこれも久々だな」
フィアが真っ赤になって叫ぶ。
「何で家に入って最初に見るのがそこなのよ!?」
「家族が増えたかと思ってな」
「増えてないわよ!!」
ガルドが咳払いする。
「ま、まだそういう話は……」
「まだ?」
俺はガルドを見る。
ガルドが止まった。
フィアの視線が、
ゆっくりガルドへ向く。
「……まだ、ねぇ」
「いや、違う……こともないが……」
「ほう?」
ロアンが机を叩いて笑っている。
「いやぁ、いいねぇ。
これも久々に見た。
最近じゃ、くっついてるところを見られて照れるなんてこともなかったしな!」
「ロアン?射抜くわよ!」
フィアがロアンを睨む。
セレスは黙っていた。
布を被ったまま、
このやり取りを理解できない顔で見ている。
「……何の話だ」
「気にするな」
俺が言う。
「家族の話だ」
「……家族」
セレスが小さく呟く。
その声だけ、
少しだけ遠かった。
フィアがまだ赤い顔でこちらを見る。
「エア、あんた本当に変わらないわね……」
「そうか?」
「そうよ」
呆れたように言う。
だが、
怒ってはいなかった。
ガルドも小さく息を吐く。
「とりあえず座れ。
飯はある」
「助かる」
椅子に腰を下ろす。
木の椅子が、
小さく軋んだ。
暖炉の火が揺れる。
飯の匂い。
木の音。
誰かの笑い声。
久しぶりに、
ただの旅の途中みたいだった。




