第170話:火竜
白火と赤火が、
真正面から激突した。
――ゴォォォッ!!
爆風が吹き荒れる。
大木の枝が軋み、
墓標の槍が震えた。
空洞全体が、
白と赤に染まる。
「……ッ!」
ユーリスが、
思わず目を覆う。
熱い。
遠くにいるはずなのに、
肌が焼けるみたいだった。
「マリスさん……!」
白火が、
さらに膨れ上がる。
暴走している。
だが、
止まらない。
水膜が蒸発し、
次の瞬間にはまた再生する。
燃やして。
冷やして。
繋いで。
また燃やす。
それでも、
マリスは前へ出る。
「ァァァァッ!!」
白火が爆ぜた。
次の瞬間。
マリスが消える。
「……ッ」
一瞬。
本当に一瞬だけ、見失った。
右でもない。
左でもない。
気配ごと消えた。
(速いな)
思う。
今までとは違う。
白銀の槍と、
あの火が噛み合った結果か……。
だが...。
「それだけか」
空気が鳴る。
白火が揺れる。
床が削れる。
見える。
どこを通ったか。
どこへ来るか。
全部。
「そこだ」
振り向く。
――ガァンッ!!
白銀の槍を弾く。
「ッ!?」
今度はマリスの目が揺れた。
俺は一歩前へ出る。
「なるほど」
槍を握り直す。
「速くはなったな……だが」
白火が、
再び消える。
左右。
上。
正面。
今度は連続。
だが、
見える。
もう見えている。
カンッ!!
ガァンッ!!
ドォンッ!!
槍がぶつかる。
全部受ける。
全部流す。
全部外す。
「……ッ!」
マリスの呼吸が乱れる。
「セレスよりも速いが……それだけだ」
俺は踏み込む。
赤火が槍を走る。
「もう慣れた」
――ズガァンッ!!
正面から打ち抜く。
マリスの身体が、
大きく吹き飛んだ。
石床を削る。
墓標の槍を何本もへし折り。
最後に、
大木の根元へ叩きつけられた。
――ドゴォンッ!!
衝撃。
葉が舞う。
土が弾ける。
「マリスさん!」
ユーリスが叫ぶ。
だが……。
マリスは倒れない。
「……ッ」
膝をつく。
血を吐く。
それでも。
白銀の槍を支えに、
ゆっくり立ち上がった。
仮面は半分砕けている。
頬も焼け始め、
肩は裂け。
白火も乱れていた。
それでも。
「まだ……」
槍を握る。
「役目は、まだ、果たせる……」
白火が、
さらに膨れ上がる。
水膜が蒸発する。
再生。
蒸発。
再生……。
無理矢理だ。
本当に無理矢理、
身体を焼かれないように繋ぎ止めている。
「……」
思わず眉をひそめた。
ここまで来ると執念。
いや……意地か。
「お前達は……そこまでして何になる」
拳を握りながら、
思わず漏れる。
マリスは答えない。
白銀の槍を握る手だけが、
震えていた。
――その時。
「エア!!」
ユーリスの声。
横。
仮面たちが、
一斉に動いた。
まだ残っていた。
数は減った。
だが、
終わっていない。
槍が来る。
火が来る。
「邪魔を……するなぁ!!」
槍を振る。
――ガァンッ!!
一人吹き飛ぶ。
振り返す。
二人目。
三人目。
火が爆ぜる。
石床が割れる。
「セレスさん!!」
「分かっている!!」
白火が走る。
仮面の槍を弾く。
ユーリスの術式が絡む。
「下がれ!」
「下がりません!!」
「貴様、馬鹿か!!」
叫びながら。
それでも二人は戦う。
背中を預けるように。
白火と術式が交差する。
――ガンッ!!
また仮面が吹き飛ぶ。
俺も前へ出る。
「……ッ」
背筋が反応する。
遠く。
大木の根元。
マリスだった。
立っている。
だが、限界だ。
水膜が蒸発している。
肩から血が流れている。
それでも。
白銀の槍を引きずりながら。
一歩。
また一歩。
前へ出る。
「馬鹿め……」
本気でそう思った。
あれ以上続けたら、
本当に壊れる。
なのに。
止まらない。
「これが、私の、役目……」
掠れた声。
白火が揺れる。
身体が軋む。
だが、
前へ出る。
俺へ向かって、
よろよろと歩き出す。
「私は……」
――その瞬間。
セレスの目が、
そちらへ向いた。
ほんの一瞬。
戦いながら、
横目でマリスを見る。
「……」
何も言わない。
だが……。
その目は冷たかった。
次の瞬間。
セレスが踏み込む。
正面の仮面へ。
白火が走る。
槍が閃く。
仮面が吹き飛ぶ。
その動きは止まらない。
流れるように、
自然に。
そのまま。
身体が回る。
穂先が反転する。
「セレス!? ッ、やめ――」
向いた先は...マリスだった。
「……え?」
ユーリスが息を呑む。
気付いた時には、
もう遅い。
セレスは躊躇しない。
敵だから。
危険だから。
処分する。
それだけだ。
「終わりだ……」
マリスが顔を上げた。
――ズンッ。
鈍い音。
静かな...。
あまりにも静かな音だった……。
マリスの身体が止まる。
聖杭槍杖――その穂先が。
背中から胸を貫いていた……。
「……ッ」
マリスの目が見開く。
白銀の槍が、
手から滑り落ちる。
ガラン。
乾いた音。
血が落ちる。
白火が揺れる。
水膜が崩れる。
「マリス……さん……?」
ユーリスの声が、
震えた。
マリスの身体が揺れ、そのまま
......倒れる。
「……ッ!!」
考えるより先だった。
俺は地面を蹴る。
――ドンッ!!
石床が砕ける。
一瞬で距離を詰める。
落ちるマリスを抱き止め、
反対に持ち替えた槍を振った。
――ゴォンッ!!
鈍い音が空洞に響く。
「……ッ!?」
セレスの身体が浮く。
横殴り。
白服は地面を滑る。
石床を削り、
墓標の槍を巻き込み。
何本もへし折りながら。
――ドガァァンッ!!
壁へ叩きつけられた。
砂煙が上がる。
「そんな……いや、いやだ……。マリスさんが!!」
ユーリスが叫ぶ。
俺は振り返らない。
腕の中。
マリスを見る。
白火がまだ残っている。
身体の奥。
消え切っていない。
「チッ……」
槍を地面へ突き立て、
マリスの頬に触れる。
燃え残った白火に触れる。
絡める。
ほどく。
沈める。
暴れていた火が、
少しずつ静かになっていく。
「……っ」
マリスの身体が震え、
口から血が溢れる。
苦しそうだった。
呼吸が、
少しずつ弱くなっていく……。
その時だった。
「エアッ!!」
ユーリスの叫び。
振り向く。
仮面たちだ。
まだ残っていた。
最後の連中。
セレスが消えたことで、
防御の穴へ一斉に流れ込んでいる。
槍が四本。
五本。
いや、
もっとだ。
全部がユーリスへ向いている。
「ッ!」
ユーリスが術式を組む。
だが遅い。
間に合わない。
槍が迫る。
「……!」
俺は反射的に手を伸ばした。
だが、
火は放てない。
ユーリスが近すぎる。
この距離の火量なら、
まとめて焼いてしまう。
敵も。
ユーリスも。
「クソッ!」
槍へ手を伸ばす。
投げれば、
一人二人は貫ける。
だが全部は無理だ。
間に合わない。
「ッ!!」
ユーリスの引きつるような息遣い。
焦り。
恐怖。
それが聞こえる。
仮面たちの穂先が、
もう目前まで迫っていた。
その瞬間、何かが...震えた。
視線が落ちる。
地面へ突き立てた槍。
古い鉄。
傷だらけの穂先。
俺の槍。
「お前……」
火が揺れた。
手の中じゃない。
槍の中だ。
ずっと最初から、
そこにいたみたいに。
「……なら」
小さく漏れる。
握る。
熱が伝わる。
血みたいに。
呼吸みたいに。
自然に。
「行け!!!」
槍へ命じた。
次の瞬間。
――ゴォォォォォォッ!!!
赤火が噴き上がった。
床が裂ける。
石が砕ける。
空洞全体が揺れる。
ユーリスの前。
地面そのものが盛り上がった。
火だ。
だが違う。
ただの火じゃない。
赤い奔流。
長い身体。
巨大な顎。
燃える鬣。
それはまるで――竜だった。
「……え」
ユーリスが息を呑む。
赤い竜が咆哮する。
火そのものの咆哮。
空気が震える。
仮面たちが止まる。
遅い。
もう遅い。
――ドゴォォォォォンッ!!!
火竜が突っ込んだ。
槍ごと。
身体ごと。
まとめて喰らう。
仮面たちが浮く。
吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられる。
骨が砕ける音。
悲鳴。
火花。
全部まとめて飲み込まれる。
火竜は止まらない。
石壁へぶつかり、
そのまま爆ぜた。
――ゴォンッ!!
衝撃。
熱風。
静寂。
残ったのは、
焼け焦げた壁だけだった。
仮面たちは、
誰一人立っていない。
「……」
空洞が静まり返る。
赤火だけが、
まだ揺れている。
ユーリスが呆然と立っていた。
術式を組んだまま。
何が起きたのか、
理解できないみたいに。
俺は視線を戻す。
腕の中。
マリス。
まだ生きている。
だが。
長くない。
そのことだけは、
嫌でも分かった。




