第161話:白ではない者
諸々のことが終わり、
自由時間になった。
のだが……。
結局、その後はいつもの連中に引きずり回された。
「次あれ食おうぜ、あれ!!」
「食ってばっかりだな……」
「かてぇこと言うなよザハク、祭りなんだからいいだろ!」
パコダが串を振り回しながら笑い、
オルドもその隣で騒ぐ。
ユーリスは呆れながらもしっかり両手に袋を抱え、
マリスと共にその後をついて行っている。
「だから食べ過ぎなんですって……!
あとエアも止めてください!」
「無理だろ」
「諦めないでください!!」
カイナが、
少し離れた場所で小さく笑う。
ザハクも相変わらずだったが、
焼いた肉だけはしっかり持っていた。
祭りだった。
こういうのでいいと、俺は思う。
街中に灯りが浮かび、
音楽が鳴る。
屋台。
酒。
笑い声。
火線祭の熱が、
街全体へ広がっている。
「見ろエア!
あれ火鳥だぞ!!」
空を、
赤い光が飛ぶ。
魔術で作られた鳥が、
尾を引きながら夜空を舞っていた。
歓声が上がる。
子供達が走る。
酔っ払いが騒ぐ。
――平和だった。
なのに。
「……」
視線だけが、
無意識に人混みを探していた。
白い外套。
長い髪。
だが、
見つからない。
「……エア?どうかしました?」
ユーリスが、
少し不思議そうにこちらを見る。
「いや」
小さく首を振る。
誤魔化すみたいに、
屋台の水を飲んだ。
胸の奥が、
まだ妙に落ち着かなかった。
ーーーーー
学院へ戻る頃には、
夜も深くなっていた。
だが。
学院は、
まだ終わっていなかった。
「うわぁ……」
ユーリスが、
思わず声を漏らす。
中央棟。
巨大な講堂。
そこが、
完全に別世界になっていた。
光。
音楽。
長机いっぱいの料理。
魔術の灯が、
天井を星空みたいに照らしている。
晩餐会。
火線祭の締めとして行われる、
上位者と関係者向けの夜会だった。
「うっわ……肩いてぇ場所だな」
パコダが、
露骨に顔をしかめる。
実際、
空気が違った。
学院教師。
国家魔術機関。
各国関係者。
中央の白服。
闘技場で見た“上”の連中まで、
普通に混ざっている。
そんな中だった。
「――エアッ!!」
聞き覚えのある声。
振り向く。
「やっと見つけたにゃ!!」
ミリカだった。
だが――
「……誰だお前」
思わず漏れた。
いつもの学院制服じゃない。
黒を基調とした、
獣人の礼装。
露出は少ないのに、
妙に目を引く。
金糸の刺繍。
首元の装飾。
耳飾り。
尾にも、
小さな飾り紐が巻かれている。
髪まで整えられていて、
普段よりずっと“族長の娘”だった。
その後ろには、
兄達。
さらに、
母親――族長。
完全に、
一族ぐるみで来ていた。
だが。
当のミリカは、
ものすごく不機嫌だった。
尾が、
ぶわっと膨らんでいる。
「どこ行ってたにゃッ!!」
「……祭りだ。回ってた」
「探したにゃ!!
めちゃくちゃ探したにゃ!!」
「いや、一応こいつらと探したがお前いなかったろ?」
「違うにゃ!!
母上に捕まったにゃ!!」
ビシッ!!
後ろを指差す。
母親が、
腕を組んだまま立っていた。
「当然だ」
低い声。
「族長の娘が勝手に屋台を走り回るな」
「祭りだったにゃ!!」
「礼装で串焼きを食いながら走るな」
「誰のせいだと思ってるにゃッ!!」
「だから走るなと言っている」
完全に親子喧嘩だった。
兄二人は、
慣れた顔をしている。
「探してたのは本当だ」
細身の兄が、
小さく肩を竦める。
「お前達が見つからなくて、
途中から半泣きだった」
「にゃッ!?!?」
ミリカの耳が跳ねる。
「言うにゃッ!!」
「事実だ」
大柄な兄が、
真顔で返す。
「“エアどこにゃあああ!!”と叫びながら広場を走っていた」
「やめろにゃあああ!!」
尾が逆立つ。
周囲から、
小さく笑いが漏れた。
だが。
「……」
その時だった。
空気が、
変わる。
ざわついていた白服達が、
一斉に道を空けた。
白。
だが、
セレスではない。
もっと古い白。
もっと硬い白。
中央の上層。
闘技場の来賓席にいた連中だった。
「……君が、エアか」
先頭の男が、
静かに口を開く。
歳を重ねた男。
白金の刺繍が入った外套。
柔らかく笑っている。
だが、
目だけが冷たい。
「火線祭優勝、
実に見事だった」
視線が、
俺の左手へ落ちる。
包帯の隙間から、
まだ血が滲んでいた。
「最後の判断も、
なかなか真似できるものではない」
褒めている。
はずなのに。
妙に、
温度がない。
「……」
男の視線が、
ゆっくり横へ流れる。
パコダ。
オルド。
ザハク。
そして。
ミリカ達獣人側へ。
ほんの一瞬。
空気が、
僅かに冷えた。
「だが――」
小さく息を吐く。
「少々、周囲が騒がしいな」
パコダの眉が動く。
「……は?」
男は、
まるで気づいていないみたいに続ける。
「その衣を纏う者には、
相応の立場がある」
静かな声。
「学院側の粗野な者達ならまだしも」
視線が、
ミリカへ向く。
「獣人とまで、
これほど親しくしているとは思いもよらなかったな……」
空気が止まる。
ミリカの尾が、
ぶわっと膨らんだ。
「……ッチ」
笑顔が消える。
後ろの兄達も、
静かに目を細めた。
「おい、おっさん。喧嘩なら買うぜ?」
パコダが、
低く声を出す。
だが、
男は止まらない。
「中央の白は、秩序と純正を重んじる」
さらりと言う。
「火を継ぐ者が、
あまり軽々しく他種族と馴れ合う姿は、
好ましく見えぬ者も多い」
「馴れ合い……」
ユーリスが、
僅かに顔を強張らせる。
「まがい物の集まりの国とは言え、火の祝いの場。
些末な者のために言葉を選んでいるだけ、まだ配慮している」
後ろの白服が、
鼻で笑った。
「獣人は感情で動き、学院の黒も統制が甘い。
白を纏うなら、付き合う相手は選ぶべきだ」
ザハクの目が、
ゆっくり細くなる。
オルドが、
一歩前へ出かけた。
「てめぇ……」
だが。
その前に。
「……それで?」
俺が口を開いた。
空気が、
少し止まる。
白服の男が、
静かにこちらを見る。
「何だ?」
俺は、
ゆっくり一歩前へ出た。
白服達の視線が集まる。
「勘違いするな」
低く言う。
「俺がこれを着ているのは、
貴様らの神を崇めているからでも、
中央に忠誠を誓ったからでもない」
白い外套を、
軽く掴む。
「今は、
貴様らの目的と俺の目的が一致している」
事実だけを突きつける。
「だからセレスに協力している。
ただ、それだけだ」
周囲が、
静まり返る。
白服達の顔色が変わった。
男の笑みも、
少しだけ薄くなる。
「……ほう」
「勝手に俺を、
貴様らの“白”と同じにするな」
声が、
少し低くなる。
「俺は、
お前達の秩序に従った覚えはない」
空気が、
重く沈んだ。
後ろの白服達が、
露骨に殺気立つ。
「貴様……!」
だが。
俺は止まらない。
ゆっくり、
さらに一歩詰め寄る。
「それに」
視線を、
男へ向ける。
「確か貴様らは、
“正しき火は罪を焼く”とか言っていたな」
白服側が、
ぴくりと反応した。
「なら――」
小さく息を吐く。
「ここで試してみるか?」
男の眉が、
僅かに動く。
「……何をだ?」
「お前に、
どんな罪があるかをだ」
その瞬間。
空気が、
凍りついた。
「ッ――」
後ろの白服達が、
一斉に前へ出かける。
だが。
ゴゥ――。
熱。
俺の周囲だけ、
空気が揺らいだ。
壁の明かりの火が、
強さを増す。
「……っ」
白服達の足が止まる。
本能的に、
踏み込めなかった。
男の笑みが、
完全に消える。
「貴様……脅すつもりか?」
「違う」
即答。
「貴様が、
勝手に怯えてるだけだ」
静寂。
ミリカが、
少しだけ目を見開いていた。
パコダは、
口元を吊り上げる。
ザハクは、
黙ったまま。
カイナだけが、
小さく目を伏せた。
そして。
「――そこまでにしておけ」
低い声が、
割って入った。
空気が、
わずかに沈む。
白服達の視線が、
一斉にそちらへ向いた。
ガレスだった。
教師用の正装を纏い、
静かにこちらへ歩いてくる。
「火線祭の晩餐会で、何を始めるつもりだ」
淡々とした声。
怒鳴ってはいない。
だが、
それだけで周囲の熱が少し下がった。
「君は確か……ガレス君だったかね」
白服の男が、
わずかに目を細める。
「君の出る幕ではない。これは中央側の――」
「ここは学院だ」
ガレスが、
短く遮る。
「中央の席でも、白塔同盟の協議の場でもない」
一歩。
俺と白服達の間へ入る。
「招かれた客が、
学院の生徒と白塔同盟の来賓に侮辱を向けるなら、止めるのが私の義務だ」
空気が、
さらに張る。
白服の男の笑みが消えた。
「……侮辱とは心外だな」
「そう聞こえた」
即答。
「少なくとも、
俺にはな」
パコダが、
小さく口元を吊り上げる。
ミリカの母親も、
腕を組んだまま目を細めた。
その時。
ゴォン――。
杖の音が、
講堂に響いた。
「ほっほ」
穏やかな声。
学院長だった。
「晩餐の場でまで、
火を荒立てるでない」
学院長は、
ゆっくりと歩いてくる。
その一歩ごとに、
ざわめきが静まっていく。
「火線祭は、
火を称える祭りではある」
視線が、
白服達へ向く。
「じゃが、誰が火に相応しいかを断じる場ではない」
静寂。
学院長は次に、
ミリカ達獣人へ目を向ける。
「人も。
他種族も。
学院も。
中央も」
穏やかに笑う。
「今宵は同じ火を囲む客じゃ」
そして、
杖を軽く鳴らした。
「杖ではなく、杯を持て」
白服の男は、
しばらく沈黙した。
やがて、
薄く笑う。
「……学院長のお言葉とあらば」
そう言って、
一歩下がる。
だが、
目だけは笑っていなかった。
ガレスは、
俺を一瞥する。
「エア」
「……」
「お前もだ。
火を出すな」
「出してない」
「出しかけていた」
否定できなかった。
ガレスは、
小さく息を吐いた。
その時。
「……なるほど」
低い声。
ミリカの母だった。
腕を組んだまま、
じっと俺を見ている。
「白ではあるが……白のではない、か」
「……?」
視線が、
真っ直ぐ刺さる。
さっきまでの警戒とは、
少し違う。
品定め。
いや。
見定める目だった。
「娘の話を聞く限り、
悪い男ではなさそうだとは思っていた」
「うそにゃ……めちゃくちゃ怪しんでたにゃ……」
ミリカが、
びくっと耳を立てる。
「だが、白だ」
母親は続ける。
「中央の白。
排他的で、他種族を下に見る者ども。
娘が近づくには危険すぎる相手だとは思っていた」
白服達の顔が、
露骨に歪む。
だが、
ミリカの母は気にしない。
「だが今ので分かった」
ゆっくりと、
こちらへ歩いてくる。
「貴様は白ではない」
「……」
「白を着ているだけの、
面倒な男だ」
「それは褒めてるのか?」
「半分はな」
母親は、
口元を少しだけ吊り上げる。
その瞬間。
ミリカの尾が、
嫌な予感でもしたみたいに揺れた。
「ミリカ」
「にゃ、にゃに……?」
「いつこの男と子を作る?」
空気が止まった。
「…………は?」
ミリカの声が、
裏返る。
パコダが、
串を落とした。
ユーリスが、
袋を落としかける。
オルドがむせる。
ザハクですら、
わずかに目を開いた。
「母上ぇぇぇぇ!?」
ミリカの尾が、
限界まで膨らむ。
「何言ってるにゃあああ!!」
「家に連れて来るなら早めにしろ」
母親は真顔だった。
「一族の者にも見せねばならん。
腕も見る。
匂いも見る。
寝床の相性も――」
「そんなことこの場で言うにゃああああ!!」
人に言われるのは恥ずかしいようだ。
ミリカが飛びかかりそうになる。
だが、
大柄な兄に首根っこを掴まれた。
「落ち着け」
「落ち着けるかにゃぁあああ!!」
細身の兄が、
額を押さえる。
「母上、段階を飛ばしすぎです」
「そうか?」
「そうです」
母親は、
少しだけ考える。
それから、
俺を見る。
「ではまず婚約からか」
「そういうことじゃにゃい!!」
ミリカが叫ぶ。
周囲から、
耐えきれない笑いが漏れた。
さっきまで凍っていた空気が、
一気に崩れる。
白服達だけが、
不快そうに黙っていた。
俺は、
小さく息を吐く。
「……お前の家、いつもこうなのか」
「違!……くもないようにゃ……」
「いや、割といつもだ」
兄が淡々と返す。
「兄ぃ!!」
ミリカが暴れる。
母親は構わず、
さらに続けた。
「エアと言ったな」
「ああ」
「娘は騒がしい。
気分屋で、短気で、世間知らずだ」
「知ってる」
「にゃ!?」
母親の目が、
少しだけ柔らかくなる。
「近いうちに、
我らの席へ来い」
「……何でだ」
「食わせる」
短く言う。
「肉をな」
ミリカが、
顔を真っ赤にしたまま叫ぶ。
「完全に家に呼ぶやつにゃああ!!」
「そう言っている」
「だから、平気で言うなにゃあああ!!」
ミリカの叫びが、
晩餐会場に響いた。
さっきまで凍っていた空気は、
もうどこにもない。
ただ。
離れた場所でこちらを見ている白服達の目だけは、
最後まで冷えたままだった。




