第158話:火なき槍
セレスは、
何も言わない。
ただ、
静かにこちらを見ている。
以前みたいな、
“異端を見る目”ではない。
もっと深い。
もっと厄介な何かを、
確かめるみたいな目。
「ッ……?。何、見てる」
ミリカが、
低く唸る。
「さっきからジロジロ、エアを勝手に見るにゃ」
セレスは答えない。
代わりに、
ゆっくり口を開いた。
「……エア」
静かな声。
医務室が、
少しだけ静まる。
「次は――」
ほんの僅か、
間が落ちる。
セレスの目は、
真っ直ぐ俺を見ていた。
「我々だ」
空気が止まった。
ユーリスが小さく目を見開き、
ミリカの耳がぴくりと動く。
「……は?」
ノクシアだけが、
深くため息を吐いた。
「あ〜あ……」
面倒そうに、
酒瓶を揺らす。
「またぁ? 怪我しても面倒見ないわよ〜」
適当だった。
だが、
セレスは冗談を言っていない。
視線だけで分かる。
「……我々?」
俺は小さく聞き返す。
セレスは、
ゆっくり頷いた。
「次の相手には棄権させた」
静かな声。
「……なに?」
ユーリスが思わず目を見開き、
ミリカの耳がぴくりと動いた。
「棄権だと?」
セレスは、
ただ真っ直ぐ俺を見ていた。
「エア」
低い声。
「次は、火を使わずに私と戦え」
空気が止まる。
ミリカが、
露骨に顔をしかめた。
「……は? やっぱり白服は頭おかしい」
だが、
セレスは続ける。
「貴様の火に対する異常は中央に見せられた。
既にレイヴァルトが役目を果たした」
ベッドへ、
一瞬だけ視線が向く。
「ならば、私が……」
静かに。
「…今一度、お前自身を見る」
医務室が、
静まり返る。
その横で。
ノクシアだけが、
深くため息を吐く。
「へぇ……」
酒瓶を揺らしながら、
ちらりとユーリスを見る。
「あなたも大変ねぇ」
「……えっ!?!?」
ユーリスが肩を上げる。
「し、師匠!?
な、何の話ですか!?」
「別に?」
ノクシアは、
面倒そうに手をひらひら振っていた。
「私は何も言ってないわよ〜」
「師匠ぉ〜!?」
ーーーーー
ゴォン――。
鐘が鳴る。
ざわめいていた闘技場が、
少しずつ静まっていく。
教師が、
巻物を開いた。
「準決勝、第二試合……ん?」
声が響く。
白服側が、
わずかに空気を張る。
「…対戦予定であったクラウスは棄権」
どよめき。
「は?」
「棄権!?」
「なんだと?」
学院側までざわつく。
教師自身も、
少しだけ言葉を切った。
だが、
続ける。
「これにより――決勝戦。
セレス対エアを開始する!」
ざわめきの中。
俺は、
ゆっくり舞台へ上がる。
手には、
いつもの鉄槍。
聖杭槍杖……白槍は持っていない。
「……」
反対側。
セレスが、
静かに現れる。
白い外套。
揺れない足取り。
だが――
その手にあったのは、
聖杭槍杖ではなかった。
細く、
無骨な鉄槍。
どこからか用意した、
ありふれた槍。
観客席が、
ざわつく。
「……え?」
「白槍じゃない?」
「なんでだ?」
白服側まで、
明らかに空気が揺れていた。
「……」
セレスは何も言わない。
ただ、
静かに舞台中央へ立つ。
俺は、
小さく眉をひそめた。
「……いいのか?」
「構わん」
静かな声。
「今、見たいのは……火ではない」
槍を構える。
火はない。
ただの鉄。
ただの技量。
「来い、エア」
風だけが、
静かに二人の間を抜けた。
――ガンッ!!
金属が弾けた。
「「……ッ!」」
火はない。
なのに、
前より近い。
セレスの槍は、
無駄が消えていた。
最短。
最小。
流れるみたいに、
急所だけを穿ってくる。
「……チッ!?」
外す。
「……やはり、見切るかッ」
だが、
次が来る。
肩。
喉。
脇腹。
止まらない。
「……!」
受け流す。
鉄が擦れる。
火花が散る。
その瞬間。
「遅いッ」
セレスの声。
ゾワッ――。
反射で、
身体を捻る。
直後。
槍が、
頬を掠めた。
「うお……!?」
「今の見えたか!?」
観客席がどよめく。
セレスは止まらない。
踏み込み。
突き。
返し。
完成された動き…だけではない。
洗練されている。
「ッ……チッ!」
こちらが隙を見ても、
またカウンター。
攻めた瞬間を、
正確に刺し返してくる。
「……やっぱ厄介だな、型ってのはよぉ!」
純粋な槍だけの戦い。
だからこそ、
分かる。
「……」
こいつ、
槍だけでも化け物だ。
ーーーーー
一方。
セレスもまた、
目を細めていた。
「……何故だ」
小さく漏れる。
エアの槍には、
型がない。
構えも荒い。
踏み込みも雑だ。
だが――
止まらない。
崩れない。
普通なら、
既に三度は倒れている。
それなのに。
「今の動き、既に合わせたか……」
エアは、
戦いながら変わっている。
私の槍へ。
私の癖へ。
噛み合うように。
獣みたいに、
戦いながら適応していた。
ーーーーー
「……なんだ、これ……」
誰かが、
呆然と漏らす。
火はない。
白い爆炎も、
術式も、
加護もない。
なのに――
「やば……」
「速すぎて見えねぇ……!」
金属音だけが、
絶え間なく響く。
ガンッ!!
カンッ!!
ギィンッ!!
槍がぶつかる度、
火花が散る。
踏み込みで、
石床が削れる。
「……」
白服達が、
無言で見入っていた。
学院側も同じだ。
誰も、
騒がない。
さっきまでみたいな歓声が、
消えている。
「これ……もう魔法戦じゃねぇぞ……」
パコダが、
小さく呟く。
「武術大会か何かかよ……」
「……いや」
ザハクが低く返す。
目は中央のまま。
「こんな技量の噛み合い、武術大会でも見たことはない……」
オルドも、
腕を組んだまま動かない。
「あぁ……とんでもねぇ」
短く。
「エアは正直、形がなっちゃいねぇ……。
なっちゃいねぇが、互いに読み合いが速すぎる」
中央でまた槍が弾ける。
――ガンッ!!
「……ッ!」
セレスの突き。
最短。
寸分の狂いもない。
普通なら、
防ぐしかない一撃。
だが――
「外した!?」
ユーリスが息を呑む。
エアが、
身体を半歩だけ沈める。
紙一重。
頬を掠めるだけで、
致命を外している。
そのまま。
止まらない。
「……ッ!」
逆に前へ出る。
普通なら、
避けた瞬間に距離を取る。
間合いを掴む。
だが、
エアは違う。
避けながら、
踏み込んでいる。
「なっ――」
白服側がどよめく。
そのまま、
横薙ぎ。
セレスが即座に槍で受ける。
ガギィンッ!!
重い。
今までで、
一番重い音。
「……!」
セレスの足が、
僅かに滑った。
「押された!?」
「セレス様が……!?」
空気が揺れる。
だが。
「甘いッ」
セレスの声。
次の瞬間。
流れる。
受けた槍を、
そのまま滑らせる。
エアの槍を絡め、
軸を崩し、
逆に喉元へ突き返す。
「……ッ!」
紙一重。
また外す。
また前へ。
「……なんなんだ、あいつら」
カイナが、
小さく息を吐く。
「既に互いの動きを読んで動いているのか……」
ユーリスが、
目を離せないまま呟く。
「でも、まだ速くなってます……」
誰も否定しない。
本当に、
そうだった。
二人とも、
止まらない。
戦いながら、
また噛み合っていく。
セレスは、
型を研ぎ澄ませていく。
エアは、
その場で適応していく。
正反対。
なのに。
「……目が離せねぇ」
誰かが、
ぽつりと漏らした。
その言葉が、
全員の感覚だった。
魔法じゃない。
火でもない。
ただの槍。
それなのに――
今までのどの試合よりも、
空気が張っている。
誰も、
瞬きをしない。
次の一瞬で、
決まる。
そんな感覚だけが、
闘技場全体を支配していく。
――その瞬間。
「……ッ」
セレスの足が、
止まる。
ほんの一瞬。
だが、
空気が変わった。
「……?」
エアが、
わずかに眉を動かす。
違う。
今までと違う。
セレスの構えが、
静かに沈んでいた。
力みが消えている。
殺気すら、
薄い。
なのに……。
カイナが、
目を細めた。
「……来るぞ」
低い声。
ザハクも、
腕を組んだまま動かない。
オルドが、
小さく息を呑む。
ユーリスは、
気付かないまま震えていた。
「……え?」
だが、
ミリカだけは耳を伏せる。
獣みたいに、
本能で理解していた。
「……危ないにゃ」
中央。
セレスが、
静かに槍を下げる。
切っ先が、
僅かに地面へ向く。
だが――
エアは、
逆に槍を握り直していた。
身体が、
理解している。
今までの読み合いとは、
別の何かが来ると。
「……これでもか」
セレスが、
小さく呟く。
目は、
真っ直ぐエアだけを見ていた。
「お前に、これを使うことになるとは…」




