第157話:医務室の面倒事
「……しょ、勝負あり……!」
教師の声が、
闘技場へ響いた。
だが――
誰も、
すぐには反応しなかった。
静かだった。
さっきまでの轟音が、
嘘みたいに消えている。
「しょ、勝者……」
教師の声が、
一瞬止まる。
「……エア!!」
次の瞬間。
闘技場が、
爆発した。
「うおおおおおおッ!!」
「マジかよ!?」
「なんだよあれ! あり得ねぇだろ!!」
歓声。
どよめき。
熱気。
遅れて、
一気に押し寄せてくる。
「エアァァァ!!」
はっきり分かる。
ユーリスの声だ。
その遠くで。
「裏切り者〜」
おそらく、
首根っこを掴まれてるやつの声だ。
「……うるせぇな」
小さく吐く。
俺は、
腕の中を見る。
レイヴァルトは、
完全に気絶していた。
白い火も、
もう消えている。
「……ったく」
抱え直す。
思ったより軽い。
ちゃんと食ってんのか、こいつ?
そんなことを考えながら、
歩き出す。
「お、おいエア!!」
「どこ行くんだよ!?」
後ろから声が飛ぶ。
俺は振り返らない。
「医務室」
短く返す。
「ノクシア〜、どこ行った……」
その瞬間、
また観客席がざわついた。
「はぁ!?」
「担いでくのかよ!?」
知らん。
俺はそのまま歩く。
途中、
白服たちの横を通る。
全員、
固まっていた。
レイヴァルトの槍が、
床へ転がっている。
俺は立ち止まり、
それを拾った。
少しだけ、
レイヴァルトの火が残っている。
「……」
ほんと、
不器用な火だ。
小さく息を吐く。
そのまま、
槍も肩へ担いだ。
背後では、
まだ歓声が続いていた。
ーーーーー
廊下を歩く。
歓声は、
まだ遠くで続いていた。
「……」
レイヴァルトは、
肩に担がれたまま動かない。
呼吸はある。
火も沈んでいる。
だが、
中は滅茶苦茶だろう。
「ノクシア〜……本当にどこ行った?」
適当に呼ぶ。
返事はない。
「……逃げたな、あいつ」
医務室の扉を、
足で開ける。
「すぅ……ノクシアァアアアアアア!!」
ギィ、と音が鳴った。
「あぁもう……うるさいわね」
奥から、
声が返ってきた。
覗き込むと、
隠れるような位置に椅子を置き、
ふんぞり返って座ったノクシアが、
面倒そうにこちらを見ていた。
しかも片手に酒瓶。
「歓声聞こえた時点で、
嫌な予感しかしなかったわよ……」
「正解だな」
「でしょうね……」
そこで、
視線がレイヴァルトへ移る。
次に、
肩へ担いだ聖杭槍杖。
「……はぁ」
驚きはない。
「今度はこの子?」
「暴れた」
「見れば分かるわ」
ノクシアが立ち上がる。
レイヴァルトの顔を覗き込み、
瞼を少し上げる。
そのまま胸元へ触れ、
火の流れを探った。
「……内部から引っ掻き回したの?」
「少し」
「少しで済ませるのやめなさい」
即答だった。
「前の子ほど酷くないけど、ぐちゃぐちゃよ?」
「死んでない」
「死ななきゃいいって話じゃないの」
ノクシアはベッドを指す。
「寝かせなさい」
俺はレイヴァルトを、
ゆっくりベッドへ下ろした。
聖杭槍杖は、
壁へ立て掛けた。
ノクシアは、
ちらりと槍を見る。
「……大層なもの持ってきたわね?」
どこか、
知っているみたいな口調だった。
ノクシアは属性石を取り出す。
淡い水の光。
静かな水音みたいな魔力が、
部屋へ広がる。
「手、貸しなさい」
「俺か?」
「火を流した張本人でしょうが」
言われた通り、
属性石へ触れる。
水の魔力が、
レイヴァルトの中へ流れ込んでいく。
荒れた火を、
少しずつ鎮めていた。
「……ほんと面倒」
ノクシアが呟く。
「最近なんでこう面倒なのばっかりなのよ〜」
「知らん」
「元凶はあんたでしょ……」
静かな時間が流れる。
その時だった。
――カツ。
後ろで、
靴音が鳴る。
振り向く。
入口。
そこに、
セレスが立っていた。
白服。
静かな目。
だが、
以前みたいな圧はない。
視線は、
真っ直ぐレイヴァルトへ向いている。
「……あら、来たの?」
ノクシアが言う。
セレスは無言のまま、
ベッドへ近づいた。
レイヴァルトを見る。
呼吸。
火。
顔色。
全部確認している。
「……生きているな」
「生きてるわよ」
ノクシアが淡々と返す。
「エアが火加減したもの」
「火加減って言うな、それ」
「これで火加減じゃなかったら、
今頃この子、廃人でしょうが」
セレスが、
ゆっくり俺を見る。
「……何故、止めた」
小さく落ちる。
「何がだ?」
「レイヴァルトだ」
静かな声。
「こいつも、お前を殺す気だった。
なのに……何故、壊さなかった?」
俺は少し黙る。
それから、
ため息を吐いた。
「壊す必要がねぇだろ」
「……」
「ガキが無茶してただけだ」
そのまま返す。
「このままだと、
火に喰われてた……あの時のお前みたくな」
セレスの目が、
わずかに揺れる。
ノクシアは、
そのやり取りを黙って聞いていた。
水の光だけが、
静かに揺れている。
「……お前ら」
俺は小さく吐く。
「ほんと、自分を燃やすの好きだな」
「……」
「見てるこっちが疲れる」
その瞬間。
ノクシアが、
小さく吹き出した。
「ふふっ……」
セレスがそちらを見る。
ノクシアは、
すぐ真顔へ戻った。
「でも……笑い事じゃないのよ、実際」
レイヴァルトの額へ、
濡れ布を置く。
「中央の子、ずっとこんなのばっかりなのよ?」
小さく息を吐く。
「ほんと、面倒な子だらけ……」
「……」
セレスは、
何も言わなかった。
ただ、
静かにレイヴァルトを見ている。
その時だった。
――バンッ!!
医務室の扉が、
勢いよく開いた。
「エア!!」
聞き慣れた声。
「……あ」
ユーリスだ。
その横。
「いたにゃ!!」
ミリカ。
ノクシアが、
即座に顔をしかめた。
「……あ〜もう、また増えたの?」
ミリカは、
一直線にこっちへ来る。
だが――
途中で止まった。
「……」
視線が、
セレスへ向く。
次に、
ベッドのレイヴァルト。
そして、
俺。
空気が、
止まる。
「……また?」
低い声。
「ミリカ……」
ユーリスが小さく止める。
だが、
ミリカは止まらない。
「さっきまで殺し合いしてた相手……」
俺を見る。
真っ直ぐ。
分かっているのだ。
レイヴァルトが、
本気で俺を殺しに来ていたのを。
だから、
怒っている。
でも、
それだけじゃない。
「……なんでまた、そんな普通にしてるにゃ」
「そう言われてもな……」
ミリカが、
ぐっと拳を握る。
「なんで毎回、
何もなかったみたいにするにゃ……!」
ノクシアが、
小さくため息を吐いた。
「はいはい、騒がない」
「騒ぐにゃ!!」
即答だった。
「それに!! なんでこいつまでここにいるにゃ!!!」
今度は、
セレスを指差す。
セレスは動かない。
否定もしない。
ただ、
静かにミリカを見ていた。
その反応が、
逆にミリカを苛立たせる。
「なんか言うにゃ!!」
「……」
セレスは少しだけ目を伏せる。
「レイヴァルトは中央の者だ」
静かな声。
「なら、来る理由には十分だろう」
「それだけにゃ?」
ミリカが睨む。
「……」
セレスは答えない。
その沈黙に、
ミリカの耳がぴくりと動いた。
ノクシアは、
完全に呆れていた。
「ほんと元気ね〜、あんた達」
「元気にゃ!!」
「はいはい、よろしい」
適当に流しながら、
レイヴァルトへ水を流す。
「元気なら外に行きなさい。今は治療中」
「嫌にゃ」
「でしょうね」
ノクシアは、
一切驚かない。
慣れている。
ミリカは、
まだ俺を見ていた。
「……エア」
低い声。
「また、自分だけで抱え込むにゃ?」
「別に抱え込んではいない」
「嘘にゃ」
即答だった。
「その顔してる時、
大体ろくでもないにゃ」
「なんだそれ?」
「勘にゃ」
真顔だった。
ノクシアが、
また少し吹き出す。
「ふふっ……」
「笑うなにゃ!!」
「ごめんなさいね、ちょっと面白い」
「面白くないにゃ!!」
医務室の空気が、
少しだけ崩れる。
さっきまでの重さが、
ほんの少しだけ薄れた。
その中で。
セレスだけが、
静かにこちらを見ていた。
ミリカが、
怒鳴りながら俺の前へ立つ。
当たり前みたいに。
庇うみたいに。
「……」
セレスは、
何も言わない。
ただ。
俺を見ている。
いつにもまして……。




