第156話:重なる面影
俺は、
レイヴァルトを見る。
白い火。
揺れない目。
真っ直ぐすぎる視線。
その奥にあるものまで、
見えてしまう。
「……はぁ」
ため息が漏れた。
頭を掻く。
「……なんで白服ってのは、どいつもこいつも……」
小さく吐く。
「自分を省みないんだ……」
「……何?」
レイヴァルトの眉が、
わずかに動く。
俺は、
持っていた聖杭槍杖を見下ろす。
静かに火が灯っている。
それを――
ドンッ、と地面へ突き立てた。
「!?」
観客席がざわつく。
だが、
俺はもう槍を握っていなかった。
手を離す。
「……エア?」
ユーリスの声が聞こえた。
困惑している。
レイヴァルトの目も、
初めて揺れた。
「……何のつもりだ」
低い声。
俺は、
そのままレイヴァルトを見る。
「そんな理由なら、俺はお前と戦わない」
「……ッ」
空気が止まる。
「俺を殺したいなら殺せ」
淡々と言う。
「命の意味も知らないお前と戦ってやる気はない……」
「……何を言っている」
レイヴァルトの火が、
わずかに荒れる。
「貴様は――」
「お前は」
遮る。
「リヒトと同じ目してる」
「……は?」
完全に、
動きが止まった。
観客席も静まる。
「……誰だ、それは」
俺は答えない。
ただ、
レイヴァルトを見ていた。
真っ直ぐで。
不器用で。
自分を燃やすことを、
正しいと思っている目。
「……ったく」
もう一度、
ため息を吐く。
「教えたはずだったんだけどな……」
小さく落ちる。
「なんで、こんな壊れ方ばっかり……」
「……」
レイヴァルトが、
完全に固まっていた。
理解できない。
そんな顔だった。
当然だ。
噛み合っていない。
教義も。
思想も。
見えている景色も。
全部。
「……俺は」
少しだけ、
目を細める。
「お前と戦いたくない……」
静かに言う。
「息子と同じ目だ」
「…………は?」
レイヴァルトの声が、
止まる。
白い火が、
大きく揺れた。
「息子……だと……?」
「……」
俺は、
ゆっくり目を閉じる。
脳裏に浮かぶ。
夜。
冷たい森。
槍を握る小さな手。
泣くのを堪えていた目。
「……お前みたいな目だった」
小さく落ちる。
「真っ直ぐで……
我慢ばっかして……
自分を後回しにする」
レイヴァルトの眉が、
歪む。
理解が追いついていない。
当然だ。
「……何を、言っている」
低い声。
だが、
さっきまでみたいな断定がない。
揺れている。
俺は、
突き立てた槍へ視線を落とした。
火が、
静かに燃えている。
「本当は……」
ぽつりと、
言葉が漏れる。
「もっと遊んでやりたかった……。
一緒に狩りをしたり……俺が教えなきゃいけないことも、たくさんあった……」
観客席が、
静まる。
だが、
もう誰も笑わない。
俺は続ける。
「俺は夜に生きるしかなかった。
守るために」
闇。
影。
終わらない夜。
あの頃の世界。
「だから……あいつが起きてる時間に、
ほとんど一緒にいられなかった」
リヒトの顔が浮かぶ。
いつも、
我慢していた。
聞き分けがよくて。
空気ばかり見て。
「あいつは……自分がいない方が、俺が楽だと思ってた」
その言葉を思い出すだけで、
胸の奥が重くなる。
「馬鹿だろ」
小さく笑う。
苦い。
「子供が、そんなこと考える必要ねぇのに」
「……」
レイヴァルトが、
何も言えなくなっていた。
白い火だけが、
揺れている。
「でも、あいつは……そうやって、自分を削ってた」
視線を上げる。
真っ直ぐ、
レイヴァルトを見る。
「今のお前と同じ目だ……」
「――ッ」
初めて、
レイヴァルトの表情が崩れた。
ほんの一瞬。
だが、
確かに。
「だから」
静かに言う。
「俺はお前とは戦いたくない……」
「……」
「命ってのは、捨てるためにあるんじゃない」
観客席が、
静まり返っている。
誰も、
口を挟まない。
「認められるためでもない」
一歩。
レイヴァルトへ近づく。
「役目のためでもない」
さらに一歩。
「生きるためにある」
白い火が、
揺れる。
レイヴァルトの呼吸が、
わずかに乱れる。
「……貴様に……何が分かる!!」
絞り出すような声。
「貴様に……!」
「分かる」
遮る。
即答だった。
「何度も見てきた……」
リヒト。
セレス。
カイナ。
自分を削って、
立とうとする奴ら。
声が、
少しだけ低くなる。
「なんでお前ら、そんなに自分を殺したがる」
「……ッ」
レイヴァルトの火が、
乱れる。
揺れる。
怒りか。
困惑か。
もう本人にも分かっていない。
「……レイヴァルト、お前はよくやってる」
最後に、
静かに言った。
「本気で戦いたいなら戦ってやる……だが、約束しろ」
一歩。
真正面まで近づく。
「この先二度と……命を、自分を軽く扱うな。自分のために使え」
沈黙が訪れた。
「……知ったふうな口を……」
レイヴァルトが、
低く吐き出す。
視線が、
わずかに逸れる。
白い火が、
不安定に揺れていた。
「……貴様に、何が分かる」
握る。
強く。
「俺は……
正しく在らねばならない」
絞り出すような声。
「候補者として……
教会の人間として……」
火が、
揺れる。
「認められなければならない」
その瞬間。
俺は、
ゆっくりレイヴァルトを見る。
「……レイヴァルト」
静かに呼ぶ。
「お前は……何のために戦う」
空気が止まった。
「――ッ」
白い火が、
大きく乱れた。
レイヴァルトの目が、
揺れる。
答えようとして、
止まる。
言葉が出ない。
観客席が、
静まり返っていた。
誰も動かない。
「俺、は……」
絞り出す。
「俺は……」
槍を握る手に、
さらに力が入る。
「……聖杭槍杖になるためだ」
ようやく、
落ちた言葉。
その瞬間。
俺は、
少しだけ目を細めた。
「……そうか」
否定しない。
笑いもしない。
ただ、
静かに受け止める。
レイヴァルトの眉が、
わずかに動く。
「……今は、それでいい」
小さく言う。
「だが――」
俺は、
突き立てていた聖杭槍杖へ手を伸ばす。
ゴッ――……。
引き抜く。
白い火が、
揺れた。
「それだけじゃ、俺には勝てないぞ」
「……ッ」
空気が変わる。
レイヴァルトの目が、
再び鋭くなる。
困惑。
怒り。
揺らぎ。
それでも、
消えない闘志。
白い火が、
唸る。
俺は槍を回し、
肩へ担ぐ。
「来い、レイヴァルト!!」
静かに構える。
「俺が受け止めてやる。全部ぶつけてみろ!!」
次の瞬間。
白い火が、
爆ぜた。
「――ッ!!」
レイヴァルトが消える。
踏み込み。
いや、
加速。
聖杭槍杖の後端から、
白い火が噴き出していた。
轟音。
空気が裂ける。
一直線。
迷いのない突撃。
「速――ッ」
観客席の誰かが、
声を漏らす。
だが。
俺は動かない。
「……」
来る。
真正面。
レイヴァルトの目は、
もう揺れていなかった。
覚悟だけが、
残っている。
「――燃えろッ!!」
白い火が、
槍から爆発する。
巨大な奔流。
闘技場そのものを呑み込む勢いで、
一直線に俺へ叩き込まれた。
観客席が、
悲鳴みたいにどよめく。
「うおっ!?」
「馬鹿!!」
「最初から全力かよ!?」
熱風が、
観客席まで届く。
学院生が、
思わず顔を庇う。
「な、何だこれ……演舞か!?」
「演舞で済むか馬鹿!!」
別の生徒が怒鳴る。
「お前、戦域サボりやがったな!?」
「は!?」
「アイツの周り、火の魔術が消えちまうんだよ!!」
「……はぁ!?」
次の瞬間。
白い奔流が、
俺へ……直撃。
――のはずだった。
「……」
だが。
火が、
崩れる。
俺に触れる寸前。
白い火が、
音もなく削れていく。
燃えない。
弾けない。
相殺ですらない。
ただ、
消える。
観客席が、
息を呑む。
レイヴァルトの目が、
見開かれた。
だが、
止まらない。
「まだだァッ!!」
さらに踏み込む。
火力が増す。
聖杭槍杖が、
唸りを上げる。
白い火が、
槍を中心に渦を巻く。
セレスみたいな、
圧縮固定じゃない。
もっと荒い。
もっと暴力的な火。
純粋な出力。
床が焼け、
石が溶ける。
それでも――
俺の周囲だけ、
静かだった。
「――穿てェッ!!」
次の瞬間。
白い火が、
一点へ収束した。
巨大な火球。
いや、
砲撃。
聖杭槍杖の前方へ、
圧縮された火が凝縮していく。
観客席が、
どよめいた。
「火球……!?」
「違う……デカすぎる!!」
白服の一人が、
目を見開く。
「あれはレイヴァルト様の……!」
撃ち出される。
轟音。
白い砲撃が、
一直線に俺へ突っ込んできた。
空気が焼ける。
床が抉れる。
ただの熱量だけで、
闘技場が悲鳴を上げていた。
「……」
俺は、
槍を前へ出す。
(この規模……)
セレスの時は完全に消しきれなかったが、
この槍なら。
接触。
瞬間。
止まる。
「ッフン!!!」
火球が、
揺れた。
「何……!?」
レイヴァルトの目が、
見開かれる。
火球は、弾けるでもなく。
崩れていく。
圧縮されていた火が、
維持できていない。
表面から、
削れていく。
「馬鹿な……!!」
さらに火力を流し込む。
火球が、
もう一段膨れ上がる。
だが。
――ボロッ。
崩れた。
砂みたいに、火の粉が散る。
維持できなくなった白い火が、
空中で分解されていく。
「――ッ!!」
レイヴァルトが、
強引に槍を振り抜いた。
火球が爆散。
白熱が、
闘技場全体へ撒き散らされる。
教師たちが、
防壁を展開する。
爆風。
轟音。
熱。
その中心で――
俺だけが、
静かに立っていた。
「何故だ……!!」
初めて、
叫びに近い声が漏れた。
「何故、貴様に届かない! 主の火が……!!」
レイヴァルトは続けて振るう。
さらに。
無理矢理、
火を流し込む。
聖杭槍杖が、
軋む。
「――ッ!」
その瞬間。
俺の眉が、
わずかに動いた。
「……やめろ」
低く言う。
だが、
レイヴァルトは止まらない。
「貴様!!」
白い火が、
さらに膨れ上がる。
「貴様が何なのか!!
何故、火が貴様を拒絶しないのか!!」
「……ッ」
踏み込み。
また、
無茶な加速。
肉体負荷を無視している……。
脚が悲鳴を上げてるのが、
分かる。
腕も。
火の流れも。
全部。
「レイヴァルト……やめろ」
槍を受けながら、
低く落とす。
「言ったはずだ……約束しろと」
「――黙れェッ!!」
白い火が、
暴発寸前まで膨れ上がった。
槍同士が、
真正面から噛み合っている。
距離は、
もうゼロに近い。
熱風が吹き荒れる。
床が溶け、
空気が焼け、
白い火が狂ったみたいに暴れている。
それでも――
俺の周囲だけは、
静かなままだった。
「……ッ」
レイヴァルトの顔が近い。
歯を食いしばり、
目を見開き、
無理矢理にでも火を押し込もうとしている。
腕が震えている。
脚も。
聖杭槍杖そのものが、
悲鳴みたいに軋んでいた。
ギギギギッ……。
「……お前」
低く落とす。
「ほんと、そういうとこまで似るなよ……」
「何を……!」
白い火が、
さらに膨れ上がる。
だが――
限界だ。
分かる。
このままじゃ、
火が先にレイヴァルトを壊す。
「……ったく」
小さく吐く。
「手間のかかる……」
次の瞬間。
俺は、
槍から片手を離した。
「――ッ!?」
レイヴァルトの目が揺れる。
そのまま、
火の奔流の中へ手を突っ込む。
白い火が、
腕へ絡みつく。
だが燃えない。
消える。
崩れる。
俺はそのまま、
レイヴァルトの胸ぐらを掴んだ。
「な――」
引き寄せる。
至近距離。
「クソガキがッ」
次の瞬間。
ズドッ!!
膝が、
レイヴァルトの腹へめり込んだ。
「ガッ……!!」
呼吸が止まる。
白い火が、
一瞬だけ乱れた。
だが――
それでも、
レイヴァルトは槍を離さない。
「……ッ、まだ……!」
「……あ〜もう、こうまでそっくりか!」
俺はそのまま、
首根っこを掴んで無理矢理立たせる。
ふらついてる。
呼吸も崩れてる。
なのに、
まだ目だけは死んでいない。
聖杭槍杖を、
離さない。
「……ほんと頑固だなお前」
レイヴァルトが、
無理矢理に火を流そうとする。
白い火が、
また膨れ上がった。
(試すか……)
その瞬間。
俺は、
槍を掴んだ。
「――ッ!?」
レイヴァルトの目が見開かれる。
次の瞬間。
白い火が、
止まった。
いや――違う。
流れが、
変わった。
「な……」
聖杭槍杖へ流れていた火が、
逆流する。
槍の内側。
流れ。
術式。
加護。
全部へ、
俺の火が触れていく。
崩すんじゃない。
押し返すんじゃない。
もっと深く。
もっと内側へ。
「や、め――」
遅い。
俺はそのまま、
槍ごとレイヴァルトへ火を通した。
バチッ――!!
嫌な音が響く。
次の瞬間。
「――ガァッ!?」
レイヴァルトの身体が跳ねた。
開いた口から、
火があふれる。
身体の内側で暴れる。
だが外傷はない。
焼けてもいない。
それでも、
中で全部がひっくり返っている。
平衡感覚。
火の流れ。
神経。
全部。
「ッ……ぁ……!」
槍が、
ようやく手から滑り落ちた。
ガラン、と音を立てる。
レイヴァルトの膝が崩れる。
視界が定まっていない。
脳しんとうみたいに、
焦点が合っていなかった。
俺はそのまま、
倒れる前に肩を掴む。
「……だから言っただろ」
低く落とす。
「自分を壊すな……その戦い方じゃ、俺には勝てない」
レイヴァルトは、
何か言おうとして。
そのまま、
意識を落とした。
白い火が、
静かに消えていく。
闘技場は、
完全に静まり返っていた。




