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第153話:暴れん坊娘


歓声は、

しばらく収まらなかった。


「ユーリスー!!」

「やるじゃねぇか!!」

「今の熱かったぞ!!」


学院側の熱気。


さっきまでの白への冷めた空気とは、

完全に違う。


ユーリスは、

まだ顔を赤くしたまま席へ戻ってきた。


「も、もどりましたぁ〜……」


「お帰り……」


ミリカだけは、

相変わらず気怠そうだった。


「……疲れた?」


「つ、疲れましたよぉ……!」


「火ぃ出しすぎ」


「自分でもちょっとそう思います……」


苦笑。


その時。


ゴォン――。


再び鐘が鳴る。


教師が巻物を開いた。


「次――」


ざわめき。


「ミリカ」


「……」


名前を呼ばれる。


ミリカは、

露骨に嫌そうな顔をした。


「……めんど」


尾が、

だらんと揺れる。


「行ってこい」


「……やだ」


ミリカは、

しばらく席へ沈み込んでいた。


だが、

観客席の視線が集まり始める。


「ミリカ?」

「出ねぇのか?」


「……はぁ」


深いため息。


それから、

ようやく立ち上がった。


俺の横を離れる。


ほんの少しだけ、

こちらを見る。


「?」


「……すぐ戻る」


ミリカは、

気怠そうなまま石段へ向かった。


ーーーーー


歓声。


ざわめき。


全部、

めんどくさい。


石段を降りる。


熱気が近づく。


(だるい……)


本当に、

やる気が出ない。


勝っても、

褒められるだけ。


負ければ、

うるさい。


どっちでも面倒だった。


舞台近く。


教師が巻物を見る。


「位置へ――」


「棄権する……」


ぽつり。


教師が止まる。


「……は?」


観客席が、

一瞬静まり返った。


「え?」

「今なんて?」


ミリカは、

気怠そうに耳を掻く。


「めんどいから棄権する……」


次の瞬間。


「み、み、みみみ、ミリカァアアアアアア!!」


怒号。


ビリッ、と空気が震える。


獣人席。


獣人の女が、

立ち上がっていた。


鮮やかな毛並み。

鋭い眼。


ミリカと同じ耳。


母親だった。


「また貴様はそうやって!!」


「……だってつまんないし」


「貴様ァ!!」


獣人席がどよめく。


完全に、

親子喧嘩を見る空気だった。


「お前は一族の名を背負っているんだぞ!!」


「知らない……」


「知らなくない!!」


怒号。


教師達まで、

止めるべきか迷っている。


その時。


母親の視線が、

上へ向いた。


ピタリ。


「あの男か……」


空気が変わる。


ミリカの耳が、

ぴくりと動く。


母親が、

観客席のエアを指差した。


「あの男のせいかァアア!!」


ざわめき。


「お前はおかしい!! 騙されている!!!」


「……」


ミリカは、

何も言わない。


だが、

尾の動きだけが止まる。


「ここで勝てなければ!!」


母親の声が響く。


「私は絶対に認めん!!」


さらに一歩。


「その男を、

 一族へ入れることなどなァ!!」


静寂。


「……は?」

「……は?」


上で、

聞き慣れた男女の間抜けな声が聞こえた。


マリスも目を瞬かせている。


カイナも腕を組んだまま固まっていた。


「母親……とは、こういうものなのか……?」


学院側が、

一瞬静まり――


次の瞬間。


爆発した。


「えぇぇぇ!?」

「いきなり何の話だよ!!」


中央席までざわつく。


ミリカは、

しばらく俯いたままだった。


耳だけが、

わずかに震えている。


「……」


なんで、

勝手にそんな話になる。


別に、

そういうんじゃない。


でも――


勝手に否定されるのは、

ムカついた。


ゆっくり顔を上げる。


瞳の色が変わる。


気怠そうだった金色が、

獣みたいに鋭く細まる。


「……へぇ」


小さく呟く。


その声だけで、

空気が冷えた。


「そこまで言うにゃ……」


尾が、

ゆっくり揺れる。


笑っていない。


でも、

怒っているのは分かった。


「……なら」


ミリカが、

静かに構える。


「絶対勝つ。そのかわり、文句は許さない……」


観客席の空気が、

一気に変わった。


うるさい。


熱い。


視線が多い。


全部、

めんどくさい。


「ミリカがキレた!?」

「うぉ、目の色……!」


勝手に騒いでいる。


知らない。


ミリカは、

ゆっくり呼吸した。


胸の奥が、

少し熱い。


イライラする。


なんで、

勝手に決められなきゃいけないのか。


なんで、

勝手に否定されなきゃいけないのか。


「……はぁ」


尾が揺れる。


対戦相手が、

警戒した顔で構えていた。


名前も覚えてない。


どうでもいい。


教師が、

少し引いた声で言う。


「……始め!」


ゴォン――!!


鐘。


同時に、

相手が踏み込んだ。


土が弾ける。


石床が砕ける。


速い。


でも。


(……おそい)


ミリカの身体が、

自然に動いた。


考えてない。


ただ、

鬱陶しかった。


ドゴォッ!!!


鈍い音。


相手の身体が、

横へ吹き飛ぶ。


観客席がどよめいた。


「は?」

「今なにした!?」


知らない。


蹴っただけ。


相手が、

石床を削りながら止まる。


立ち上がる。


顔が歪んでいる。


「ッ……!」


腕が震えていた。


ミリカは、

ぼんやり見る。


(まだやるんだ……)


めんどくさい。


もう終わればいいのに。


でも――


上から、

まだ視線を感じる。


母親。


鬱陶しい。


「あの男に!! 何を吹き込まれたァ!! ミリカァアア!!!」


また言ってる。


耳障りだった。


その瞬間。


胸の奥が、

さらに熱くなる。


「……うるさい」


小さく呟く。


尾が、

ゆっくり揺れる。


「別に……」


視線が、

少しだけ上へ向く。


エア。


何も分かってなさそうな顔。


「……」


なんか、

もっとムカついた。


違う。


そういう話じゃない。


でも。


勝手に否定されるのは、

嫌だった。


「……もういい」


ミリカが、

ゆっくり前へ出る。


石床が、

ミシ、と鳴った。


相手が、

息を呑む。


「終わらせる……」


ミリカが、

一歩踏み込む。


ドンッ――!!


石床が砕けた。


「ッ!?」


相手の獣人が目を見開く。


速い。


さっきとは違う。


気怠さが、

全部消えていた。


「――ッ!!」


拳。


重い。


ガァンッ!!


相手の身体が浮いた。


観客席がどよめく。


「うぉ!?」

「ちょ、速っ――!」


止まらない。


ミリカが、

さらに踏み込む。


ドゴォッ!!


蹴り。


腹。


巨体が折れる。


「がッ……!?」


空気が吐き出される。


だが、

まだ終わらない。


「……」


ミリカの耳が伏せられている。


目だけが鋭い。


獣みたいだった。


「待――」


教師が止めようとした瞬間。


ドガァンッ!!


相手が、

地面へ叩きつけられる。


石床が陥没した。


悲鳴。


歓声じゃない。


ざわめきの質が変わる。


「お、おい!!」

「やりすぎだ!!」


ミリカは止まらない。


踏み込む。


また拳を振り上げる。


「……うるさい」


ドゴォッ!!


土鎧が砕け散る。


相手の意識が、

ぐらりと揺れる。


白目が見えていた。


それでも、

ミリカは止まらない。


「や、やめ――」


「黙れ……」


低い声。


「そ、そこまで!!」


教師が叫ぶ。


だが、

止まらない。


ドガァッ!!


拳が顔面へ沈む。


「がッ――」


さらに。


ガァンッ!!


頭が石床へ叩きつけられる。


もう相手の目は合っていない。


意識が飛んでいる。


なのに、

ミリカは止まらない。


「死ぬぞ!?」

「おい止めろォ!!」


観客席が悲鳴混じりに揺れる。


ミリカの爪が、

相手の喉元へ伸びた。


「――ッ!!」


その時。


上から影が落ちた。


ドンッ!!


「……!」


身体が止まる。


後ろから、

腕が回されていた。


羽交い締め。


「もういい、殺す気か?」


聞き慣れた声。


「……エア?」


いつの間にか、

舞台へ降りてきていた。


ミリカの身体が、

ぴたりと止まる。


だが。


まだ熱い。


胸の奥が、

ぐちゃぐちゃしている。


「離して……」


「駄目だ」


即答。


ミリカが、

じた、と動く。


「まだ……」


「終わってる」


「でも――」


「終わってる」


変わらない声。


その間にも。


地面に倒れた獣人へ、

教師達が駆け寄っていた。


「おい!?」

「回復班!!」


「う、うわあぁあああああ!?……死ぬ死ぬ死ぬ!!??」


「お、おちつけ!」

「終わった終わったって!!」


獣人席が騒然としている。


母親まで、

顔を引き攣らせていた。


ミリカは、

ぼんやりそれを見る。


「……」


やりすぎた。


たぶん。


でも。


まだ、

胸の奥が熱かった。


「……はぁ」


後ろ。


エアの腕が、

少しだけ強くなる。


逃がさないみたいに。


「離して……平気……」


「平気なやつは、

 相手の顔が潰れるまで殴らない」


「……」


言い返せない。


熱が、

少しずつ抜けていく。


さっきまで、

ぐちゃぐちゃだった頭が、

少し静かになる。


エアが、

ゆっくり腕を離した。


その瞬間。


「……」


ミリカは、

振り返ってそのまま飛びついた。


「おいっ?」


首へ、

両腕を回す。


ぶら下がるみたいに。


尾が、

だらんと垂れる。


「……つかれた」


小さい声。


観客席が、

一瞬静まり返る。


「「「えぇ……?」」」


「寝る……連れてって……」


ミリカは、

顔をエアの肩へ埋めたまま、

動かなかった。


「み、ミリカァアアアアアアアア!!!!!」


叫び声が聞こえるけど、

もう戦う気も、

怒鳴る気もなかった。

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