表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/224

第152話:その火は、荒々しく


ユーリスの火が、

わずかに揺れる。


「……っ」


杖を握る手。


熱が、

いつもより前へ出る。


ガドラムが踏み込む。


石床が砕ける。


重い。


真正面から受ければ、

終わる。


「――炎槍!」


ユーリスが杖を振る。


赤熱。


一直線。


だが――

以前自分が使ったものより速い。


熱量が違う。


ガドラムが腕で逸らす。


その瞬間。


「……!?」


火が、

逸れなかった。


弾かれず、

表面を滑るように土鎧へ絡みつく。


ジュゥゥッ!!


蒸気。


ガドラムが初めて顔をしかめる。


「熱っ……!?」


観客席がどよめいた。


「今の火……」

「さっきより威力上がってねぇか?」


ユーリス自身も、

一瞬だけ目を見開いていた。


(……今の)


感覚が違う。


火が、

“伸びた”。


ただ放つだけじゃない。


意志に引っ張られるみたいに、

自然に流れた。


「……エア?」


無意識に、

観客席を見る。


上。


エアは、

静かに舞台を見ていた。


(違う……あの目……)


何もしていない。


「……」


冒険者の頃を思い出す。


森。


旅。


魔物との戦い。


何度も、

隣で火を見た。


暴れる火。

生きている火。


制御じゃなく、

自分の“流れ”として扱う感覚。


(……似てる)


ユーリスは、

小さく息を呑む。


自分の火なのに、

少しだけ感覚が違う。


術式は同じ。


詠唱も同じ。


なのに――


火が、

前より自然に感じられた。


「どうしたァ!!」


ガドラムが吠える。


踏み込む。


地面が隆起。


土槍。


連続。


「っ!」


ユーリスが跳ぶ。


火。


水。


交差。


蒸気。


白煙が舞台を覆う。


観客席が沸いた。


「今度は何だ!?」

「蒸気で視界潰しただけじゃないぞ!」

「飛んだ!?」


演舞じゃない。


状況が、

目まぐるしく変わる。


ガドラムが煙を裂いて現れる。


拳。


近い。


「――ッ!」


ユーリスが、

咄嗟に火を纏うように放つ。


ボォッ!!


熱が爆ぜた。


衝撃。


ガドラムの拳が、

わずかに逸れる。


その隙。


ユーリスが転がるように距離を取った。


「はぁ……ッ、はぁ……!」


呼吸が乱れる。


だが――

怖いだけじゃない。


火が、

ちゃんと応えていた。


「……お前」


ガドラムが笑う。


「何者だ? 冒険者でもやってやがったか?」


「……!」


見抜かれている。


ユーリスは、

杖を握り直す。


(前よりも、馴染む……)


違う。


いや、

違わない。


火を、

押さえ込もうとしていた。


綺麗に。

正確に。

崩れないように。


でも――


エアの火は違った。


もっと自然で、

荒くて、

自由だった。


「……」


ユーリスが、

小さく息を吐く。


それから――


初めて、

杖を強く前へ突き出した。


「――炎流」


熱が走る。


今までより、

少しだけ荒々しく。


ボォォッ!!


火が、

一本の奔流みたいに伸びた。


観客席がどよめく。


「なっ!?」

「あつ!?」


ガドラムが腕を上げる。


直後。


ドゴォッ!!


土壁。


分厚い壁が、

真正面へ隆起する。


炎流が激突した。


爆音。


熱風。


赤熱した火が、

土壁を削るように流れ続ける。


「おぉ……!?」


観客席の空気が変わる。


止まらない。


普通なら、

一吹き目で終わる。


だがユーリスの火は、

放射を続けていた。


「ぐっ……!」


ユーリスの杖が軋む。


熱い。


制御が重い。


だが――左手。


「循環――流水!」


水。


薄く、

杖へ流す。


ジュゥッ……。


蒸気。


焼けかけた術式を、

無理やり冷やす。


火は止まらない。


「まだ出るのかよ!?」

「普通焼き切れするだろ!!」


学院側の生徒達が立ち上がる。


炎流が、

さらに強くなる。


ガドラムの土壁が、

少しずつ赤く染まり始めた。


「……ッ!」


ガドラムが歯を食いしばる。


押されている。


土は固定。


だが、

火は侵食だった。


熱が土壁だけでなく、

内側へ入り込んでくる。


「面白ぇ……!」


ガドラムが吠える。


その瞬間。


土壁の形が変わった。


横へ、

受け流す。


炎流が逸れる。


熱線が舞台を掠め、

石床を赤く焼いた。


観客席が悲鳴混じりにざわつく。


「うぉ!?」

「床溶けてるぞ!?」


ユーリスが、

初めて目を見開いた。


(やれる!)


止めようとしていない。


火が流れ続ける。


暴走じゃない。


むしろ逆。


今までより、

自然だった。


「……ッ、はぁ!」


呼吸が熱い。


でも――

怖くない。


火が、

ちゃんと“自分のもの”だった。


「ま……まだまだぁあ!!」


上。


観客席。


エアは、

静かにそれを見ていた。


何も言わない。


ただ、

あの頃と同じ目で。


「……」


ユーリスが、

小さく息を吸う。


それから――


初めて、笑った。


「……まだ、行けます!!!」


炎流が、

さらに膨れ上がった。


その中、

土壁の後ろから雄叫びが聞こえる。


「ぉおおおおッ!!」


炎流が、

さらに膨れ上がる。


赤熱。


いや――

赤だけじゃない。


内側で、

白く熱が揺れていた。


観客席がどよめく。


「火力上がってる!?」

「まだ上がるのかよ!?」

「止まれ止まれッ!! 自分が焼き切れるぞ!!」


ガドラムが、

地面へ拳を叩きつけた。


「まだだぁああああ!!!」


ドゴォォン!!


土壁がさらに隆起する。


二重。

三重。


舞台の半分を塞ぐほどの土塊。


だが――


「……ッ!!」


押される。


熱が、

止まらない。


侵食。


固定された土を、

火が削っていく。


ジュゥゥゥゥッ!!


蒸気が爆ぜる。


観客席に熱風が届いた。


「熱っ!?」

「なんだあの出力!!」


学院側だけじゃない。


中央席。


純白の法衣を纏った者達も、

初めて表情を変え始める。


「……あの継続力はいったい?」

「これだけの時間、術式を保っているだと……?」

「いや、冷却しているのか?」


視線が変わる。


値踏み。


観察。


そして――

わずかな警戒。


ユーリスは気づかない。


今はもう、

前しか見えていなかった。


「――まだぁあッ!!」


左手。


水が巡る。


杖を冷やし、

術式を繋ぐ。


火を止めない。


循環。

放射。

連続。


冒険者時代、

エアが見せてくれた火。


一撃じゃない。


押し切る火。


「はぁぁああああッ!!」


炎流が、

さらに太くなる。


ガドラムの土壁が、

ついに悲鳴を上げた。


ビキッ――


亀裂。


「っ!?」


ガドラムが目を見開く。


次の瞬間。


ドガァァァァンッ!!


土壁が砕け散った。


炎が抜ける。


真正面。


ガドラムが腕を交差し、

真正面から受ける。


爆炎。

熱風。

蒸気。


舞台全体が白く染まった。


「――ッ、ぐぉッ!!」


ガドラムの巨体が、

初めて後ろへ弾かれる。


石床を削りながら、

数歩。


止まる。


煙が晴れる。


観客席が、

静まり返っていた。


ガドラムは、

肩で息をしている。


腕当ての上に重ねた土鎧は焼け、

ひび割れていた。


「……はは」


低く笑う。


それから、

ゆっくり両手を上げた。


「参った……」


ざわめきが爆発する。


「勝った!?」

「ユーリスが!?」

「押し切ったぞ!!」


歓声。


熱狂。


今までとは、

明らかに違う。


演舞じゃない。


本物の勝負だった。


「勝者――ユーリス!!」


鐘が鳴る。


ゴォン――!!


その瞬間。


学院側の席から、

大歓声が上がった。


中央席。


白服達は、

静かにユーリスを見ていた。


その中の一人が、

小さく呟く。


「やれば……同時にできるじゃないか」


誰も、

すぐには答えなかった。


上。


観客席。


エアだけが、

静かに目を細めていた。


「っはぁ……っ、はぁ……」


舞台を降りる。


歓声が、

まだ背中にぶつかっていた。


「ユーリス!!」

「すげぇぞ!!」

「今の見たか!?」


熱気。


学院側の生徒達が、

興奮したまま叫んでいる。


さっきまでの、

白への冷めた空気とは違う。


ちゃんと、

戦いを見ていた熱だった。


「……」


ユーリスは、

まだ呼吸が整わないまま歩く。


杖が熱い。


手も痺れている。


でも――


不思議と嫌じゃなかった。


(……勝った)


実感が、

少し遅れて落ちてくる。


その時。


「やるじゃない」


横から声。


振り向く。


ノクシアだった。


教師席側から降りてきたらしい。


腕を組み、

気怠そうにこちらを見ている。


「し、師匠……」


「なによあれ?」


ため息混じり。


「いつからそんな荒っぽい戦い方するようになったの?」


「え……」


ユーリスが目を瞬かせる。


「いや……その……」


言葉に詰まる。


ノクシアは、

じっとこちらを見る。


それから、

小さく口元を歪めた。


「前のあんたなら、

 もっと綺麗に組んでた」


淡々と続ける。


「冷却循環で無理やり継続放射なんて、

 普通は学院式でやらないわよ」


「……」


図星だった。


今までなら、

術式効率。

安定性。

制御。


そういうものを優先していた。


でも、

今回は違った。


「……なんか」


ユーリスが、

小さく杖を見る。


「止めたくなかったんです」


ぽつり。


「火が……ちゃんと応えてくれてる感じがして」


ノクシアは、

少しだけ目を細める。


「ふぅん……」


それだけ返す。


だが、

視線は鋭い。


「……男のせいかしらね」


「――ぇっ!?」


ユーリスの顔が、

一瞬で赤くなる。


「な、ななな何言ってるんですか師匠!?」


「別に?」


ノクシアは肩を竦める。


「火の扱いって、

 術者の精神に引っ張られるものだし」


さらり。


「最近のあんた、

 前より感情で火を動かすようになってるもの」


「そ、それは……!」


「私はその逆を教えたはずよ?」


「ッ」


否定しようとして、

止まる。


思い出す。


さっきの火。


エアの火を見て、

変わった感覚。


冒険者時代。


隣で見た、

荒くて、生きている火。


「……」


否定できない。


ノクシアが、

小さく笑った。


「まあ、悪くないんじゃない?」


視線を前へ向ける。


「綺麗に閉じ込められてるより、

 今の方が“生きてる”火だったわ……アイツみたいにね?」


「……!」


ユーリスが目を見開く。


それは、

一番欲しかった言葉かもしれない。


ノクシアは歩き出す。


「ただし」


振り返らないまま言う。


「あんまりあの男の真似しすぎると、

 本当に術式どころか杖ごと自分を壊すわよ」


「う……」


「あと、自覚ないまま振り回されるのもやめなさい」


「だ、だから何の話ですかぁ!!」


ノクシアは、

そこで初めて吹き出した。


「ふふ……」


珍しく、

少し楽しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ