第151話:演舞と実戦
「第一試合――」
巻物が開かれる。
「リシェル、対するはセラフィン」
その瞬間。
観客席の空気が、
妙にざわついた。
「……白からかよ」
「初戦から?」
「いいぞ、潰し合え!!」
学院側の席から、
露骨な声が飛ぶ。
昨日、
好き放題やられた直後だ。
面白くない者は多い。
「白同士とか最高じゃねぇか」
「そのまま両方消耗しろ」
笑い混じり。
だが――
別の場所では、
冷めた声も落ちていた。
「……どうせ演舞でしょ?」
「また勝つ方決まっているんだろうな」
「途中で片方引くぞ、たぶん」
白同士。
しかも、
上位側。
意味が分からない組み合わせではない。
むしろ――
分かりやすすぎた。
白服側は、
内部で優先順位を決めている。
それを、
学院側の生徒達は知っている。
だから、
本気で勝敗を予想している者は少なかった。
「……」
その中。
中央席だけは違う。
純白の法衣。
貴族席。
外部来賓。
期待するような視線。
「白塔同盟の精鋭か」
「中央の火か……」
「ほう」
知らない者達は、
普通に見ている。
だからこそ――
白服側も、
露骨には流さない。
「始める」
低い声。
舞台へ、
二人の白が上がる。
歓声。
白火。
詠唱。
実戦とは程遠い。
まるで儀式みたいだった。
「……演舞だな」
カイナが横で小さく呟く。
「戦ってはいる。
だが、本気ではない」
「……」
確かにそうだった。
動きは鋭い。
術式も高位。
だが――
殺し合いの空気がない。
互いに、
どこで止めるかを知っている。
「中央への見せ札だ」
カイナが続ける。
「“正統な火”が、
どれほど洗練されているかを見せている」
「くだらん……」
ぼそりと漏らす。
その瞬間。
横で、
ミリカが小さく頷いた。
「わかる……」
「お前はこういうのに興味あると思ってたが?」
「めんどい……」
欠伸混じりだった。
その時。
「エア!」
後ろから、
柔らかい声がした。
振り返る。
ユーリス。
その隣に、
マリスもいる。
「こっちに来たのか……」
「少し席が混んでまして」
ユーリスが苦笑する。
マリスは舞台を見たまま、
小さく息を吐いた。
「この次も……白同士……」
「露骨ですね」
ユーリスも同じように舞台を見る。
火がぶつかる。
歓声。
拍手。
だが、
学院側の空気は冷めたままだった。
「……綺麗ではありますね」
ユーリスがぽつりと落とす。
「でも、どこか冷たい」
「?」
「火は本来、もっと温かくて、怖いものです」
静かな声。
白の火が弾ける。
歓声が上がる。
「人が扱いきれないほど強くて、
だからこそ昔の皆は、火に祈った」
視線は、
舞台ではなく火そのものを見ていた。
「でも今の火は、最初から人の形に収まりすぎている」
小さく息を吐く。
「綺麗です。
洗練もされているとは思います……」
だが――と言いたげに、
ユーリスはこちらを見た。
「エアの火を見た後だと、
少し違って見えてしまいます」
「……」
カイナが、
一瞬だけユーリスを見る。
「お前達……白の前で、よくそれを言えるな」
「事実ですから」
柔らかい声。
だが、
引かない。
ユーリスは、
もう一度舞台を見た。
「火って本来、
もっと“生きてる”ものだったんですね……」
「そうだ……そう教えたはずなんだがな……」
その時。
舞台上で、
片方の白火が止まった。
「勝者――リシェル」
歓声。
拍手。
だが、
学院側からは小さな笑いが漏れる。
「ほらな」
「言っただろ」
「出来レースだ」
ざわめき。
その中で。
ユーリスだけが、
小さく息を吐いた。
「……やっぱり、あれは少し苦手です」
白の火を見ながら、
静かにそう落とした。
その間にも、
舞台では歓声が続いていた。
白火。
拍手。
称賛。
だが、
学院側の席は冷めている。
「また白か?」
「もういいって……」
露骨だった。
それでも、
中央席だけは満足げに頷いている。
白。
また白。
時折学院側。
だが、
空気はあまり変わらない。
白服側は洗練されている。
火力は強い。
だが――
どこか形が決まりすぎていた。
「また演舞だな」
「本気で潰し合ってる感じしねぇ……つまらねぇぞ~」
観客席の熱も、
少しずつ偏っていく。
学院側が出れば歓声。
白服側が出れば、
中央席だけが盛り上がる。
そんな流れになっていた。
「……」
ミリカは途中から、
完全に飽きていた。
「まだ……?」
「始まったばっかだ」
「長い……」
尾がだらんとしている。
その横で、
マリスは静かに舞台を見ていた。
「……でも」
ぼそり。
「……強いのは分かる」
「まあな」
俺も短く返す。
弱くはない。
むしろ、
かなり高い位置なのだろう。
ユーリスが小さく言った。
「最初から閉じ込められているみたいですね……」
「……」
カイナが、
何も言わずに前を見る。
否定はしない。
だが、
認めてもいない顔だった。
その時。
舞台中央で、
再び鐘が鳴る。
ゴォン――。
教師が巻物を開いた。
「次――」
ざわめき。
観客席の空気が動く。
「ユーリス!」
「……!」
ユーリスの肩が、
わずかに揺れた。
「来たな、行ってこい」
「は、はい……」
返事はしたが、
少し硬い。
緊張している。
「大丈夫か?」
「……大丈夫、です」
そう言っているが、
指先が少しだけ力んでいた。
マリスが、
静かに横を見る。
「ユーリス……」
「はい」
「死なないで……」
「縁起悪いですよぉ~……」
苦笑。
だが、
少しだけ肩の力が抜けた。
「……」
ユーリスが立ち上がる。
白でもない。
中央でもない。
それでも、
ここに立っている。
周囲の視線が集まる。
「ユーリスか……」
「あいつ、確か白の指揮してたよな?」
「混合の……?」
ざわめき。
ユーリスは、
小さく息を吸った。
それから――
ほんの少しだけ、
こちらを見る。
「……行ってきます、エア」
「ああ」
短く返す。
その瞬間。
ユーリスの表情が、
少しだけ柔らかくなった。
そして、
闘技場へ向かって歩き出す。
歓声の中へ――。
ーーーーー
石段を降りる。
歓声が、
少しずつ近づいてくる。
「ユーリスか」
「二属性の……」
「学院側だったよな?」
視線。
興味。
値踏み。
白服の時とは違う。
だが、
軽いわけでもない。
「……」
小さく息を吐く。
緊張している。
それは自覚していた。
舞台の近く。
教師が巻物を開く。
「ユーリス。
対するは――ガドラム」
ざわめき。
獣人席が、
わずかに動く。
「ほう、ようやく我らの同胞だ」
「どこの一族だ?」
舞台の反対側。
大柄な獣人が立ち上がる。
肩幅。
腕。
脚。
重い。
だが、
鈍重な感じはない。
獣人特有の、
地面に根を張るような圧があった。
「……」
ユーリスは無言で杖を握りしめ、
小刻みに震えながら見上げている。
蟻と象――とまではいかないものの、
体格差は凄まじかった。
その時。
「ユーリス」
横から声。
振り向く。
ノクシアだった。
教師席側。
気怠そうに壁へ寄りかかっている。
「し、師匠ぉ……」
「顔硬いわよ」
少し笑う。
見抜かれていた。
「……少しだけ緊張してます」
「なら平気ね」
「え?……」
「本当に危ない時のあんた、
そんな顔する余裕ないもの」
「……」
否定できない。
ノクシアは続ける。
「相手は土。
まともに受け止めようとすると潰されるわよ」
「はい」
「あと――」
少しだけ、
真面目な目になる。
「綺麗にやろうとしないこと。
良いお手本、あんた知ってるでしょ?」
その言葉で、
さっきまでの白火が頭をよぎる。
整いすぎた火。
崩れない火。
でも――
それとは違う火が、
瞼の裏に浮かんだ。
暖かくて、荒々しい…エアの火。
「……はい!」
小さく頷く。
ノクシアは、
それ以上何も言わなかった。
「行ってきます……」
「死なない程度にね」
「師匠までぇ、縁起悪いですよぉ…」
苦笑。
だが、
少しだけ肩の力が抜けた。
そのまま、
舞台へ上がる。
石床。
熱。
歓声。
真正面。
ガドラムが、
静かにこちらを見ていた。
「お前がユーリスか」
低い声。
「はい」
「白と一緒にいたな?」
「……いましたね」
否定はしない。
ガドラムは、
鼻を鳴らす。
「なら、容赦はしない!」
「ひぃ!?」
その瞬間。
鐘が鳴った。
ゴォン――。
「始め!」
地面が揺れる。
「っ――!」
速い。
土。
舞台そのものが、
一瞬で盛り上がる。
石の槍。
真正面。
ユーリスは横へ跳ぶ。
ドゴォッ!!
石が爆ぜる。
歓声。
「速ぇ!!」
「土であの速度!?」
ガドラムは、
既に踏み込んでいた。
近い。
「……!」
ユーリスが、
右手を振る。
火。
赤い熱が走る。
爆ぜるような火球ではない。
圧縮された熱。
一直線。
ガドラムが腕当てで受ける。
直後――
ジュッ!!
蒸気が弾けた。
ガドラムは目を守る。
「ッ!?」
観客席がざわつく。
火の内側に、
水が混ざっていた。
着弾と同時に、
内部で一気に膨張する。
ただ燃やす火じゃない。
循環する火。
「面白ぇ……!」
ガドラムが、
口元を歪める。
だが止まらない。
踏み込む。
拳。
重い。
「っ!」
ユーリスが、
左手を開く。
水。
薄い膜みたいに、
空気へ広がる。
直後。
火を重ねる。
ボォッ!!
熱。
蒸気。
視界が白く弾ける。
ガドラムの踏み込みが、
一瞬だけ鈍る。
その隙。
ユーリスが距離を取る。
「……はぁッ」
呼吸。
速い。
だが、
止まれない。
ガドラムは、
蒸気の中から笑っていた。
「なるほどな」
低い声。
「白の連中より、
よっぽど実戦を知っているな」
観客席の空気が変わる。
さっきまでとは違う。
歓声の質が違った。
「おぉ!?」
「今の何だ!?」
「火と水を混ぜたぞ!!」
白みたいな演舞じゃない。
ちゃんと、
ぶつかっている。
熱がある。
危険がある。
だから――
観客も、
目を離せなくなっていた。




