第150話:個別戦技試験
早朝。
学院は、
昨日とは違う熱を持っていた。
「いよいよ今日か……」
「個別戦技試験だろ?」
「今年、白多すぎねぇか……?」
「そりゃ昨日あれだけやればな……」
廊下。
ざわめきが止まらない。
昨日までの、
恐れるような空気とは少し違う。
緊張。
苛立ち。
嫉妬。
色んな感情が混ざっていた。
「……」
横を通る。
その瞬間。
また、
声が落ちる。
「……来た」
「第二位……」
「無色の……」
隠し切れていない。
「……」
別に、
どうでもいい。
だが――
視線の先は、
俺だけじゃなかった。
白服。
昨日、
四核制圧をやった連中。
廊下を歩くだけで、
露骨に空気が割れる。
「白ばっか優遇しやがって……」
「どうせまた“調整”だろ」
「個別まで持ってく気かよ……」
小声。
だが、
白服側は誰も反応しない。
当然みたいな顔で歩いている。
「……感じ悪いにゃ」
俺の横で、ミリカがぼそりと言う。
尾が小さく揺れていた。
「……離れてろ。
お前まで悪く言われるぞ」
「いや、にぃ……」
今さら周りを見て、
口をつぐんだ。
「別に、平気……。
エアがいる……」
本人は本気でそう思っている顔だった。
「今日、人いっぱい来る……」
「人?」
「外から」
短く。
「白塔の偉いのとか、
中央からも、色々来る……」
「……そうか」
火線祭。
学院だけの祭りじゃない。
元々、
見せるための行事だ。
「あと……」
ミリカが、
露骨に嫌そうな顔をした。
「うちのも来る……」
「うち?」
「親」
即答だった。
「あぁ……猫族の族長か?」
「母」
それだけ。
「面倒…」
本気で嫌そうだ。
学院の外へ出る。
そして――
空気が変わった。
「……」
闘技場。
巨大だった。
石造りの円形闘技場。
何重にも並ぶ観客席。
昨日の戦域とは違う。
全部、
見られる。
「……多いな」
観客。
学院生だけではない。
白塔同盟の要人らしき者達。
鎧姿、おそらく軍関係者。
綺羅びやかな服装の貴族っぽい連中。
そして、
見慣れた純白。
中央、教会。
様々な視線が、
闘技場へ向いている。
「今年は特に多いとか……」
横。
カイナが言う。
「昨日がやり過ぎた」
「お前らだろ」
「否定はしない」
もうやり慣れた会話だ。
「それで、
中央側はかなり機嫌がいい」
淡々と続ける。
「逆に、
学院側は面白くない」
観客席を見る。
確かに、
空気が割れていた。
白服側の席。
学院側の席。
笑っている者もいる。
睨んでいる者もいる。
「……」
その時。
上。
獣人側の席が見えた。
大柄な獣人達。
骨飾り。
戦士。
その中央。
一人の女の獣人が、
静かにこちらを見ていた。
「……母ちゃん」
ミリカがぼそりと言う。
「似てるな」
「似てない……」
ミリカが、
普通にこちらへ寄ってくる。
「エア、今日も勝つ……」
周囲の視線が集まった。
白服。
観客。
学生。
全部。
だが、
ミリカは気にしない。
「お腹空いた……」
「知らねぇよ」
「終わったら何か食べる……」
「勝手に食え」
「一緒に行く……」
そう言って、
腕に組み付かれる。
拒否権はないらしい。
ーーーーー
観客席。
獣人側の席で、
誰かが頭を抱えた。
「……どういうことだ」
低い声。
ミリカの母。
視線の先。
白服の列。
その中で、
娘が当然みたいに寄り添っている。
しかも相手は――白。
純白。
中央側の男。
「……」
周囲の獣人達も、
微妙な顔をしていた。
「お嬢……?」
「おいおいおいおい、
マジか? ……」
「白服じゃないか?
だよな?」
小声が落ちる。
ミリカの母は、
腕を組んだまま動かない。
「おかしい……」
ぼそりと漏れる。
「中央の白が、
獣人を受け入れるはずがない」
即答だった。
白服。
正統光火教会。
排他的。
選民思想。
獣人を外向きに受け入れることさえ嫌がる。
そんな連中だ。
長く見てきた、だからこそ分かる。
「ああいう連中は……。
“利用価値”がある時だけ近づく」
低い声。
「あの娘は、
あの性格だ」
自由。
気分屋。
空気を読まない。
中央の白服と、
最も噛み合わない種類。
「なのに……」
視線が細くなる。
ミリカは、
警戒すらしていない。
当然みたいに隣にいる。
尾まで揺れていた。
「あれは絶対、
何か吹き込まれている」
真顔だった。
「悪いオスだ……」
即断。
横の獣人が、
思わず吹き出しかける。
「いや族長……。
娘さん、割と昔からああいう感じ――」
「違う」
即答。
「ミリカは外を知らん。
押されればすぐ流される」
「いやでも、
流されるっつか、
あの子かなり我――」
「絶対に騙されているッ」
断定だった。
その時。
下。
ミリカが、
当然みたいにエアの腕にぶら下がった。
「……」
獣人席の空気が止まる。
「…………」
ミリカの母が、
ゆっくり立ち上がる。
「殺す!!!」
「待て待て待て待て!!」
横の獣人達が、
慌てて止めに入った。
ーーーーー
闘技場の中央。
白線で区切られた円形舞台。
その周囲を囲むように、
観客席が何重にも広がっている。
ざわめき。
熱気。
視線。
昨日とは違う。
今日は、
“見せる側”だった。
「……」
下へ降りる。
石階段。
その途中でも、
視線が刺さる。
「マジかよ……」「無色だぞ?」
「昨日の見ただろ」「いや、でも……」
納得していない。
だが、
否定もしきれていない。
そんな空気。
「……」
面倒だな。
ぼそりと思う。
その横。
ミリカは、
まだ腕を掴んだままだった。
「離れろ」
「やだ」
即答。
「母ちゃん見てた」
「は?……」
「今離れると、変な風に思われる…」
「……十分変だろ」
「変?…なら、それでいい……」
「納得するな…」
その時。
――ゴォン。
重い鐘の音が響いた。
闘技場全体が静まる。
中央。
高台。
黒外套。
学院長が立っていた。
「諸君」
静かな声。
だが、
闘技場全体へ届く。
「昨日の戦域演習、
実に見事」
ざわめき。
特に、
中央側の席。
満足げな顔が多い。
逆に、
学院側は静かだった。
「四拠点核の完全制圧」
学院長が続ける。
「近年稀に見る速度での終結じゃ」
視線が、
第一陣営へ向く。
白服達。
整然。
静か。
「じゃが――」
そこで、
学院長が少しだけ笑う。
「火線祭は、
まだ終わっておらぬ」
空気が変わる。
「ここから先は、
集団ではない」
静かに。
はっきりと。
「個の実力」
その一言で、
空気が締まった。
「個別戦技試験」
鐘が鳴る。
ゴォン――。
「己が力を示す場じゃ」
その瞬間。
観客席から、
歓声が上がった。
昨日とは違う。
期待。
興奮。
純粋な“見世物”としての熱。
「おぉぉぉッ!!」
「始まるぞ!!」
「今年は誰だ!?」
「白か!?
学院側か!?」
熱気が広がる。
学院長は、
その熱を静かに見渡した。
そして続ける。
「無論――
これは単なる催しではない」
ざわめきが、
少しだけ落ちる。
「優秀な成績を収めた者には、
相応の権利と地位が与えられる」
視線が、
観客席を巡る。
「階位昇格。
進級試験免除。
高位課程への参加資格」
淡々と。
だが、
一つ一つが重い。
「学院からの推薦。
中央からの招致。
研究機関への斡旋」
観客席の空気が変わる。
特に、
上位生徒達。
目の色が変わった。
「さらに――」
学院長が、
ほんの少しだけ間を置く。
「上位到達者には、
学院特別区域への立入許可が検討される」
ざわめき。
「特別区域……」
「地下迷宮だ……」
小声が走る。
学院長は、
それ以上は言わない。
ただ、
わずかに笑う。
「勝ち取ってみせよ」
静かな声。
「己の力で」
その瞬間。
再び、
歓声が爆発した。
「うぉぉぉぉッ!!」
「やってやる!!」
「今年こそ上行ってやる!!」
昨日とは違う熱。
野心。
欲望。
勝負への渇き。
闘技場全体が、
一気に火を帯びる。
「……」
横で、
カイナが小さく息を吐いた。
「あの老体は煽るのが上手いな」
「そうだな」
淡々と。
「昨日は“戦場”を作った。
今は“競争”だ」
「……」
なるほどな。
確かに、
さっきまで嫉妬混じりだった空気が変わっている。
今は、
全員が前を見ていた。
勝ち上がることだけを。
ーーーーー
その中。
中央席。
純白の法衣を纏った男達が、
静かに話していた。
「昨日の結果は上々」
「正統光火教会の威光を示せましたな」
「学院側も、
これで多少は黙るでしょう」
その視線の先。
セレス。
そして――エア。
「……」
一人が、
わずかに目を細める。
「あの無色だけは、
少々異質ですが」
「セレスが自ら取り込んだと……」
「制御できるのですか?」
短い沈黙。
その時。
「問題ありません」
低い声。
セレスだった。
いつの間にか、
中央席の下へ来ている。
「火は正しい形へ……。
あの者は主に導かれている」
熱のない声。
だが、
否定を許さない響き。
中央側の人間達が頷く。
「期待しています、
セレス殿」
「必ずや、
継槍へ至る資格を……そして必ずや」
「……」
セレスは答えない。
ただ、
静かに闘技場を見ていた。




