第147話:火線散開
白と赤の炎が進んだ、
その先。
風が鳴った。
「……」
見えない何かが、
頬を掠める。
細い切れ目。
血ではない。
だが、
空気が裂けていた。
「風だ……!」
カイナが低く呟く。
土煙の奥。
岩壁の上に、
翠の帯が揺れていた。
ルエル。
その背後に、
数人のエルフ。
弓でも杖でもない。
指輪が光っている。
細い指先と視線だけで、
風の流れを変えている。
「久しぶりね、エア」
ルエルは、
静かに笑った。
「まともに話すのって顔合わせ以来かしら?」
「……お前も第四か」
「ええ」
短く返す。
「獣人だけだと思った?」
その瞬間。
風が回る。
土煙が、
一気に視界を覆った。
見えない。
だが、
気配はある。
前。
横。
上。
重い足音が響く。
オルド。
ザハク。
パコダ。
三つの気配が、
一斉に近づいてくる。
「……なるほどな」
槍を握り直す。
土で止め、
風で隠す。
獣人が潰す。
第四陣営は、
ただ突っ込んでくるだけじゃない。
「エア」
セレスの声。
白い火が、
煙の奥で揺れる。
「風を払え」
「無茶言うなよ」
言い返しながら、
槍を構える。
その瞬間。
土煙の奥から、
オルドの声が響いた。
「悪りぃな、エア」
地面が砕ける。
「ここから先は、通さねぇ」
次の瞬間。
拳が、
煙を割って飛んできた。
「ッ!!」
真正面から叩き込まれる。
槍を返す。
ガァンッ!!
衝撃。
地面が沈む。
「っぐ……!」
押される。
オルドが笑った。
「見えてねぇだろ!!」
その横。
風が鳴る。
「吹き荒れ、回せ、踊り踊れ」
ルエルの声。
次の瞬間。
ザハクが、
煙の中から踏み込んできた。
「遅い……」
低い声。
拳が脇腹へ走る。
「ッ!」
槍を滑らせる。
受け切れない。
衝撃が、
身体を横へ流した。
その瞬間。
地面。
足元。
「……!」
土が絡む。
固定。
靴ごと、
地面へ縫い止められる。
そこに、
パコダの声。
「取ったァ!!」
上。
蹴り。
一直線。
「邪魔ぁあああ!!!」
ミリカの声。
パコダの身体が、
横へ吹き飛ぶ。
「ぐぇッ!?」
それを、
セレスが白槍を振り抜いた姿勢のまま、
冷たく前を見ている。
「足を止めるな」
その瞬間。
風が鳴った。
再び。
「散って」
ルエルの声。
翠の光。
風が渦を巻く。
ただの突風じゃない。
視界だけじゃない。
火の流れまで、
わずかに逸らしている。
レイヴァルトが目を細めた。
「風の干渉……循環干渉だ!」
カイナが低く吐く。
白火の軌道が、
ほんの僅かにズレる。
致命的じゃない。
だが。
前へ出る勢いを、
確実に削っていた。
セレスが前へ出る。
「わずらわしい風だ」
白火が、
さらに強く圧縮される。
「だが、脆い」
次の瞬間。
白槍が空を裂いた。
轟音。
一直線。
圧縮された白火が、
岩壁ごと風の渦へ突っ込む。
ルエルの目が細まる。
「っ……!」
風が歪む。
逸らす。
完全には止められない。
爆ぜた白火が、
岩壁を吹き飛ばした。
その隙間。
「おるぅあああ!!」
オルドが踏み込む。
正面。
ザハクが横。
パコダが上。
三方向。
連携。
「……」
槍を握り直す。
来る。
その瞬間。
赤火が、
腕へ走った。
熱。
身体の奥。
火が、
脈打つ。
「またそれかよ……!」
パコダが顔を引きつらせる。
オルドは笑った。
「ハッ!!
だから面白ぇんだろ!!」
ザハクだけが、
黙ったまま構える。
低く。
獣みたいに。
「……来るぞ」
次の瞬間。
三人が、
同時に地面を砕いた。
パコダが笑う。
「さっきみたいに吹き飛ばしてみろよ!!」
その瞬間。
黒い影が、
横から飛び込んだ。
「うるさいッ!!」
ミリカ。
回し蹴り。
ガァンッ!!
「ぐぇッ!?」
パコダの身体が、
横へ吹き飛ぶ。
「またお前かよ!?」
「そっちこそ!!
毎回うるさい!!」
そのまま、
二人が横へ流れる。
「エアはそっち!!」
「勝手に決めるな!」
「今決めた!!」
土煙の向こうで、
パコダの笑い声が響く。
「もう手加減しねぇぞ!!」
「ぶっ飛ばす!!」
轟音。
地面が砕ける。
その間にも。
前。
オルドとザハクは、
止まっていなかった。
「余所見してんじゃねぇ!!」
拳。
真正面。
「……ッ!!」
槍で受ける。
重い。
ザハクが低く呟く。
「二対一だ……。
潰れろ、エア!」
左右。
同時。
オルドの拳が、
正面から圧をかける。
ザハクは最短。
無駄がない。
その瞬間。
「二対一だと?
どこを見ている」
白火が、
横へ並んだ。
セレス。
いつの間にか、
俺の隣へ立っている。
白槍。
静かに、
二人を見ていた。
「……」
オルドが笑う。
「おいおい、
白の頭までこっちに来たぞ」
パコダも、
ミリカと距離を取りながら顔を上げる。
オルドはさらに軽口を続ける。
「ハッ!!
第四陣営最強の俺等が相手してやってんだ。
光栄に思えよ!」
セレスは、
表情を変えなかった。
ただ。
白火だけが、
静かに揺れる。
「……なるほど」
小さく。
その視線が、
ルエルへ向く。
次に。
オルド。
ザハク。
パコダ。
順番に見た。
「風で視界を奪い、
土で固定し、
獣が潰す」
淡々と。
「野蛮な種族にしては、
多少は頭を使ったらしい」
空気が止まる。
パコダの笑みが消えた。
オルドの眉が動く。
ザハクの目が、
わずかに細まる。
「……テメェ」
低く。
オルドの声。
セレスは続ける。
「だが、所詮は獣」
白槍が、
静かに持ち上がる。
「連携したところで、
やることは噛み付くだけか」
「ッ……!!」
空気が変わった。
獣人達の殺気が、
一段重くなる。
パコダが笑う。
だが、
今度は軽くない。
「ハッ……言ってくれるじゃねぇか」
ミリカが、
少しだけ耳を伏せた。
「……やっぱ、白は嫌い」
小さく呟く。
だが。
止めない。
オルドが、
拳を鳴らした。
「いいぜ」
地面が沈む。
「なら、
獣がどれだけ噛み千切れるか試させてやるよ」
ザハクも、
低く構える。
土が、
足元から盛り上がる。
「白ごと、砕く……」
その瞬間。
セレスの白火が、
さらに強く圧縮された。
横で、
赤火が脈打つ。
白と赤。
二本の槍が、
同時に前へ向く。
ーーーーー
「左第二列、押されてます!!」
怒号。
熱。
光。
第三側の戦域は、
第四とは別の意味で荒れていた。
空。
魔術の火線が交差する。
赤。
蒼。
翠。
黄土。
属性光が、
幾重にもぶつかり合っている。
「防壁維持!!」
「水班、前へ!!」
「風が来ます!!」
詠唱が重なる。
火線祭。
だが――
これはもう、
完全に“魔術戦争”だった。
「……っ」
ユーリスは、
杖を握る。
前方。
第三陣営は、
火が少ない。
代わりに。
水。
風。
土。
三属性を、
綺麗に回している。
水でこちらの火線を鈍らせ、
風で軌道を流し、
土で防壁を支える。
正面から、
白服の火を受け切る構成。
「上手い……」
思わず漏れる。
白服側は火特化。
対して、
向こうは循環型。
火力が高いだけじゃ、
押し切れない。
「ユーリス」
マリス。
蒼の瞳が、
戦場を見ている。
「見て」
前方。
水壁。
白火を受けた瞬間、
蒸気を撒き散らしながら流している。
「火を止めてるんじゃない……」
マリスが低く言う。
「流してる……」
「……っ」
ユーリスの目が開く。
確かに。
正面から耐えているわけじゃない。
火線を、
横へ逃がしている。
「この守りは水が核……」
「うん」
マリスが頷く。
「しかも風で循環させてる。
蒸気を散らして、
視界も切ってる……」
その瞬間。
――ゴォォォッ!!
白火が、
正面で逸らされた。
熱風。
蒸気。
視界が白く霞む。
「前列、見えてません!!」
「右側、風干渉あり!!」
怒号。
押され始める。
ユーリスは、
前を見る。
崩される。
防壁は強い。
火力も勝っている。
だが。
“噛み合っていない”。
向こうは、
白服の火を知った上で受け流している。
「……マリスさん」
「ん」
「敵の水班の本体、どこですか」
その瞬間。
マリスの目が、
わずかに細くなった。
蒼の瞳。
ネレイディア。
流れを見る目。
「……いた」
小さく呟く。
「中央後方。
土壁の後ろ……」
視線を向ける。
確かに。
前衛じゃない。
防壁のさらに後ろ。
蒼帯の術者達が、
一定間隔で術式を回している。
「水が流れを作ってる……」
マリスが低く言う。
「風は補助。
やっぱり本命は……」
「水……。
それなら」
ユーリスは、
戦場を見る。
白火は強い。
だが、
直線的だ。
だから流される。
なら――
流せない形にすればいい。
一つの太い火線なら、
水を集中させて受け、
横へ逃がせる。
だが、
細く散らした火を同時に浴びせれば。
水は、
受ける場所を増やされる。
薄くなる。
熱を逃がす前に、
蒸気になる。
風の循環も、
散りすぎた熱までは捌けない。
蒸気が逃げ切れない。
熱が、
場に残る。
水が火に勝つんじゃない。
処理できる熱量を超えれば、
水は崩れる。
「……火線、止めてください」
周囲が止まった。
白服達が、
一斉にこちらを見る。
「なに……?」
「止める、だと?」
困惑。
当然だった。
今、
押し合っている最中だ。
火線を止めれば、
押し返される。
だが。
ユーリスは、
前を見たまま言った。
「正面の撃ち合いをやめます」
震えている。
でも、
止まらない。
「第二、第三列。
火線を散開してください」
「散開……?」
「集中をやめて、
細く広く……」
言いながら、
頭の中で形を組む。
エアなら、
どうする。
セレスなら、
どう焼く。
力押しじゃない。
“流れ”を崩す。
「水を可能な限り蒸発させます……!」
空気が変わった。
マリスの目が、
わずかに開く。
「……なるほど」
次の瞬間。
ユーリスが、
杖を前へ出した。
「前列火線、収束停止!!
散開展開!!」
白服達が動く。
今まで一直線だった白火が、
一気に広がった。
線じゃない。
網。
雨みたいに。
細く。
大量に。
「なっ……!?」
向こうの陣が揺れる。
水壁が、
処理しきれない。
蒸気。
熱。
白。
視界が埋まる。
「蒸気量増加!!」
「水循環が追いついてない!!」
悲鳴みたいな声。
その瞬間。
マリスが前へ出た。
蒼の魔力。
静かに広がる。
「流れ、見えた……」
水が、
空気中へ滲む。
蒸気。
循環。
その中心。
「そこ」
マリスが、
指を向けた。
「中央水班、循環核……!」
「第四列!!
中央へ集中してください!!」
ユーリスが叫ぶ。
白火が、
一斉に向きを変えた。
正面じゃない。
水の“流れ”へ。
次の瞬間。
――ゴォォォォッ!!
白火が、
蒸気ごと中央を飲み込んだ。
爆音。
熱風。
水壁が、
内側から崩れる。
「っぁ!?」
「循環切れた!!」
「水の防壁、下がるぞ!!」
前線が揺れた。
白服達の空気が、
変わる。
押されていた流れが、
初めて前へ出る。
「前列、押せぇぇえ!!」
怒号。
白火が、
一気に前へ伸びた。
その光を見ながら。
ユーリスは、
小さく息を呑む。
動いた。
戦場そのものが。




