第146話:二つの戦場
白の主力が、
第三側へ流れていく。
火線。
防壁。
詠唱列。
整然とした白の流れが、
焼けた地面を埋めていた。
その先頭。
ユーリスは、
杖を握る手に力を込めている。
「……」
視線が、
あの小さな背中に集まっていた。
白服。
黒服。
両方から。
納得していない目もある。
不安そうな目もある。
当然だ。
さっきまで、
端に立っていた混ざりものが、
今は主力指揮を任されている。
柔らかい声が落ちる。
「ユーリス」
マリスが、
ユーリスの隣に立つ。
「前見て」
「……っ、はい」
少し慌てて、
ユーリスが前を向く。
その先には、
第三陣営。
なびく旗。
防壁。
すでに相手側も、
陣形を完成させていた。
「分かりやすく緊張してるな……」
小さく呟く。
カイナが横で鼻を鳴らした。
「主力全部任されれば当然だろう……」
「だが……あいつは逃げるタイプじゃない」
ミリカが隣から顔を出して、
ユーリスを見る。
「ビビるけど……ユーリスは強い。
力じゃない強さ、ある……」
「知ってるさ……」
その時。
白い火が、
横へ揺れた。
セレス。
「……見送りはそこまでだ」
静かな声。
いつの間にか、
すぐ後ろに立っていた。
「敵は待ちはしない」
「……分かってる」
短く返す。
セレスは、
もう第三側を見ていなかった。
視線は、
第四方向。
「レイヴァルト」
「はっ。
選抜は揃っています」
白服数名が前へ出る。
少数。
だが、
面構えが少し他と違う。
「では、行くぞ」
セレスが歩き出す。
白い火が、
静かに揺れる。
俺達も、
第四側へ向かった。
第三側との距離が、
少しずつ離れていく。
その途中。
――ドゴォッ!!
遠くで、
火線がぶつかった。
轟音。
熱。
第三側が、
もう始まっている。
だが、
振り返らない。
第四側は、
別の熱を持っていた。
―――――
熱。
詠唱。
火線。
第三側の空気は、
すでに燃え始めていた。
「第三前衛接触!!」
怒号が飛ぶ。
白と赤の火線が、
真正面でぶつかる。
爆ぜた熱風が、
ユーリスの髪を揺らした。
「っ……!」
思わず肩が跳ねる。
だが、
止まらない。
前を見る。
防壁。
火線。
押し合う前衛。
速い……。
思っていた以上。
火線祭。
演習。
そんな言葉で済む熱量じゃない。
「ユーリス」
横。
マリス。
「前列、少し押されてる……」
「っ……」
確かに。
右側防壁が、
わずかに薄い。
「どうする……?」
試すみたいな声。
「……」
喉が詰まる。
周囲の白服達が、
こちらを見ている。
待っている。
命令を。
「……第三列!
右へ回してください!」
声を出す。
震える。
だが、
止めない。
「火の防壁を重ねます……!」
一瞬だけ、
空気が止まる。
その次。
白服達が動いた。
隊列が流れる。
火線が重なる。
右側の火の防壁が、
再び厚みを持った。
「……」
ユーリスが、
小さく息を呑む。
動いた。
自分の声で。
白服が。
その横で。
マリスが、
ほんの少しだけ目を細めていた。
―――――
第四側。
第三側とは、
空気そのものが違っていた。
どこか重い空気。
地面。
岩。
土煙。
踏み締める音が、
遠くから響いてくるみたいに感じる。
「……近いぞ」
カイナが低く言う。
前方。
岩場。
崩れた石壁。
その向こうから、
複数の気配が溢れていた。
隠れる気がない。
殺気も。
敵意も。
「来る……!」
ミリカの耳が立つ。
その瞬間。
――ドゴォッ!!
岩壁が砕けた。
土煙。
破片。
そこから、
獣人達が飛び出してくる。
速い。
真正面。
「ハッ!!」
「白が来たぞォ!!」
大柄。
牙。
爪。
土色の光。
魔力が、
身体へまとわりついている。
身体強化。
しかも、
前衛ばかりだ。
「おいおい、
マジでミリカじゃねぇか!!」
「戻って来たかと思ったら、
白引き連れてんのかよ!!
裏切ったか〜盛り猫!」
「盛り……!?
ッ……ぶっ殺す!!!!」
笑い声。
挑発。
だが、
止まらない。
喋りながら突っ込んでくる。
カイナが舌打ちした。
「第四の連中、
最初から殴り合う気か……」
「言った……」
ミリカが低く返す。
「こいつら、クソ馬鹿!!」
その瞬間。
前列の獣人が、
地面へ拳を叩きつけた。
土が隆起する。
岩壁。
一直線。
進路を塞ぐ形で、
巨大な土壁が立ち上がった。
レイヴァルトが呟く。
「固定干渉……典型的な土属性だな」
だが。
白い火が、
前へ出た。
セレス。
「邪魔だ」
次の瞬間。
白火が走る。
轟音。
圧縮された白火が、
真正面から土壁を貫いた。
爆ぜる。
砕ける。
固定された土が、
耐え切れず吹き飛ぶ。
そのまま。
セレスが突っ込んだ。
速い。
白い槍が形成される。
圧縮火。
固定を焼き崩す白。
「ッ!!」
前衛獣人が、
真正面から拳を振り下ろす。
だが。
白槍が先に貫いた。
轟音。
白火が、
獣人ごと後方を吹き飛ばす。
「チィッ!!」
「白服どもはぶっ殺せ!!」
左右から、
さらに獣人が飛び込んでくる。
止まらない。
第四側は、
防壁より前進。
押し込む構成。
「エア!」
横。
セレス。
「やるぞ!」
「分かってる!」
地面を蹴る。
赤い火が、
槍へ走った。
真正面の獣人へ突っ込む。
「無色のぉお!!」
振り下ろされる腕。
重い。
土強化。
だが。
槍を振るう。
赤火が走る。
轟音。
攻撃ごと、
獣人を吹き飛ばした。
その瞬間。
横から、
別の獣人が跳ぶ。
「右!!」
ミリカの声。
反射で槍を返す。
ガギィンッ!!
爪。
強化された腕。
重い。
「ハハッ!!
やっぱ強ぇなァ!!」
獣人が笑う。
近い。
第四側は、
距離を取らない。
詠唱も短い。
身体強化と地形干渉を混ぜながら、
無理やり噛みついてくる。
だが、
その横からセレスの一撃。
「ぐあッ!」
ミリカが叫ぶ。
「また来た!」
土煙の向こうから、
複数の影が跳んだ。
上。
岩場。
高所。
「ッ!!」
降ってくる。
真正面じゃない。
上から。
「散れ」
白火。
セレスが空へ槍を振るった。
白が走る。
空中の獣人達が、
まとめて吹き飛ぶ。
だが。
第四側は止まらない。
むしろ、
笑っていた。
「ハッ!!
それでこそ白だ!!
戦いがいがある!!」
「もっと来いよォ!!」
完全に、
祭りの空気じゃない。
強い相手へ、
噛みつきに来ている。
その後ろから。
レイヴァルト達、
白服精鋭が前へ出た。
「「「炎よ、我らの導となれ」」」
整えられた火。
白線。
白火が、
獣人達の突破を焼いていく。
だが、
第三みたいな魔術同士の火線維持ではない。
前へ出るための火。
突破するための火。
その中心を。
白と赤。
そして二つの槍が、
真正面から切り裂いていた。
「……このまま抜くぞ」
セレスが短く言う。
槍を構えたまま、
足を止めない。
だが――
地面が、
沈んだ。
「……」
一歩。
重い足音。
砕けた岩壁の向こうから、
三つの影が出てくる。
オルド。
ザハク。
パコダ。
「おいおい……」
パコダが肩を回しながら笑う。
「ずいぶん好き勝手やってくれてんじゃねぇか」
オルドが前へ出る。
拳を鳴らす。
「白服に混ざって突っ込んでくるとかよ」
ザハクは黙っていた。
だが、
その足元の地面が、
わずかに沈んでいる。
土属性強化。
三人とも、
すでに入っている。
「……」
ミリカの尻尾が、
ぴくりと揺れた。
「出た……」
小さく、
嫌そうに呟く。
パコダがそちらを見る。
「あ?」
そして、
目を細める。
「ミリカ。
お前、マジでそっち側かよ」
「……うるさい」
「白服の横で何してんだよ」
「白の横じゃない」
ミリカは、
俺の少し後ろで構える。
「エアの横」
一瞬。
空気が止まった。
オルドが、
呆れたように息を吐く。
「……あー、はいはい。
そういうことかよ」
ザハクが低く言う。
「面倒な女だ」
「うっさい、犬」
その瞬間。
オルドとザハクの耳が、
同時に動いた。
「……誰が犬だ」
「犬っころ」
「テメェ……」
空気が変わる。
パコダが笑った。
「やめろやめろ。
何回目だって。
おいミリカ、
こいつキレると面倒だぞ」
「お前も、黙れ……」
ミリカが低く返す。
だが、
視線は逸らさない。
オルド。
ザハク。
パコダ。
第四の前に、
三人が立つ。
セレスの白火が、
静かに揺れた。
「知り合いか?」
「まぁな…」
俺は槍を握り直す。
「邪魔するらしい…」
オルドが笑う。
「当たり前だろ」
拳を構える。
「ここは第四だ。
抜けたきゃ、俺らを倒していけ」
ザハクも構える。
パコダが軽く跳ねる。
三方向。
重い。
速い。
土の気配が、
足元からせり上がってくる。
「……」
セレスが一歩出ようとする。
だが、
俺は槍を横に出した。
「こいつらは俺がやる」
セレスの視線が、
こちらへ向く。
「時間をかけるな」
「分かってる」
短く返す。
その瞬間。
オルドが踏み込んだ。
地面が砕ける。
「来いよ、エア!!」
第四の空気が、
一段重くなった。




