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第145話:同時進軍


白い火が、

静かに揺れている。


中央陣。


焼けた地面の上に、

広げられた板。


簡易戦力図。


第三陣営。

第四陣営。


二つの陣が、

左右へ展開されていた。


「……敵はそれぞれ再編を完了しています」


レイヴァルトが告げる。


「第三、第四陣営は防壁維持型とのこと」


セレスは図を見て呟く。


「誘いだな……片側に向かえば挟まれる」


左右。


互いに援護可能な距離。


「長期戦になる……」


カイナが低く言う。


短い返答。


「故に――」


その瞬間。


白い火が、

わずかに揺れた。


全員の視線が、

自然と中央へ集まる。


セレス。


白い炎を背に、

静かに立っている。


「同時に潰す」


淡々と。


感情はない。


「正面主力は第三陣営へ進軍。

 防壁形成と火線維持を同時に行い、

 そのまま押し潰せ」


白服達が、

一斉に姿勢を正す。


「第四陣営は、私が行く」


空気が変わる。


だが、

それだけなら当然だった。


セレスが動く。


その事実だけで、

白服達の士気は上がる。


問題は、

次だった。


「レイヴァルト。

 突破適性の高い者を数名選べ」


「はっ」


「それと」


セレスの視線が、

こちらへ向く。


「エア、貴様だ」


「……俺か」


「同行しろ」


ざわ、と。


白服達の間に、

小さな音が走った。


「……」


俺は少しだけ眉を寄せる。


「理由は?」


「聞かずとも分かるはずだ……」


セレスは即答した。


「現状、この場で第四陣営を最短で破壊できる可能性が最も高い戦力は、

 私とお前だ」


「……」


「感情ではない、評価だ。

 違うとは言わせんぞ」


言い切る。


周囲のざわめきが、

余計に濃くなる。


だが、

反論は出ない。


出せない。


さっき、

俺の火をコイツらは見てしまった。


セレスのように火を纏い、

無傷でこの場に立つ。


それを、

全員が見ている。


「……分かった」


短く返す。


セレスはもう、

こちらを見ていなかった。


「そして、第三陣営側の指揮は――」


白い火が、

静かに揺れる。


「貴様に任せる……ユーリスだったな?」


時間が止まった。


「……え?」


一番間の抜けた声を出したのは、

ユーリス本人だった。


白服達の視線が、

一斉に彼女へ刺さる。


困惑。


疑念。


それ以上に、

信じられないという空気。


「セレス様」


レイヴァルトが、

わずかに声を低くする。


「確認ですが、

 この者に我々の主力を、ですか?」


「そうだ」


「ほぼ全隊を?」


「そうだ」


淡々と返る。


「防衛戦力は不要。

 全て使え」


また、

空気が揺れる。


セレスは、

誰の反応も待たなかった。


「第三、第四を同時に破壊する。

 残して守る戦ではない」


白い火が、

足元で細く伸びる。


「この戦いは、正統光火教会の名と力、

 絶対神エンラを示す聖戦と知れ」


声が、

静かに落ちる。


「削り合いでは意味がない」


誰も、

息をしない。


「圧倒し、終わらせる」


その言葉だけで、

場が締まった。


「でも、わ、私が……?」


ユーリスが、

杖を握りしめる。


「私、皆さんの指揮なんて……」


「勘違いをするな。

 貴様に期待などしていない」


セレスは、

遮るように言った。


冷たい声だった。


「……っ」


ユーリスの肩が、

わずかに跳ねる。


「防衛線は、本来崩壊していた」


セレスは続ける。


「数も少ない。

 統率も甘い。

 陣形も粗い。

 火力も足りない」


容赦がない。


黒側の者達が、

悔しそうに目を伏せる。


「だが、守り切った」


そこで初めて、

セレスの視線がユーリスを捉える。


「エアが飛び込んだとはいえ、

 戦線を繋いだのは事実」


「……」


「まとまりのない黒を、

 少数で保たせた」


淡々と。


評価ではある。


だが、

温度はない。


「なら、貴様を使うのは合理的」


その一言に、

ユーリスが息を呑む。


「お前に価値があるかどうかではない」


セレスは言う。


「この局面で私やレイヴァルト、

 幹部を抜いたまま主力を最も無駄なく動かせる可能性がある。

 それだけだ」


「……」


「やれ」


命令。


それ以上でも、

以下でもなかった。


ユーリスは、

しばらく何も言えなかった。


周囲の視線が、

痛いほど刺さる。


白服達は納得していない。


付き添っていた黒側も驚いている。


ミリカが、

低く唸った。


「ッチ、嫌な言い方……」


「ミリカ……黙ってろ」


俺がそう言うと、

ミリカは不服そうに頭の後ろで手を組み、

背中に寄りかかった。


「わ……」


ユーリスが言った。


声は小さい。


震えていた。


だが、

逃げてはいなかった。


「……分かりました」


もう一度。


今度は、

少しだけ強く。


「信頼じゃなくても、いいです」


ユーリスは、

杖を握り直す。


「任されるなら、やります」


セレスは、

表情を変えない。


「当然だ」


「……はい」


マリスが、

ユーリスの横に立つ。


「補佐する」


短く。


「指示の伝達。

 白服との接続。

 黒側残存戦力の整理は私がやる……」


「マリスさん……」


「代表はユーリス」


いつもの声。


だが、

その位置は揺るがない。


「私は補佐。

 さっきも言った……」


ユーリスの息が、

少しだけ整う。


「……お願いします」


マリスは頷かない。


ただ、

前を見る。


その横で、

ミリカが腕を組む。


「で?

 どっちがどっちに突っ込む? ……」


セレスが即座に言った。


「貴様に発言は許していない」


「こいつ……!」


ミリカの尻尾が膨らむ。


だが、

セレスは相手にしない。


「やめろ……どっちもな?」


俺は二人の間に入り、

二人を見た。


「それとも……セレス、

 もう一度ここで俺とやり合うか?」


空気が、

止まった。


白い火が、

ゆらりと揺れる。


周囲の白服達が、

一斉にこちらを見る。


「……」


セレスの視線が、

静かに俺へ向く。


怒気はない。


だが、

温度もない。


「脅しか?」


「確認だ」


俺は視線を逸らさない。


「今ここでやり合えば、

 進軍どころじゃなくなるがな……」


「……」


「どうする?」


短い沈黙。


白い火だけが、

静かに音を立てる。


セレスは、

しばらく俺を見ていた。


それから。


「くだらん戯言に構う暇はない」


小さく吐き捨てる。


断罪でも裁定でもない。


周囲の緊張が、

わずかに緩む。


ミリカが、

俺の後ろから顔を出した。


「エアにビビってるにゃ〜?」


「調子に乗るな、にゃぁにゃぁ娘」


「ッにゃ!?

 ……言っていない!!」


ミリカが腕を組む。


「結局……あたしらは、どっち行く……」


あたしら……?


“ら”ってなんだ……。


「第三だ」


セレスが即答する。


だが――


「……ふん、それは最悪」


ミリカの声が、

少し低くなった。


空気が変わる。


さっきまでの軽口じゃない。


「理由は」


セレスが即座に返す。


ミリカは、

少しだけ耳を伏せた。


「……第四、獣人多い」


白服達の空気が、

僅かに張る。


「機動班も、

 前衛も、

 かなり残ってる」


「何故分かる」


「元々あたしは第四」


その一言で、

場の空気が変わった。


白服達の目が、

一斉にミリカへ向く。


敵意。


警戒。


だが、

ミリカはもう慣れているみたいに、

面倒そうに耳を掻いた。


「正確には“だった”だけど」


「……」


「第四の連中、

 血の気が多い……。

 数で突っ込ませても、

 火も飛び越えて殴り合いになる……」


カイナが前に出る。


「セレス様と幹部がいない主力では、

 接近は不利か……」


ミリカは肩を竦める。


「たしかに、

 あんたらの火はおっかない……。

 けど、追い詰められた獣人がどう出るかはよく知ってるはず……」


その言葉に、

周囲が静まる。


「白服相手なら、特に……」


ミリカの声が、

そこで少しだけ低くなる。


「それに、

 馬鹿なやつが多い……。

 強い相手が入れば戦いたがる……」


短い沈黙。


セレスは、

戦力図を見下ろしたまま動かない。


やがて。


「いいだろう……。

 第四は、私が潰す」


静かに言った。


「レイヴァルト。

 選抜を」


「はっ」


「カイナ、

 貴様もエアに同行しろ」


カイナが頷く。


「了解」


セレスの指が、

第三陣営を示す。


「第三は予定通り、

 主力を投入」


そして、

視線がユーリスへ向いた。


「ユーリス。

 貴様が指揮しろ」


「……はい」


ユーリスは、

震えながらも頷いた。


「第三を固定し、押し潰せ」


「第四はこちらで焼く」


白い火が、

大きく揺れる。


「これで終わらせる」


その一言で、

中央陣が動き出した。

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