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第144話:異物達


「……」


白い火が、

静かに揺れている。


再編された陣。


負傷者搬送。


詠唱隊再配置。


下級の信徒達は、

すでに次の攻勢準備へ入っていた。


誰も迷わない。

誰も止まらない。


本来なら、

それで十分だった。


「……」


セレスは、

燃える戦場を見ていた。


主の火。


祈り。


秩序。


いつもなら、

それだけで心が静まる光景。


なのに――


胸の奥に、

小さな棘のようなものが残っている。


何故、止めた。


(私は…何故あそこで火を止めた?)


思考が、

そこへ戻る。


獣人。


他陣営。


敵性存在。


しかも、

エアの背後。


本来なら、

焼いて終わりだった。


迷う理由などない。


実際、

火は向けた。


排除しようとした。


それなのに――


「……」


指先が、

わずかに動く。


最後で、

止めた。


周囲の者達も、

気付いていた。


だからこそ、

空気が揺れた。


以前の私なら。


敵を庇う者ごと、

まとめて焼いている。


獣なら尚更だ。


異端。


外。


不要物。


火の外にあるもの。


「……」


だが。


脳裏に残る。


赤い火。


あの男の背。


迷いなく、

獣人の前へ出た姿。


そして――


『こいつは、ミリカだからだ』


小さく、

目を閉じる。


(これは、なんだ…?)


理解できない。


合理ではない。


説明もつかない。


それでも。


胸の奥だけが、

妙にざわついている。


「セレス様?」


その時。


後方から、

レイヴァルトの声。


「……再編完了しました」


白い火が、

再び揺れる。


セレスは、

ゆっくり目を開いた。


感情は、

もう消えている。


少なくとも、

外側からは。


「……進軍準備」


淡々と告げる。


「次は、こちらから押し潰す」


その声は、

いつも通りだった。


命じる者の声。


迷いを許さない、

白の声。


けれど。


白い火の奥底で。


小さな揺らぎだけが、

まだ消えていなかった。


「……」


ーーーーー


俺は……何を見た?


カイナは、

少し離れた位置から、

白い戦場を見ていた。


再編は終わっている。


負傷者搬送。

詠唱隊再配置。

壁形成。

火力維持。


もう次の攻勢準備へ移っていた。


いつも通り。


完璧な速度。

完璧な統率。


そのはずだった。


なのに、

一つだけ。


明らかに、

場にそぐわないものが混ざっている。


視線の先。


エアの後ろ。


ミリカ。


あり得ない。


あのセレスが、

見逃した。


それだけで、

前代未聞だった。


だが、

当人達はそんなことなど関係ないように立っている。


エアは白の中心で、

いつもと変わらない顔をしている。


ミリカも、

当然みたいにその後ろにいる。


さらに横では、

ユーリスがまだ騒いでいた。


「だからきっと熱かったんですって〜!」


「分かったから落ち着け……」


「落ち着いてます!」


「いや、元から俺はだなぁ……」


戦場とは思えない。


白服の本隊ど真ん中で、

何故あんな空気になる。


「一体何が起きている……」


セレス。


彼女が、

火を止めた。


あれが、

一番理解できなかった。


ミリカへ向いた火。


あの瞬間、

確かに処分する流れだった。


周囲の者も、

誰一人疑っていない。


当然だ。


獣人で、

尚且つ敵陣営。


火の外にいる者。


焼く理由しかない。


なのに――思い出す。


『……チッ』


わずかに聞こえた。


あの音。


小さな、

舌打ち。


聞き間違いではない。


背筋が、

少し寒くなる。


セレスが、

感情で舌打ちした。


しかも、

命令違反でも、

敵への怒りでもない。


“止めた自分自身”に対して。


「……」


視線が、

自然とエアへ向く。


赤い火。


白を押し返した異質な炎。


洗礼もなしに、

加護へ干渉した男。


それだけでも十分おかしい。


けれど、

本当に異常なのは、

あの力そのものではない。


あいつ自身だ。


ミリカを庇った。


迷いなく。


陣営でも。

種族でも。

損得でもない。


ただ、

“ミリカだから”。


「きっと……理解できないのだろうな…」


小さく漏れる。


俺も、

アイツのすべてがわかるわけじゃない。


それでも。


普通、

そんな理由で人はあそこまで危険を冒して動かない。


特に、

白の中では。


まして、

セレスの前では。


「……」


ミリカの方を見る。


尻尾を揺らしながら、

まだエアの後ろにいる。


逃げる気がない。


あれだけ火を向けられて、

それでも離れない。


ユーリスも同じだ。


怖がってはいる。


それでも、

離れない。


まるで、

最初からそこが自分の場所みたいに。


「相変わらず……変な奴らだ」


本当に。


全部がおかしい。


白服。

無色。

獣。

混合。


本来、

絶対に噛み合わない。


混ざれば濁る。


そう判断され、近づけば弾かれる。


それが普通だ。


なのに――


あの中心だけ、

妙に自然だった。


「カイナ」


声。


振り向く。


レイヴァルトだった。


「監視を継続しろ」


短く。


「セレス様が許可された以上、

 あの獣も含めて監視対象だ」


「……了解」


反射で返す。


だが。


レイヴァルトも、

少しだけ視線を細めていた。


その先。


エア達を見る。


「……」


短い沈黙。


それから。


「妙な空気だ」


ぽつり。


珍しく、

感想みたいな言葉だった。


「……そうだな」


思わず、

同意してしまう。


「あいつも、セレス様も……」


「?……。

 レイヴァルト、お前……」


その瞬間。


遠くで、

再び白い火が上がった。


次の戦線が、

もう動き始めている。


それでも。


意識だけは、

妙にあの異物達から離れなかった。


本当に。


小さく、

心の中だけで思う。


(何なんだ、お前は……)


ーーーーー


白服達が、

道を空ける。


だが。


視線だけは、

ずっとこちらへ刺さっていた。


警戒。

敵意。

困惑。


中には、

露骨に嫌悪を隠さない者もいる。


当然だ。


無色。

獣人。

混合。


本来なら、

白の中心を歩いていい並びじゃない。


「……なんだ?」


俺は振り返る。


「いや……」


ユーリスが困った顔をする。


「めちゃくちゃ見られてます……」


「あぁ、気にするな」


「無理ですよぉ……!」


声が少し裏返る。


その横。


マリスが、

半歩後ろを歩いていた。


いつも通り、

表情は薄い。


けれど、

目だけは周囲を拾っている。


白服の配置。

火の揺れ。

視線の向き。


沈黙の中にある敵意まで。


「……見られているのは事実」


淡々と。


「気にしない方が難しい……でも、気にしても意味はない……」


「マリスさんまでぇ……」


ユーリスが小さく肩を落とす。


それでも、

足は止まっていなかった。


小さく息を吸う。


前を見る。


白い火。


その中心。


セレスへ向かう。


「……でも」


ユーリスが、

杖を握り直す。


「私が行かないと」


小さい声。


それでも、

はっきりしていた。


「ちゃんと話さないと駄目ですから……」


最初に前へ出ていた黒側の男は、

もういない。


負傷したのか、

後方に下げられている。


だから今、

ユーリスが前に出る。


「……」


少しだけ横を見ると、

震えていた。


怖がっているのも分かる。


前なら、

多分ここまで来れていない。


すぐに俺の真後ろに隠れたはずだ。


白服の視線だけで、足が止った。


「……代表として、か」


「っ……はい」


小さく頷く。


その返事は、

前よりちゃんと前を向いていた。


混ざりもの。


そう呼ばれて、

俯いていた頃とは違う。


まだ弱い。


怖がりだ。


けれど――

逃げなくなった。


「……なら、最後まで行け」


短く言う。


ユーリスが、

少しだけ目を丸くする。


それから、

小さく笑った。


「はい……!」


その瞬間。


マリスが、

ほんの少しだけユーリスの横へ出た。


前ではない。


代わりに立つわけでもない。


ただ、

隣に並ぶ位置。


「……言葉に詰まったら、補う」


短く言う。


ユーリスが、

驚いたように見る。


「マリスさん……」


「代表はユーリス」


マリスは前を見たまま続ける。


「私は補佐」


それだけ、

余計な言葉はない。


だが、

その一言でユーリスの肩が少しだけ落ち着いた。


「……はい」


小さく頷く。


その後ろで。


ミリカは、

俺の後ろを歩きながら、

白服達を睨み返していた。


毛を逆立て、

尻尾がわずかに膨らんでいる。


「見るなら見るで、

 文句あるなら来ればいいにゃ」


「やめろ。

 面倒な視線が増える」


「もう増えてるにゃ」


即答。


「……それはそうですねぇ……」


ユーリスが乾いた笑いを漏らす。


「……非効率」


マリスがぽつりと言う。


「何がだ?」


「…睨み返すこと」


「うっさいにゃ」


「でも…効果はある」


「あるのかよ……」


思わず返す。


マリスは頷かない。


ただ、

白服達の目線を見ている。


「近づく者は減っている…」


「確かに、…にゃ?」


「ッ!?

 『にゃ』なんて、言ってない……」


俺達は、

白服達の間を、

そのまま進む。


ユーリスが前。


その半歩横にマリス。


俺は隣に立ち、

後ろにミリカ。


白の中に、

黒と獣が混ざって進む。


周囲の火は冷たい。


視線は鋭い。


それでも、

足音だけは止まらない。


その先に。


ただ、白い火だけが、

静かに揺れていた。

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