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第143話:赤と白


「……」


燃える腕を見たまま、

一瞬だけ意識が沈む。


遠い時間。


森。


村。


黒いもや。


止まらない巨体。


リヒト。


ナハト。


あの時――


俺は、

全部を燃やした。


身体も、血も、骨も。


俺という形全てだ。


火が俺を作り、

俺が火になった。


あれは、…最後の火だった。


「……」


だが、

今は違う。


燃えていない。


削れていない。


俺が燃料になっている感覚がない。


むしろ――


火が、

俺を押し上げている。


背中を押すみたいに。


身体の奥から、

力を繋ぎ直すみたいに。


この時代。


この世界。


火に、

余計な意味が乗っている。


神話。

信仰。

象徴。


それが、

俺の火を変えている。


「厄介だが……今は……」


小さく吐く。


今は、

この力が役に立つ。


使えるのなら、

使うだけだ。


「行くぞ」


槍を握る。


腕の火が、

一段強くなる。


オルドが歯を見せた。


「……まだ上があんのかよ」


ザハクが低く構える。


「来る……」


「……あぁ」


一歩。


踏み込む。


地面が砕ける。


今度は、

俺の足元が。


「ッ――!?」


オルドの拳が来る。


真正面。


受ける。


弾く。


押し返す。


「ぐっ……!?」


オルドの腕が跳ねる。


その隙に、

ザハクが入る。


低い。


速い。


だが――


「見える」


槍を返す。


拳をずらし、

柄で胸を押す。


「ッ……!」


ザハクが下がる。


二人の間に隙間ができた。


「悪いが」


槍を回す。


火が尾を引く。


「まだ、火加減が掴めなくてな……」


二人が同時に動く。


俺は一歩前へ出る。


受けない。


二つの間へ入る。


槍を横に走らせる。


「…退け」


轟音。


赤い火が、

二人の間で爆ぜた。


オルドとザハクの身体が、

左右へ弾き飛ばされる。


地面を削りながら、

二人が初めて距離を取った。


――その瞬間だった。


「やべぇ!!

 来たぞォォ!!」


防衛線の向こう側で、

誰かの絶叫が響いた。


次の瞬間。


ゴォオオオオオ――


地平を舐めるように、

白い火が広がった。


「ぎゃああああッ!!」


悲鳴。


飲まれる。


逃げ遅れた前衛が、

白い奔流に呑み込まれていく。


火が走る。


爆ぜる。


吹き飛ぶ。


土壁が、

まとめて崩れた。


進軍だ。


白で統一された列。


祈りの声。

詠唱。

重なった光。


それら全部が、

一つの“火の波”みたいに迫ってくる。


倒れた敵も、味方も。

区別なく白に呑まれていく。


地面が、

白く染まる。


空気が、

焼ける。


戦場そのものが、

押し潰され始めていた。


「な……」


オルドの声が止まる。


ザハクも、

初めて後方を見た。


そこにあったのは、

軍勢じゃない。


災害だ。


白い炎の海。


その中心を、

セレスが歩いてくる。


焼けた服。


崩れた防衛線。


吹き飛んだ敵味方。


その全てを踏み越えながら、

真っ直ぐこちらへ。


白い火が、

周囲を揺らしていた。


「主の敵を全て燃やせ」


低い声。


だが――

戦場全体へ響く。


次の瞬間。


白服たちが、

一斉に火を灯した。


轟ッ――!!


空が、

白く染まる。


「……おいおい」


パコダが、

珍しく笑みを消す。


「なんだよ、これ……」


ミリカの耳が伏せられる。


本能が、

危険を叫んでいた。


俺は、

燃える腕を握る。


赤い火。


迫る白。


世界そのものが、

軋み始めるような光景。


セレスが、

ゆっくり顔を上げる。


視線が、

まっすぐこちらへ刺さる。


そして――

初めて、眉が動いた。


「貴様というやつは……。

 加護の洗礼もなく、それを扱うか…」


小さく。


誰にも聞こえないほど、

低く落ちる。


俺は、

燃える腕を見下ろしていた。


「……」


火が、

まだ脈打っている。


静かに。


生き物みたいに。


「……チッ」


オルドが舌打ちする。


迫る白の波を見ながら、

肩を回した。


「さすがに、あれと真正面からぶつかるのは御免だぜ……」


ザハクも、

ゆっくり拳を下ろす。


「一度退く……」


短く。


「ここに入れば巻き込まれるぞ……」


パコダが、

珍しく真顔で頷いた。


「ミリカ!

 お前も戻れ!」


だが…。


「やだ」


「はぁ!?」


ミリカは、

俺の後ろへ回る。


尻尾を逆立てたまま、

白服を睨んでいた。


「アタシは、こっちに居る……」


「いや、お前なぁ!?」


パコダが頭を抱える。


だが、

もう止める時間もない。


白い火の波が、

すぐそこまで迫っていた。


「行くぞ!」


オルドが叫ぶ。


三人が後退する。


その直後だった。


「エアァ〜!」


声。


後方。


振り向く。


崩れた防衛線の向こうから、

ユーリスが全力で走ってきていた。


「助かりましたぁぁ!!」


涙目。


半泣き。


俺から距離を取れと言われていたことなんて、

完全に忘れている。


「死ぬかと思いましたぁ〜!」


そのまま、

勢いよく飛びついてきそうな勢い。


俺は慌てて火を収める。


「ま、待て待て!」


俺は片手で止めようと手を上げた。


だが、

その手を掴まれた。


「熱いぞ?」


ジュ……ッ。


「あっつ〜〜〜!?」


ユーリスが飛び退く。


「大丈夫なんですか!?!?」


「いや、お前だ」


「平気ですけど!

 燃えたあとってこんなに熱かったんですか!?」


ミリカが、

少しだけ耳を揺らす。


「……うるさい」


だが、

口元は少し緩んでいた。


その時だった。


白い火の一つが、

軌道を変えた。


「……!?」


狙いは、

俺じゃない。


背後。


ミリカ。


「――ッ!?」


考えるより先に、

身体が動いた。


前へ出る。


白い火と、

ミリカの間へ。


赤い火を流す。


衝突。


白が歪み、

空中で弾け飛んだ。


熱風が抜ける。


「……エアッ」


背後で、

ミリカが息を呑む。


「下がってろ…」


短く言う。


「やだ」


即答。


前を見る。


「おい……」


セレスが、

静かにこちらを見ていた。


白い火が、

その周囲で揺れている。


「……他陣営の者を背後へ置くな」


低い声。


「戦場であれば、貴様は死んでいる」


「……」


「その娘が獣であろうと、

 信徒でなかろうと関係ない」


白い火が、

さらに灯る。


「敵は排除する」


空気が沈む。


周囲の白服たちも、

一切迷わない。


白い火が、

一斉にミリカへ向きかける。


「ッ……!」


ミリカの耳が伏せられる。


だが、

退かない。


俺の後ろで、

爪を立てた。


「セレス……やめさせろ」


セレスの火だけが、

妙に強い。


「……また庇うのか」


ぽつりと落ちる。


感情の薄い声。


だが――

火が揺れていた。


「そこまでして、何故それを残す」


「こいつは、ミリカだからだ」


一瞬だけ。


セレスの白い火が、

強く脈打った。


その瞬間。


ボゥッ――!!


セレスの白い火が、

一瞬だけ弾けた。


周囲の空気ごと、

裂くみたいに。


「ッ!?」


白服たちが、

思わず身構える。


火は膨れ上がる。


今にも、

ミリカへ向かいそうなほどに。


だが――


「……」


セレスは、

動かなかった。


白い火だけが、

荒れている。


揺れている。


何かを吐き出しかけて、

それでも止めているみたいに。


ミリカの耳が伏せられる。


それでも、

俺の後ろから動かない。


「……チッ」


あり得ない音が、

聞こえた。


小さく。


(セレスが舌打ち……だと……?)


あのセレスが……。


次の瞬間。


白い火が、

ふっと消える。


熱だけを残して。


「「「……?」」」


周囲の白服たちが、

戸惑った顔を見せる。


セレスは、

もうミリカを見ていなかった。


背を向ける。


白い外套が、

火の中で揺れる。


「三列、前へ」


低い声。


「崩れた防衛線を再構築しろ」


白服たちが、

即座に動く。


「二列の詠唱隊は後退。

 火力を維持したまま包囲を狭めろ」


白い火が、

再び波みたいに動き出す。


「負傷者は後方へ回せ。

 攻勢を止めるな」


誰も逆らわない。


災害みたいだった白の波が、

再び“軍”として形を取り戻していく。


その中で。


セレスだけが、

一度だけ振り返った。


視線は、

真っ直ぐ俺へ。


「……その獣人」


静かな声。


「敵性存在であるなら、

 本来ここで焼くべきだ」


「……」


「だが」


白い火が、

その背で揺れる。


「貴様がそこまで庇うなら、

 貴様が責任を持って監視しろ」


低く落とす。


「敵性を示せば、その時は処分する」


それだけ言うと、

セレスは完全に背を向けた。


白い火の海の中心へ、

再び歩き出す。


周囲の白服たちも、

もうミリカを狙わない。


ただ――


何人かは、

明らかに納得していない目で、

こちらを見ていた。

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