第142話:火の意味
次の瞬間。
蹴りが来た。
空中で、
さらに身体を捻っている。
こちらの体勢は直せない。
「ッ!」
槍を背中に通す。
間に合う。
だが――重い。
ガァンッ!!
蹴りと槍がぶつかる。
衝撃。
火が乱れる。
姿勢が崩れ、
蹴り落とされた。
「ぐっ……!」
身体が下へ落ち、
そのまま地面へ。
「ッ――!」
土煙。
手と膝。
体全部で、
受け身を取る。
「……お前もか」
「悪いな、手加減なんてしねぇぜ?」
パコダが着地する。
軽い。
「さすがにあの飛び方見たあとで、
好きに飛ばせるわけねぇだろ?」
笑う。
いつもの調子に近い。
けど、
構えは本気だった。
「オルド!」
「おう!」
「ザハク!」
「分かっている」
三方向。
拳。
拳。
蹴り。
全員、
土属性強化。
俺を殺す気はない。
だが――本気だ。
「……」
槍を構える。
「……めんどくせぇ真似しやがって」
パコダが笑う。
「それは、こっちの台詞だっての!」
次の瞬間。
三人が、
同時に来た。
「……ッ」
槍を回す。
オルドの拳を弾き、
ザハクの踏み込みをずらす。
だが、上。
パコダの蹴りが来る。
速い。
「ッ!」
受ける。
衝撃。
身体が沈む。
その時。
横から、
風が裂けた。
「そこ……どけぇええ!!」
高い声。
ミリカだ。
「……」
視界の端で、影が跳ねる。
次の瞬間。
ミリカの蹴りが、
パコダの横腹に入った。
「ぐぇッ!?」
パコダが吹き飛ぶ。
「ッいってぇ〜!?……ミリカ!?」
オルドが叫ぶ。
「お前、何して――」
「うるさい……」
ミリカは着地する。
低く。
獣みたいに。
尻尾が逆立っている。
こっちを見ていない。
だが、見ている。
「エアは……私の…」
「いや、お前こっち側だろ!?」
「知らない……」
すかさず、迷わずいい切った。
「陣営とか、白とか黒とか、知らない……」
ミリカは一度だけ、
俺を見る。
泣いてはいない。
でも、怒っているような顔だ。
「私は、こいつの味方……」
「……」
言葉が止まる。
「……前にあんなこと言われてもか?」
パコダが起き上がりながら言う。
ミリカは歯を見せた。
「言われた……」
短く。
「痛かった……」
少し俯く。
だが、
すぐに視線を戻した。
「でも、知ってる……エアは……」
空気が止まる。
「白になっても……ひどい言葉を言っても……。
エアは、エアのまま……」
「……」
「エアの本当は、もう、知ってる……」
ミリカは、
少しだけこちらを見た。
その瞳には、
決意に似た光が見えた気がした。
「コイツは、アタシのオスにゃ!!
だからアタシは……どこに居てもコイツの味方にゃ!!」
オルドが頭をかく。
「おいおい、マジかよ……」
ザハクが低く息を吐く。
「猫族の女は厄介だな……」
「うっさい……!」
ミリカは構える。
「犬っころには関係ない……!!」
その言葉に、
ザハクとオルドの耳が少しだけ動いた。
「犬……?」
「だと……?」
空気が止まる。
次の瞬間。
「誰が犬っころだ……メス猫が」
ザハクの声が低く落ちた。
殺気が増す。
地面が、
わずかに沈む。
「おいおいおい、
言っちまったな!、ミリカぁ!!」
オルドが笑う。
だが、
目は笑っていない。
耳が立っている。
完全に入った。
「子猫言葉のガキが調子乗ってんじゃねぇぞ!」
「こ、子猫……!?」
即座に言い返す。
ミリカの尻尾が、
さらに膨らむ。
「脳筋犬っころ!!」
「ンだとぉ!?」
オルドが踏み込む。
爆音。
地面が砕ける。
だが――
「うにゃあああああ!!」
ミリカが先に飛び出した。
一直線。
速い。
腕当てと足当てが反射して、
まるで閃光。
獣そのものみたいな踏み込み。
なのだが…。
パコダの耳が跳ね上がる。
「ちょ!?、お前こっち来んの!?」
ミリカは止まらない。
「うるさい!!、
サイズが丁度いいにゃ!!」
回し蹴り。
パコダが慌てて跳ぶ。
風圧が頬を掠める。
「うぉっ!? 危ねぇ!!」
「逃げるにゃ!!」
「いやいやいや!?
おかしいだろぉ!」
さらに追う。
爪。
蹴り。
低空から跳ね上がる連撃。
完全にパコダ一直線だった。
「エア!、そっちは任せるにゃ!!」
戦場なのに、
妙に騒がしい。
「……」
俺は槍を構え直す。
その正面。
オルドとザハク。
二人とも、
すでにこっちを見ていた。
オルドが肩を回す。
「っち、これだから猫は。
あ〜あ……ムカつくぜ……」
ザハクが低く言う。
「仕切り直しだ。
お前で鬱憤を晴らすぞ、エア……」
そして。
二人とも、
構え直す。
視線が変わる。
完全に戦闘の目。
「じゃあ、続き行くぞおらぁ!!」
オルドが笑う。
「今度は邪魔入らん……」
「仕方ねぇなぁ……来いよ、犬ども」
その瞬間。
二人が、
同時に踏み込んだ。
地面が砕ける。
「……ッ!」
槍で受ける。
重い。
さっきよりも、
さらに圧が増している。
オルドが笑う。
「どうしたぁ!!
押されてんぞ!!」
真正面。
力任せ。
だが、
その力が異常だ。
強化で、
踏み込みそのものが重い。
「……っ」
横。
ザハク。
最短。
無駄がない。
「遅い……」
低い声。
拳が脇腹を掠める。
衝撃。
身体が浮く。
「ぐっ……!」
その瞬間。
オルドがさらに踏み込む。
「がら空きだ!!」
拳。
直撃。
ガァンッ!!
槍で受ける。
「ッチ!!
今のでもかよ!?」
だが、
返せない。
受け切れない。
地面を削りながら、
数メートル滑る。
「……やりづらい」
分が悪い。
狩りなら、
殺せる。
だが、
そういうわけにもいかない。
一対一なら、
まだいい。
だが、
こいつらは連携する。
止まらない。
しかも、
こっちを危険だと理解した上で、
最初から全力だ。
「逃がさん……」
ザハクが低く落とす。
踏み込み。
空気が沈む。
オルドも笑う。
「今度は飛ばせねぇぞ!!」
次が来る。
二方向。
同時。
「……」
小さく息を吐く。
その瞬間。
頭に浮かぶ。
白い火。
セレス。
自分を焼きながら、
無理やり力を引き上げていた姿。
「……真似くらいなら、できるか?」
ぽつりと落とす。
槍を握る。
火を流す。
槍じゃない。
今度は――身体。
腕。
肩。
胸。
火を巡らせる。
「……ほう?」
熱。
だが、
焼けない。
火が、
身体に馴染む。
それだけじゃない。
「なっ……?」
オルドの目が揺れる。
赤い火が、
俺の腕を這っていた。
皮膚の下を流れるみたいに。
「おい、それ……!」
ザハクが止まる。
空気が変わる。
「……やっぱ、こうなるか」
燃える腕を見る。
小さく呟く。
火が、
脈打っていた。
この世界では、
火の意味が変わっている。
神話。
象徴。
信仰。
積み重なった“意味”が、
火に重さを与えている。
そして――
俺は、
その中心にいる。
「……面倒だ」
次の瞬間。
オルドが踏み込む。
「あ?、知るかぁ!!」
拳。
全力。
真正面。
だが――
「どうした?、
今さら手加減か?」
「っな!?」
今度は、
押されなかった。
槍で受ける。
そのまま――押し返す。
轟音。
オルドの身体が、
逆に弾かれる。
「ッッ!?」
地面を滑る。
ザハクが横から入る。
速い。
だが、見える。
「……」
最短で槍を返す。
ガァンッ!!
拳を弾く。
ザハクの体勢が、
初めて崩れた。
「なに……?」
低く漏れる。
俺は火の宿った腕を見る。
燃えている。
「……妙な感じだ」
火が、
身体に馴染み始めていた。
周囲のざわめきが、
一拍遅れて広がる。
敵も。
味方も。
押し込んでいたはずの連中も。
誰もが、
一瞬だけ動きを止めていた。
「……なんだよ、それ」
オルドが低く漏らす。
さっきまでの笑みは、
少しだけ消えている。
ザハクも、
拳を下げないまま目を細めた。
「白服の術ではないな……」
短く。
「土の強化でもない」
「……」
ミリカの方を見る。
パコダと睨み合ったまま、
こちらを一瞬だけ見ていた。
耳が揺れる。
不安ではない。
信じている目。
「……はぁ」
なら、
止まる理由はない。
槍を握り直す。
腕の火が、
静かに揺れた。
「悪いが」
一歩、
前へ出る。
「ここから先は、加減できる保証はない」
その瞬間。
腕の火が、
一段強く脈打った。




