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第140話:非合理な転進


轟音。


第二陣営。


即席で作られた砦の壁が、

内側から崩れ落ちる。


「退けぇぇぇッ!!」


火。


白。


爆ぜる熱。


「ぐあああッ!?」


敵が吹き飛ぶ。


土煙。


火花。


悲鳴。


だが――

白は止まらない。


「前列替え!」


レイヴァルトの声。


即座に、

白服が入れ替わる。


火は切れない。


前へ。


前へ。


ただ押し潰す。


「……」


俺はその最前を走る。


敵の術式。


火。


風。


土。


水。


飛んでくる。


だが――届かない。


消えるか、

より大きな火に飲み込まれるかだ。


「なんなんだよ、アイツ……!?」


敵側の声。


混乱。


恐怖。


「怯むな!!

 数で――」


言い切る前に。


火が落ちる。


轟音。


視界が白く染まる。


「制圧完了」


セレス。


担がれたまま、

前を見る。


文字通り、

人の上に立つような光景だった。


第二陣営の拠点は、

完全に壊滅している。


白旗が上がる。


「第二陣営、棄権する!!

 負傷者を下げろ!!」


それで終わりだった。


拠点だけじゃない。


火に焼かれて、

陣営そのものが折れている。


「……」


だが、

白服達は止まらない。


すでに動いている。


壁形成。

術式配置。

迎撃準備。


全部が速い。


「……」


その時。


後方から、

一人の白服が走ってきた。


息が荒い。


「防衛線より報告!!

 敵集結数、想定以上とのこと!!」


空気が、

わずかに変わる。


「残存陣営が共闘!!

 防衛線が押されています!!

 我々の拠点は崩壊寸前!!」


「……」


白服達が、

無言でセレスを見る。


セレスは、

動かない。


「距離は、ここから全速でも数分……長いな」


即答。


感情がない。


事実だけ。


「……」


レイヴァルトが、

わずかに目を細める。


「防衛線は持つか?」


「崩れる可能性の方が高いかと」


報告役が答える。


「……ですが」


言い淀む。


「まだ完全には――」


「構わん」


セレスが遮る。


「……」


空気が止まる。


「予定を変更する」


静かに。


「防衛線は切り捨てる」


「――ッ」


カイナが息を呑む。


「現在、防衛線に敵主力が集中している」


セレスは続ける。


「ならば、その間に空いた二拠点を即座に落とす」


合理。


完全に。


「防衛戦力で摩耗した敵を、

 帰還後にまとめて焼けばいい」


「……」


誰も反論しない。


正しいからだ。


「奴らは時間を稼ぐために置いた」


淡々と。


まるで道具みたいに。


「その役割を果たせば十分」


「……」


白服達の空気は揺れない。


当然の話として、

受け入れている。


「ですが、よろしいので?」


報告役が、

わずかに迷う。


「防衛線には、まだ相当数の――」


「中央の信徒ではない」


セレスが即答する。


冷たい。


「恐怖で崩れる者に、期待するのは愚かだ」


「……」


「所詮は我らの模倣。

 最初から戦線維持などは不可能」


それだけ言って、

前を見る。


もう、

終わった話だった。


「第三、第四陣営へ進軍。

 迎撃は無視。

 最短で落とす」


白服達が、

一斉に動き出す。


迷いがない。


「……」


(話が違う…)


俺だけが、

動かなかった。


「……エア?」


カイナが見る。


俺は後方を見ていた。


遠い。


だが…まだ火が見える。


術式。

煙。

崩れかけた流れ。


「……間に合わん」


セレスが言う。


俺へ向けてではない。


ただの事実として。


「ここから戻る頃には、

 防衛線は落ちている」


「……」


頭では分かっている。


合理だ…、正しいのだろう…。


でも。


「……ユーリスがいる」


小さく漏れる。


「……」


レイヴァルトが、

横目で見る。


セレスは、

無言。


「……」


次の瞬間。


俺は踏み出した。


前じゃない。


後方へ。


「おい!! 勝手に動くな!」


カイナが声を上げる。


だが、

止まらない。


「……何をする」


レイヴァルト。


静かに問う。


「戻る」


「無意味だ」


セレスがすぐに答える。


「崩れた防衛線は、

 後で奪い返せば済む」


「知るか……」


俺は振り返らない。


白服達の空気が、

わずかに揺れる。


ーーーーー


「……」


命令違反。


普通なら、

止める。


戦線維持を乱す者など、

切り捨てればいい。


合理ではない。


まして今は、

最短で第三、第四陣営を落とす局面。


戻る価値など、

存在しない。


「……」


だが。


セレスは、

エアの背を見る。


止まらない。

振り返らない。

迷いもない。


(……また、それか)


胸の奥で、

小さく呟く。


合理ではない。

効率でもない。


ましてや勝利のためでもない。


それでも、

あの男は動く。


守ると決めたものへ。


敵でも。

味方でも。


白でも黒でも。


そこにいるなら…守る。


「……」


指が、

わずかに動く。


脳裏を過ぎる。


熱。


静かな夜。


暴走しかけた火。


触れられた感覚。


“止められた”。


あり得ないはずだった。


加護の火へ、

外から触れるなど。


なのに、

あの男は迷いなく触れてきた。


火へ。


自分の奥へ。


まるで、

最初からそこに届くことが当然みたいに。


「……」


理解はできない。


今でも。


だが――


否定だけは、

もうできなかった。


「……よかろう」


静かに落とす。


周囲の気配が、

わずかに揺れる。


「セレス様?」


「行かせろ」


短く。


「止めても無駄だ」


それは許可ではない。


命令でもない。


ただ、

エアという存在への結論だった。


「……」


槍を持ち直す。


天地逆。


白い火が、

刃へ集まる。


圧縮。


収束。


空気が軋む。


「セレス様? ……まさか」


「飛ばす」


短く返す。


「エア」


呼ぶ。


エアが、

初めて止まった。


振り返る。


「貴様なら死なんだろう……」


淡々と。


「以前、私の槍を耐えた」


火が脈打つ。


白熱。


「ならば――利用しろ」


「……」


エアが、

火を見る。


次に、

こちらを見る。


説明はない。


だが、

理解した顔だった。


「……なるほど」


小さく呟く。


「派手だな」


「時間がない。これなら間に合う。

 行くなら、一息で飛べ」


空気が張り詰める。


周囲の呼吸が、

止まる気配。


「……」


エアが、

槍を握り直した。


真正面。


白い火へ。


「……加減はするな」


「当然だ」


次の瞬間。


踏み込む。


槍から、

圧縮された火が爆ぜた。


轟音。


地面が砕ける。


一直線。


白い閃光が、

エアへ叩き込まれる。


普通なら、

風穴が開く。


だが――


「ッ!!」


エアは避けない。


真正面から、

寸分違わず槍を噛み合わせる。


接触。


爆圧。


火柱。


衝撃が、

周囲を吹き飛ばす。


火の中心。


エアの身体が、

空へ跳ね上がる。


押し潰されたのではない。


乗った。


爆発へ。


「……」


さらに。


空中で、

火が爆ぜる。


加速。


火球のように、

後方へ飛ぶ。


二度。


三度。


火を踏み台に、

空を駆ける。


(……本当に)


空を見上げる。


焼けた軌跡。


あり得ない軌道。


魔術ではない。


理解できる範囲を、

外れている。


「……異物め」


小さく呟く。


その姿は、

もう小さい。


それでも。


真っ直ぐ、

防衛線へ向かっていた。


「……本当に、人か……?」


誰かが、

後ろで漏らす。


返事はしない。


空だけが、

焼けた軌跡を残している。


「……」


理解はできない。


理論にも、

教義にも存在しない。


加護でもない。


術式でもない。


それでも、

あの男は“届こう”とする。


間に合わないと分かっていても。


勝算が薄くても。


守るためだけに。


「……非合理だ」


小さく呟く。


だが再び脳裏に浮かぶ…。


知らない景色。


夜。

森。

火。


そして、

誰かの背を追いかける感覚。


(……なんだ、これは)


知らないはずなのに。


胸の奥だけが、

妙にざわつく。


「セレス様」


レイヴァルトの声。


「第三陣営へ進みます」


「……」


まだ、

視線は空に残っていた。


遥か後方。


もう小さくなった、

異物の影。


「……予定を再変更する」


静かに落とす。


周囲の気配が止まる。


「防衛線へ戻る」


「――は?」


声が揺れる。


だが、

視線は動かさない。


「敵主力が集結しているなら、

 そこで焼き切る方が早い」


合理。


そうだ。


理屈は通る。


しかし


胸の奥のざわつきだけは、

まだ消えなかった。


「あの異物ですか」


小さく、

確認する声。


答えない。


ただ、

槍を持ち直す。


「了解しました……総員! 防衛線へ転進!」


短く。


「エアが開けた穴へ叩き込む。

 一気に焼き払う」


信徒達が、

一斉に動き出す。


火。


白。


沈黙。


その中心で。


セレスだけが、

ほんの一瞬だけ空を見た。


遥か先へ飛んでいった、

異物の背を。

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