第139話:防衛必至
白が、通り過ぎる。
正面。
一直線に。
止まらず、
崩れず、
ただ――突き抜けていく。
「……」
ユーリスは、それを見ていた。
言葉が出ない。
戦いではなかった。
蹂躙。
それも、
衝突ですらない。
通過だ。
「……あれが」
小さく漏れる。
「中央……正統光火教会……」
隣でマリスが、
何も言わずに見ている。
否定も、
肯定もない。
ただ、観測している。
「……」
遠く。
白の列が、
敵陣の中央を割る。
火が走る。
遅れて、
倒れる影。
悲鳴。
土煙。
焼けた臭い。
だが――
止まらない。
「……」
そのまま。
まるで、
最初から道があったみたいに。
一直線に、
正面の拠点へ向かっている。
「……」
ユーリスは息を吐く。
理解した。
「……時間、ないですね」
白は止まらない。
つまり――
敵も止まらない。
「……来る」
マリスが言う。
短く。
視線は、
白ではない。
別の方向。
「……」
ユーリスも見る。
横。
そして――後方。
散っていた各陣営。
さっきまで、
互いに噛み合っていなかった集団。
だが今は違う。
「……集まってる」
一つに。
流れが変わっている。
「白を追うんじゃない」
ユーリスが呟く。
「……こっちです」
拠点。
白が抜けた後。
拠点に残るのは――
「……私達だけ」
黒。
防衛必至。
「……合理的」
マリスが言う。
感情はない。
ただの結論。
「……弱い位置を先に潰す」
「……ですね」
ユーリスは小さく頷く。
視線を上げる。
距離。
数。
速度。
全部、見える。
「……」
一瞬だけ、目を閉じる。
さっきの会話がよぎる。
『――勝てばいい』
「……」
目を開く。
迷いは、消えていた。
「配置、組みます」
振り返る。
黒の面々。
ざわめいている。
理解は追いついていない。
だが――動かす。
「聞いてください!」
声を上げる。
初めて。
明確に。
「攻撃戦力はこのまま前進します!
こちらに戻るまで時間があります!」
ざわめきが止まる。
視線が集まる。
「その間に来ます!
全陣営が、ここを狙って!」
全陣営。
その言葉で、
一斉に空気が変わる。
「防御に徹してください!
突出は禁止!
迎撃は範囲で行います!」
「な、なんで俺らが――」
声。
そして不満。
「死にたくなければ従ってください!」
『死』
わざと言った。
一瞬。
空気が凍る。
「……は?」
誰かが漏らす。
「これは祭りです」
ユーリスは続ける。
声は冷静。
だが、
わざと落とさない。
「ですが、実戦形式です。
加減を間違えれば、怪我では済みません」
白の火。
焼けた影。
止まらなかった進軍。
全員、
見ていた。
「……」
言葉が刺さる。
「逃げたければどうぞ。好きに動いてください」
淡々と。
逃げ道を見せる。
だが――
「ただし」
視線を上げる。
全員を見渡す。
「ここが落ちた場合」
少しだけ、間を置く。
「あの人達に何をされるかは、保証できません」
ざわめきが、
質を変える。
恐怖。
想像。
白服。
沈黙のまま、
火を浴びながら進む異常集団。
「全陣営が流れてきます。
守りきれなければ、ただの敗北では終わりません」
言い切らない。
だが、
十分だった。
「「「「……」」」」
誰も反論しない。
できない。
「……」
マリスが横で、
わずかに目を細める。
(ユーリス……意図的)
理解している。
恐怖で、
無理やり統率している。
「……」
ユーリスは続ける。
「前列は第三階位以上で固定!
土適性の方は前へ!」
指を差す。
即座に配置を切る。
「水適性は後方支援!
負傷者は流れを止めてください!」
回復ではない。
循環制御。
出血。
熱。
暴走。
それを抑える。
「風適性は感知補助!
接近の度合いを知らせてください!」
ざわめきが、
少しずつ変わる。
恐怖から、
準備へ。
「詠唱は合わせて!
崩れたら終わりです!
絶対に線を維持してください!」
「……っ」
誰かが杖を握り直す。
別の誰かが、
震える声で詠唱を始める。
土が盛り上がる。
水が流れる。
風が巡る。
不格好だ。
白みたいに、
美しくない。
だが――
「……来る」
マリスが言う。
今度は、
はっきりと。
前を見る。
「左、第三陣営。
後ろにもついてる」
「……ええ」
ユーリスも杖を構える。
白とは違う。
揃っていない。
静かでもない。
悲鳴も、
恐怖もある。
それでも。
「守ります」
それだけ言う。
――次の瞬間。
平原の向こうから、
無数の術式が走った。
火。
風。
雷。
揃っていない。
だが、
数だけは多い。
「前列!!」
ユーリスが叫ぶ。
「土適性、固定!!
後列、詠唱開始!!」
黒服達が、
慌てて動く。
地面に杖を突き立てる者。
詠唱を噛む者。
震えている者。
白みたいにはいかない。
それでも――
「壁を上げろ!!」
地面が隆起する。
土壁。
高さも、
厚みもバラバラ。
直後――
術式が着弾した。
轟音。
火が弾ける。
風が壁を削る。
「ぎっ――!?」
一人が吹き飛ぶ。
「維持してください!!」
ユーリスが叫ぶ。
「崩さないで!!」
第二波。
間を置かず、
次が来る。
「うわぁッ!?」
熱風。
閃光。
土壁の一部が砕ける。
「水適性、右へ!!
熱を流して!!」
後方。
ネレイディアの少女が、
震える手を前に出す。
水が流れる。
火を消すのではない。
熱を逃がす。
焼けた空気を、
押し流す。
「っ……!」
倒れた生徒の呼吸が戻る。
皮膚の熱が引く。
完全には治らない。
だが――動ける。
「前に戻ってください!
まだ来ます!!」
ユーリスが止めない。
考えさせない。
動かし続ける。
「……」
マリスは、
その横で静かに前を見る。
敵陣。
術式の流れ。
前に出ている集団。
全部を観測している。
「右、崩れる」
「――!」
ユーリスが振り向く。
右側。
土壁が薄い。
そこへ――
獣人。
突っ込んできていた。
「うぉおおおッ!!」
速い。
地面を砕きながら、
一直線。
「止め――」
間に合わない。
そう思った瞬間。
「……沈んで」
マリスが、
小さく呟いた。
空気中の水分が、
一瞬だけ重くなる。
獣人の脚が沈む。
地面ではない。
身体の流れが、
止まった。
「ッ!?」
踏み込みが鈍る。
その一瞬。
「今です!!」
ユーリスが叫ぶ。
後列の術式が飛ぶ。
火。
風。
雷。
直撃。
「ぐぁぁッ!!」
獣人が吹き飛ぶ。
転がる。
土煙。
「……」
マリスは目を細める。
「来たら私が止める…でも一人じゃ完全には止められない…」
セレスほどじゃない。
エアほどでもない。
自分達の干渉は、
あくまで“魔術”だ。
「また来る」
マリスが言う。
短く。
今度は正面。
複数。
「前列、維持!!」
ユーリスが叫ぶ。
「突出しないで!!
線を保って!!」
「くそっ……!」
黒服の一人が、
杖を握り直す。
怖い。
全員、
分かっている。
白みたいには戦えない。
一歩間違えれば、
本当に大怪我になる。
それでも――
「下がるなぁッ!!」
誰かが叫ぶ。
術式が飛ぶ。
土壁が上がる。
風が巡る。
水が熱を逃がす。
不格好だ。
荒い。
統率も甘い。
だが――
「……」
ユーリスは前を見る。
遠く。
まだ、
白の火が見える。
一直線。
止まっていない。
「……エア」
小さく、
名前が漏れる。
無意識だった。
「……」
だが、
今ここに白はいない。
守るのは、
自分達だ。
次の瞬間。
第三波の術式が、
空を埋めた。




