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第138話:白の進軍


カツン


小さく、音が鳴った。


「……」


視線が、一瞬だけ集まる。


すぐに外れる。


だが――消えない。


違和感だけが、残る。


隣からカイナの視線。


「……なんだ?」


「いや……槍か、と思ってな」


「武具は禁止ではないんだろ?」


「ああ……まぁ、そうなんだが」


槍。


石を叩いた音。


それだけのはずだった。


だが、この場では――浮いていた。


「……」


周囲を見る。


白服。


大勢並んでいる。


距離もある。


だが――音が、ない。


足音も。

衣擦れも。


呼吸すら。


「……」


後方から、ざわめきが流れてくる。


学院の黒。


装具の音。

小声。

現実の音。


それが、はっきりと分かる。


「……」


前方。


遠い。


別の陣営。


動いている。


揃っていない、

乱れている。


「……」


その間。


ここだけが――切り離されている。


「……」


もう一度、槍を軽く動かす。


カン、と鳴る。


小さい。


だが――

はっきりと聞こえる。


この場で、それだけが音だった。


「……」


白服が並ぶ。


前衛。

中衛。

後衛。


誰も声を出さない。


そして、その中央。


空間が空いている。


そこに――セレス。


動かない。


槍を地に落とし、ただ立っている。


口が動く。


声は聞こえない。


だが、止まらない。


「……」


火が灯る。


ただ、現れる。


一つ。

また一つ。


空中に。


「……」


全員が息を吸う。


同時に。


「……」


一瞬。


完全な静止。


音はない。


だが、次の瞬間――

白が動いた。


空が裂け、閃光のあとに遅れて音が来る。


平原の中央。


高く、火が弾ける。


花火。


合図だった。


遠くで声が上がる。


足音が乱れる。


戦場が――開く。


「……」


だが、ここだけは違う。


静かだ。


切り離されたまま。


「……」


その静寂の中心で――

セレスが、口を開いた。


「火は我らに在る!」


まるで本当に重さを持っているような音だった。


それが、空気に沈むように広がる。


「揺らぐな!」


一言。


「焼け!」


短く、落とす。


「エンラの意は我らにあり!! 焼き尽くせ!!!」


全員が、理解した。


次の瞬間。

白が動いた。


相変わらず音はない。


だが――

地面が、揺れるような圧。


白が、割れる。


道が開く。


その奥から――台が現れる。


簡素な担架。


(なんだ……神輿?)


飾りはない、木製の担架にも見える。


「……」


その上に、セレス。


直立、微動だにしない。


槍を床に落としたまま。


ただ、立っている。


周囲の白服が、支える。


持ち上げ、“据えている”。


「……」


担がれる。


そのまま、前へ。


白の中心が、動き出す。


「……」


全員が同時に歩き出した。


一歩、また一歩。


すべてが揃う。


乱れない。


呼吸も、重心も、全てが一つ。


「……」


見上げる。


セレスの上。


光が灯る。


小さい。


圧縮された火。


球体。


揺れているのに、崩れない。


「……」


さらに一歩。


その瞬間。


速度が変わる。


徒歩から、早足へ。


誰も合図していない。


だが――揃う。


「……」


光が脈打つ。


強く。


一度。


次の瞬間。


走る。


白が。


一斉に。


音はない。


だが、速度だけが跳ね上がる。


「……」


火が生まれる。


無数に、空中に。


小さな太陽が生まれ、白を照らす。


「セレスの火か……」


周りに速度を合わせ、位置を取る。


レイヴァルトの斜め後ろ。


最前。


距離が消える。


「エア! 前だ! 駆けろ!」


レイヴァルトの声。


振り返らない。


だが――意図は分かる。


「……ああ!」


一歩、前に出る。


白の列から、半歩だけ抜ける形。


そのまま――走る。


最初に。


誰よりも前に。


「……」


腕を上げる。


斜め上。


掴むでもなく、払うでもなく。


ただ、伸ばす。


その先に来たのは、火だった。


空から。

横から。

前から。


無数の術式。


揃っていない。


雑多な詠唱。


だが数だけは多い。


「……」


降る。


一斉に。


普通なら――崩れる。


だが。


「……沈め」


火が、消える。


触れる前に。


弾くでもない。


逸らすでもない。


ただ――消える。


音もなく。


痕もなく。


前方で、一瞬だけ動きが止まる。

理解が追いついていない。


そのまま走る。

止まらない。


火の中を。


そのまま突っ切る。


周囲の火も同じく。


範囲だけが、ごっそりと抜ける。


穴のように。


そこだけが、最初から存在しなかったみたいに。


だが、消えるのは俺の周りだけ。


後ろで本隊に降る火。


だがそれでも――

白は止まらない。


避けない。


「……」


当たる。


そのはずの瞬間。


火が、変わる。


細くなる。


裂ける。


流れる。


白服の隙間を、すり抜けていく。


だが、俺はその動きに干渉していない。


「……セレスか?」


一瞬だけ、振り返る。


「振り向くな! お前は前を見ろ!!」


レイヴァルトの声。


鋭い。


「来るぞ!!!」


「……!」


視線を戻す。


次の瞬間――

影が弾けた。


火を突き抜けて、一直線に迫る。


獣人。


速い。


放たれた魔法に追いついて、目の前に。


土の適性、肉体強化。


地面を砕きながら、真正面から叩き潰しに来る。


止まらない。


だが――その時。


「下がれ! 俺の後ろにつけ!!」


レイヴァルトの声とともに、後ろから火が来た。


白の後衛。


撃っている。


味方ごと、焼き払うような軌道。


ほぼ目の前で着弾。


火が弾ける。


先頭を飲み込みかける。

だが…火が歪む。


弾けた炎が、俺の横を抜ける。


白の間を通る。


触れる直前で、押し潰されるように細くなる。


圧縮。


流れる。


そして――

俺達の前だけを焼く。


「ッ――!」


獣人の前衛の動きが、一瞬だけ鈍る。


その間。


白の前衛が踏み込む。


「「「炎よ、我らの道を示せ」」」


火を放つ。


形は違う、

だが同じ。


放射、

押し込む火。


焼きながら、進む。


止まらない。


撃ちながら、前に出る。


だが、一瞬途切れる。


前列が、引く。


半歩。


同時に。


次の列が、前に出る。


入れ替わる。


火が途切れない。


前が撃つ。


下がる。


次が出る。


撃つ。


また下がる。


繰り返し。


隙がない。

間がない。

押し続ける。


近づかせない。

    

「……」


獣人が踏み込む。


だが――届かない。


火が、壁になる。


前に出る前に、焼かれる。


「ッ――!」


一体が強引に突っ込む。


火を突き抜ける。


腕を振り上げる。


「……」


その瞬間。


さらに後ろから――火が降る。


普通なら味方ごと弾ける距離。


「……」


だが。


やはり当たらない。


白を避ける。


流れる。


圧縮される。


そして――

獣人だけを焼く。


「――ッ!!」


前に出た一体が、その場で止まり、崩れ落ちる。


「……」


前衛が、また入れ替わる。


同時に。


一切の乱れもなく。


「……」


進む。


白は。


火を吐きながら。


止まらず。


崩れず。


ただ――押し潰す。


その先で。


「なっ――待て!!」


敵側の声が、遅れて上がる。


「火が……曲がって……ッ!?」


理解が追いついていない。


後方の術者が、詠唱を崩す。


「撃て!! 結界だ!! 数で押せ!!!」


別の声。


焦り。


命令が乱れる。


「うわっ――!?」


横で、一人が焼かれる。


味方の火だ。


逸れた。


いや――逸らされた。


「なんでこっちに!? ぎゃああ!?」


怒号。


混乱。


「押せ!! 前に出ろ!!! 奴らの結界も長くは持たん!!!」


獣人が叫ぶ。


だが。


前に出た瞬間――

焼かれる。


「ッ、ぐ……ッ!!」


肉の焼ける音。


止まる。


踏み込めない。


「くそっ……!!」


足が止まる。


その一瞬で――

次が焼かれる。


「退け!! 一度下が――」


言い切る前に。


火が落ちる。


声が、途切れる。


「――あ」


短い音。


それだけ残して、崩れる。


「「「……」」」


白は止まらない。


声も出さない。


視線も向けない。


ただ――前へ。


「なんだよ……これ……」


誰かが呟く。


敵側。


「壁……じゃねぇか……」


違う。


逃げ場がない。


「焼かれてるのは……俺らだけだ……逃げろ!」


その認識が、遅れて広がる。


「ふざけんな!! こんなの戦――」


火が、落ちる。


言葉ごと焼く。


「「「……」」」


白の列が、また入れ替わる。


一切の淀みもなく。


まるで――

最初から、“そういう流れ”であるかのように。


「……」


俺は、その中を走る。


火は、触れない。


敵の声だけが、やけに遠くで響いていた。

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