第137話:開戦前
ざわめきが、少しずつ遠ざかる。
拠点から、少し離れた位置。
白線の外側。
そこだけ、わずかに空間が空いていた。
カイナが小さく言う。
「会議が開かれる……」
レイヴァルトは振り返らない。
そのまま歩き、中心に立つ。
自然と、円ができる。
白服、全てではない。
だが立ち位置が違う。
前に立つ者。
後ろに控える者。
それが、はっきり分かれている。
「……」
俺とカイナは、その外側。
レイヴァルトの後ろに立たされた。
指示はない。
だが、位置で分かる。
「……ここか?」
「動くな。あと騒ぎを起こすなよ?」
「……分かってる」
短く返し、視線を動かす。
白服の中でも、前にいるのは数人だけだ。
セレス。
レイヴァルト。
他にも数名。
顔は知らないが、空気が違う。
「……」
その反対側。
少し距離を置いて、黒服が集まっていた。
まとまりはない。
だが、前に出ている者がいる。
その後ろに、数人。
「……」
その中に、ユーリス。
そしてマリス。
「……」
ユーリスは、少しだけ前に出ている。
完全な中心ではない。
だが、押し出されるように、そこに立っている。
隣のマリスが、半歩後ろから支えている。
「……」
ユーリスがこちらを見る。
一瞬。
また目が合う。
今度は逸らさない。
だが――
何も言わない。
ここは、そういう場じゃない。
「……」
視線を切る。
レイヴァルトが、一歩だけ前に出た。
「集まりました」
短い。
それだけで、空気が締まる。
「第一陣営は、初動で核を確保する」
無駄がない。
「前衛はそのまま押し出す。
中衛は支援。
後衛は維持」
簡潔。
だが、迷いがない。
「敵は数で来る。だが、まとまりはない」
黒側の一部が、わずかに動く。
「……だから崩れる」
断言。
「こちらは崩れない」
それだけ。
「……以上だ」
短すぎる。
だが、白の中ではそれで十分だった。
「待て」
声。
黒側から。
前に出ていた男が、一歩踏み出す。
「それで終わりか?」
苛立ち。
抑えているが、隠れていない。
「連携はどうする?
こちらも動く以上、最低限の共有は必要だろう」
正論だが、空気は変わらない。
「必要ない」
レイヴァルトは即答する。
「各自で動け」
「……は?」
「好きに動けという意味だ」
淡々と。
「崩れた箇所を拾え、
それが最も効率がいい」
「……ふざけるなよ」
黒側の空気が揺れる。
当然だ。
連携を拒否された。
それも、見下した形で。
「合理だ」
レイヴァルトは一切揺れない。
「戦線は広がる。
統制の取れない集団に、統一行動は不可能だ」
言い切る。
「ならば、各自の判断に任せる方が生存率は高い」
「……」
正論。
だからこそ――苛立つ。
「役割は明確だ」
さらに重ねる。
「こちらが押し、お前たちが拾う」
一瞬の間。
「それで勝てる」
空気が張る。
黒側の一部が、一歩前に出ようとする。
苛立ち。
反発。
その前に――
「待ってください」
ユーリスだった。
一歩、前に出る。
止めるように、マリスの手が袖を掴む。
だが、振り払わない。
そのまま、前へ出る。
「……」
白側の視線が集まる。
レイヴァルトが、わずかに目だけを向けた。
「……続けろ」
許可。
それだけ。
ユーリスは一度だけ息を整え、口を開く。
「では、私達は後方に回ります」
静かに。
はっきりと。
「拠点の維持と、防御に専念します」
黒側がざわつく。
反発ではない。
受け入れた。
「……ほう」
レイヴァルトの目が、わずかに細くなる。
「理解が早いな」
皮肉ではない。
確認。
「私達が正面でぶつかっても、足を引っ張るだけです」
ユーリスは視線を逸らさない。
「レイヴァルトさんの言う通り、私達は崩れた箇所を拾う方が合理的です」
一瞬の間。
肯定でも否定でもない。
「ただし」
ユーリスが続ける。
「こちらは数の不利があります、なのでただ守るだけでは、遅れます」
黒側の空気が、少しだけ締まる。
「正統光火教会の皆さんなら、速攻で相手を崩すことは容易いはずです」
はっきりと。
「なので、拠点は私達が。皆さんは全力で一つ。
短時間で制圧する」
白側の何人かが、わずかに反応する。
「その後、即座に防御へ移行していただき、
以降は戦況を見て、次の拠点へ」
その中で、セレスが口を開いた。
「……採用」
それだけ。
決定。
「初動は予定通り前進。ただし、防衛に当たる部隊もすべて出せ」
続ける。
「一拠点制圧後、防御に回れ」
視線が、ユーリスに落ちる。
「矛は確実に折る。破られるなよ」
「はい」
短く返す。
「……以上だ」
セレスが言い切る。
空気が動く。
白はすでに動く準備ができている。
黒も――
今ので、動ける形になった。
「……」
ユーリスが一度だけこちらを見る。
さっきとは違う目。
迷いはない。
「……」
俺は何も言わない。
だが、目を閉じて小さく頷いた。
配置は決まり、あとは――動くだけだ。
―――――
白の流れが、一斉に動き出す。
前へ。
速い。
迷いがない。
「……」
俺も一歩、踏み出す。
その時。
「エア」
呼ばれた。
足が止まる。
ユーリスだった。
少しだけ距離を詰めてきている。
マリスは後ろで止まっている。
「……なんだ?」
ユーリスは、一瞬だけ言葉を探すように間を置いた。
「さっきの作戦……」
「……」
「本当に、あれでいいと思いますか?」
真っ直ぐ見てくる。
迷いはない。
だが――確信もない。
「……」
少しだけ考える。
「お前は……頭がいい」
そのまま返す。
「……え?」
「俺には考えなんて無い。勝てばいい……それだけだ」
ユーリスの目が、一瞬だけ丸くなる。
「……ふはは」
小さく、笑った。
肩の力が抜ける。
「そうでしたね」
呟くように。
「あなたは……そういう人でした」
安堵に近い笑い。
納得してしまった顔。
「……」
俺は何も言わない。
そのまま、視線を外す。
「待って」
後ろから声。
マリスだ。
一歩前に出る。
ユーリスの横に並ぶ。
「……」
こちらを見る。
静かに。
感情は薄い。
だが、見ている。
「一つだけ、いい?」
確認、拒む理由もない。
「……なんだ」
マリスは少しだけ間を置く。
言葉を選んでいる。
「あなたは今、白にいる」
事実だけを置く。
「何故?」
「何故……か……」
言葉にしようとして、一度止まる。
深くは、考えていない。
「守ってやりたいものが、多すぎるからだろうな」
ぽつりと落とす。
整理された答えじゃない。
ただ、そのまま出た言葉だ。
「……」
マリスの目が、わずかに細くなる。
「それは、“白”である理由になるの?」
淡々と返す。
否定も、肯定もない。
「知らん…、白かどうかは関係ない」
一歩、踏み出す。
「そこにいるなら、守る」
それだけ。
「それが……敵でも?」
マリスが聞く。
声は変わらない。
だが、少しだけ深い。
敵。
その言葉だけが、妙に引っかかった。
「……俺に敵などいない」
マリスの目が、わずかに動く。
ユーリスも息を止めた。
「向かってくる奴はいる。
邪魔をする奴もな。
だが、それは敵じゃない」
言葉にしてみても、うまくまとまらない。
でも、それだけは違わない。
「守りたいから守り、止める必要があるから止める。
それだけだ」
「……」
マリスは黙る。
そして何かを考えたあと……小さく。
「……非効率」
「そうか」
マリスは続ける。
「でも……分かった気がする」
ほんの少しだけ。
「不思議な人……」
本当に少しだけ、目の奥の温度が変わった。
「……行こう、ユーリス」
「……はい」
ユーリスが一度だけこちらを見る。
二人は黒の流れへ戻っていく。
白はもう動いている。
「終わったか?」
カイナが言う。
「ああ」
槍を持ち直す。
前を見る。
白の列は、すでに戦線に入っている。
遅れる理由はない。
一歩、踏み出す。
火線祭。
――開戦。




