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第136話:開幕


朝。


「……」


目が覚める。


静かだ。


支度をして、白服に袖を通す。


違和はない。


最初から、そういうものだったみたいに馴染んできた。

それが逆に腹が立つ。


腕に、重み。


ミリカから渡された腕当て。


「……」


外す理由はない。


だから、そのまま締める。


槍を取る。


「……」


こっちの方が、よほど分かりやすい。


―――――


空気が変わる。


広い。


人が多い。


それだけじゃない。


――密度がある。


中央広場。


石で組まれた円形の場に、無数の生徒が集まっている。


赤。

蒼。

黄土。

翠。


入り混じっているが、明確に分かれている。


白と黒。


ざわめきは大きい。


だがその後、一瞬の静寂が訪れた。


見上げる。


壇上。


高く組まれた白い台座。


その上に――紋章。


円環、

四つの線が交差している。


火、水、風、土。


(……統合、か)


その瞬間。


音が消えた。


完全な静寂。


「――始めよう」


低い声が落ちる。


壇上、黒の外套。


「学院長だ」


誰かが呟く。

全員が見ている。


「諸君」


声は大きくない、

だが届く。


「今年もまた、この時が来た」


その一言で、周囲の空気が引き締まる。


「我らを育み、守り、導いた始まりの火に――感謝を」


地面に赤い線が走り、

円を描くように静かに広がる。


荒くない。


誇示でもない。


ただ、そこに在る火。


「長きにわたり、この地で学んできた者」


視線が動く。


在校生へ。


「そして――」


わずかに間。


「新たにこの場へ踏み入れた者達」


空気が揺れる。


「立場は違えど。

 ここにいる以上、皆同じ」


静かに、だがはっきりと。


「積み重ねてきたものを」


火が、空に浮かぶ。


形は定まらない。


だが、崩れない。


「遠慮なく、出し切れ」


一瞬だけ火が強まる。


すぐに収まる。


「火は燃える。

 水は流れる。

 風は巡り。

 土は支える」


一つずつ、言葉を置く。


「形は違う。

 だが――」


視線が全体をなぞる。


「扱う者によって、意味を持つ」


ざわめきが、わずかに戻る。


「それが、この場だ」


まっすぐに声が響く。


「火線祭とは」


ほんの僅かに、口元が緩む。


「学びの果てを示す場である。

 存分に――振るうのじゃ」


火が消える。


静かに、跡もなく。


「では、始めようぞ」


空気が弾けた。


声。

足音。

魔力。


全てが、一斉に動き出す。


火線祭が――始まった。


―――――


まずは移動だ。


学院の前に馬車が並んでいる。


そして、俺が乗り込む番になった。


しかし、馬車の前で足が止まった。


「……」


見覚えのある鳥がいた。


いや、違う。


あいつほど大きくない。


首も短いし。

羽も小さい。


だが――

目が似ている。


どこか間の抜けた、それでいて妙に偉そうな目。


「……ダック?」


鳥が首を傾けた。


「ギョ?」


分かっている。

あいつではない。


それでも、胸の奥が少しだけ引っかかった。


「あいつの……子孫か?」


馬車の御者が振り返る。


「おや、分かるのかい? 火線祭の輸送鳥だよ。こいつは昔からこの辺りで使われてる血筋でね」


「……そうか」


鳥はもう一度、くるりと首を傾ける。


「ギョワ」


「……」


その鳴き方まで似ている。


まるで、本当にあいつみたいだ。


「……」


思わず、立ち止まってそのまま眺めてしまった。


そこに、カイナが横から言う。


「どうした? 乗らないのか?」


「……ああ、行くか」


槍を抱え直し、馬車へ乗り込む。


鳥が一度だけ、こちらを見た。


まるで、覚えているみたいに。


そんなはずはない。

だが――


「……行くぞ」


「ギョワッ」


小さく言うと、鳥は得意げに胸を張ったように見えた。


―――――


軋む音。


揺れ。


中は、思ったより静かだった。


「……」


対面。


レイヴァルト。


カイナは横。


他にも何人かいるが、口を開く者はいない。


「……」


外を見る。


さっきの鳥は、もう見えなくなっていた。


「……」


視線を戻す。


「どれくらいで分かれるんだ?」


短く聞く。


レイヴァルトがこちらを見る。


一瞬だけ。


「四つだ」


それだけ。


「……四つ」


「全員参加だが、

 全員が動くわけではない」


淡々と続ける。


「最初から後方に回る者もいる。

 動かないまま終わる者もな」


「……」


少しだけ間。


「そういった“名だけの参加者”は――」


視線がわずかに動く。


「こちらに寄せられる」


「……」


意味は、分かる。


「数合わせか?」


「違う」


即答。


「調整だ」


短く。


「我らは統率が取れている分、手数を削られている」


「……なるほどな」


カイナが小さく息を吐く。


「やりにくそうだな?」


「関係ない」


即答。


「勝てばいい」


それだけだった。


「……」


会話が切れる。


揺れだけが残る。


外では、別の馬車が並走している。


人数は多い。


ざわめきもある。


「……」


こっちは少ない。


静かだ。


だが――

軽くはない。


「……」


槍を持ち直す。


重さは変わらない。


「……もう着くな」


カイナが小さく言う。


馬車が、止まった。


日除けが開けられて、光が入る。


「……」


馬車を降りる。


最初に見えたのは、白だった。

白服、一人、二人ではない。


見渡す限り、白が固まっている。


「……」


赤帯以外の者達も少ないが、この場にいた。

だが、黒服はほとんど見えない。


少なくとも、この降車場にいるのは白服ばかりだ。


「露骨だな……」


レイヴァルトが横に降りる。


「調整されている」


「調整にしては偏ってるだろ?」


「だから、これが”調整”だ」


短い返事。

否定する気はないらしい。


「……」


周囲の白服がこちらを見る。


俺を見る目。

カイナを見る目。

そして、レイヴァルトを見る目。


同じ白でも、全部が同じではない。


「……ここが第一陣営か」


カイナが静かに答える。


「ああ」


レイヴァルトが答える。


「教会に属する者を主軸にした陣営だ」


主軸。


便利な言葉だ。


要するに、白服をまとめている。


「他は?」


「学院側の生徒が数十人だ」


レイヴァルトは前を見る。


「建前上は属性、階位、人数。

 均等になるよう調整されている」


淡々と。


「その結果だ」


「なるほど、調整……ね」


この場にいる白服たちは、整然と並んでいる。


声も少ない。

無駄に動く者もいない。


対して…遠くに見える別の降車場では、

黒服の生徒たちが固まってざわついていた。


人数は多い。


だが、まとまりは薄い。


「数は向こう」


カイナが言う。


「形はこちら、か」


「そうだ」


レイヴァルトは即答する。


「勝つためには、これで十分だ」


「……」


空気が重い。


…祭り。


さっきまで、そう呼ばれていたもの。


だが、ここにあるのはそれだけじゃない。


白と黒。

中央と学院。


線は、最初から引かれている。


「……面倒だな」


呟く。


その時、前方で旗が上がった。


赤い旗。


その下に、円環の紋章。


さらにその周囲を囲むように、白い線が地面に刻まれている。


拠点。


そう呼ぶには、あまりにも分かりやすい場所だった。


「第一陣営、整列!」


教師の声が響く。


だが――

動きが鈍い。


一部は反応する。


黒服の生徒。


レイヴァルトの言っていた、名だけの参加者らしい者達。


だが、白服は動かない。

その動きの中に、見覚えのある顔があった。


「……」


ユーリス。


そして、その隣に――マリス。


黒服の列の中。

白服の中に混じるようにして、二人とも、少しだけ位置が浮いている。


馴染んでいない。


だが、弾かれてもいない。


「……」


ユーリスがこちらを見る。


一瞬。


そのまま、視線が合う。


何か言いたげに、口がわずかに動く。


だが――止まる。


隣で、マリスが小さく袖を引いた。


「……」


ユーリスが視線を外す。


何も言わない。


ここで声をかければ、余計な線が増える。


「……」


だから俺も何も言わない。


ただ、位置だけを見る。


「同じ陣営か……」


マリスは一度だけ、こちらを見た。


すぐに逸らす。


だが、完全には切っていない。


「……」


黒は教師のもとに集まったが、白は動かなかった。


まるで、誰の声で動くかを決めているように。


教師の眉が、わずかに動く。


「整列しろ!」


もう一度。


少し強い声。


それでも、白服の列は崩れない。

動かない。


「……」


空気が、変な形で固まる。


その時。


セレスが、一歩前に出た。


大きな声ではない。

だが、よく通る。


「第一陣営」


短く。


それだけで、全員の視線が向いた。


「整列」


次の瞬間、

白服が動いた。


一斉に、足音が揃う。


ばらばらだった位置が、一息で列になる。


前衛。

中衛。

後衛。


最初からそう決まっていたみたいに、無駄なく並ぶ。


「……」


教師が口を閉じる。


怒りではない。


戸惑い、

あるいは…諦めに近い顔…。


「……軍隊かよ」


小さく言う。


カイナが横で低く返す。


「……これだから嫌なんだ」


レイヴァルトはカイナの隣で、前を向いたまま告げる。


「危うい発言をするな。

 お前にはまだ嫌疑がかけられている」


そう言ってから、列を抜けて前に出ていく。


当然のこととして、セレスの後方に立った。


「……お、おっほん!」


教師は一度だけ息を吐き、手元の板を見る。


「これより、総合戦域演習の説明を行う!」


声に、少しだけ硬さが残っていた。


「四陣営に分かれ、戦域内の拠点を制圧し、

 制限時間内に最も多くの拠点核を保持した陣営を勝者とする」


そこで、

教師は一度だけ板へ視線を落とした。


「ただし、制限時間を待たず、

 一つの陣営が四つ全ての拠点核を保持した場合――」


わずかに間。


「その時点で、戦域は終了する」


ざわめきが、

小さく広がる。


「棄権しない限り、

 各陣営は拠点核を奪い合い続ける。

 核を失っても即時敗北ではない。

 だが、全ての核が一陣営に揃った時点で、

 勝者は確定する」


拠点核。


視線を前に向ける。


赤い旗の下。


白線に囲まれた中央に、石柱のようなものが立っていた。


腰ほどの高さ。


表面には円環の刻印。


四属性の線が、中心で交差している。


「……」


ただの柱ではない。


拠点核。


ここを巡って、奪い合う。


「説明は以上だ」


教師が締める。


「では合図があるまで待機、全員これまでの――」


言い切る前に。


「以上だ!」


声が重なった。

はっきりと。


セレス…。


教師の言葉を、切る形で。


「第一陣営!」


一歩、前へ。

視線が揃う。


「配置につけ!」


それだけ。


次の瞬間――

白服が動いた。


一斉に。


迷いがない。

走らない。


だが、速い。


決められた位置へ、最短で散っていく。


前衛は前へ。

中衛は間へ。

後衛は核へ。


まるで、最初から戦場に立っていたみたいに。


「……」


黒服が一瞬遅れ、顔を見合わせている。


だが、すぐに追従する。


周囲が動き出す。


戦域が、一気に形を持つ。


「……」


教師が口を閉じたまま立っている。


何も言わない。


いや――

言えない。


手元の板を、ただ握っているだけだ。


「……」


肩が、わずかに落ちる。


そのまま、一歩だけ下がった。


「……」


もう、指示はいらない。

誰が動かしているかは、明らかだった。


隣からカイナの声。


「行くぞ……ついてこい」


槍を持ち直し、カイナの後を追った。


白の流れは、すでに戦場に入っている。


火線祭。


その中身は――

最初から、戦争だった。

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