第135話:火線祭
廊下。
「……」
カイナと並んで歩く。
相変わらず、何も言わない。
静かなものだ。
「……」
嫌な視線だけが増えていく。
白服だから、仕方ないのかもしれないが……。
「来るぞ……」
カイナが静かに声を上げる。
「ん? あいつらは……」
前方。
白服が二人。
リシェルと、もう一人。
リシェルの顔には、まだ前の一件の名残があった。
怒りというより、納得していない顔。
レイヴァルトに止められ、セラフィンと共に下がらされた。
そのことを、まだ飲み込めていないのが見て取れる。
「……またやる気か?」
小さく言う。
リシェルの眉が動く。
「貴様とここでやるほど、暇ではない」
「そうか」
「……」
視線だけが刺さる。
言葉よりも、よほど分かりやすい。
隣の白服も同じだ。
こちらを見ているが、踏み込んではこない。
止められている。
そういう顔だった。
「来い。レイヴァルトが呼んでる」
明らかに不機嫌だ。
止まらない。
そのまま方向を変える。
「行くか?」
カイナが言う。
「ああ」
歩く。
―――――
そのまま奥へ。
階を上がり、人の気配が減る。
扉の前。
レイヴァルトが立っていた。
「来たか。ついてこい」
それだけ。
説明はない。
俺達はそのまま中へ通された。
室内には白服が並んでいる。
数は多くない。
「……」
空気が違う。
遊びじゃない。
「始める」
レイヴァルトの一言でさらに静まり返る。
セレスが前に出る。
「間もなく」
短く言う。
「『火線祭』が行われる」
それが始まりだった。
「……火線祭?」
小さく聞き返す。
聞いたことはある。
だが、中身までは知らない。
「何だそれは」
白服の何人かが、わずかに反応する。
場違いな者を見る目だが、セレスは気にしない。
淡々と俺の問いに答えた。
「年に一度行われる統合魔術学院の行事だ。
白塔同盟と中央の戦争終結を記念し、火の力への感謝を示す――そういう形を取っている」
セレスはそのまま表情を変えずに続ける。
「だが、本質は違う」
声だけが落ちる。
「選別だ」
室内の空気が、わずかに締まる。
「最初は総合戦域演習」
短く。
「集団戦による戦術評価だ。
複数陣営に分かれ、拠点制圧と連携を見る」
「……最初?」
「総合戦域が終われば、次は個別戦技試験だ」
そのまま続ける。
「一対一の個人戦闘。
術式、属性適性、実戦応用――上位の者の全てを測る」
「……」
分かりやすい。
だが、それだけじゃない顔をしている。
「そして、その成績を基に、さらに選ばれる」
「さらに?」
小さく聞き返す。
セレスはわずかに間を置いた。
「継槍の試練だ」
短く。
「学院地下遺構への進入資格」
「……」
やはり、そこか。
かつて聞いた、ガレスの言葉と繋がる。
だが――
「選定基準は公開されていない」
セレスが続ける。
「我々も完全には把握していない」
その一言で、空気がわずかに変わる。
公開されてない…知らない情報があるのか…。
「……中央でも、か?」
そのまま聞く。
セレスは否定しない。
「先行して学院に潜入していた者達の報告によれば」
淡々と。
「個別戦技試験の上位者が選ばれる傾向はある」
「だが、それだけではない」
視線が細くなる。
「選考には、別の基準が含まれている」
「……別?」
「不明だ」
はっきりと言い切る。
「戦績、適性、あるいは――」
そこで言葉を切る。
「何か別の要素」
曖昧なまま。
だが、軽くはない。
「つまり……強ければいいわけでもない、か」
「そうだ。だが、前提を勘違いするな」
低い声。
レイヴァルトだ。
全員の視線がそちらへ向く。
「我々が“負ける”ことはない」
断定。
一切の迷いがない。
「個別戦技試験においても同じだ。
出れば勝つ」
当然のように言い切る。
誰も否定しない。
「問題はそこじゃない」
一歩、踏み出す。
「全員が進めるわけではない、という点だ」
空気がわずかに締まる。
「仮に全員が勝ち上がったとしても」
セレスが引き取る。
「継槍の試練に進めるのは一部のみだ」
「……」
そこが本質か。
「だから選ぶ」
レイヴァルトが言う。
「無駄に消耗させる必要はない」
「……消耗?」
「個別戦技試験は一戦では終わらない」
セレスが続ける。
「勝ち上がるほど、消耗は蓄積する。
それを制御する」
制御…聞こえはいいが、八百長か…。
「この場で、優先順位を決める」
短く。
「誰を確実に上へ通すか」
「……」
なるほどな。
(選抜っていうより、順番決めか)
「第一位」
セレスが言う。
迷いなく。
「私だ」
当然のように。
空気が動かない。
「第二位」
わずかに間。
視線が、こちらに向く。
「エア」
――その瞬間。
ざわめきが走る。
小さく。
だが、確実に。
「……は?」
「新参の無色が……?」
抑えた声が漏れる。
白服の中に、明確な違和感が生まれる。
一歩、引く者。
露骨に眉をひそめる者。
視線を逸らし、見なかったことにしようとする者。
だが――
誰も、否定はしない。
できない。
あの場にいた者は、知っている。
知らない者も、空気で理解する。
それがどういう意味を持つかを。
「……」
レイヴァルトの目が、わずかに開く。
ほんの一瞬。
だが――
何も言わない。
否定もしない。
「第三位」
セレスは続ける。
「レイヴァルト」
今度は、別の意味で空気が揺れる。
だが、先程とは違う。
納得と、引っかかりが混じった反応。
「……」
沈黙。
誰も即座に否定はしない。
だが。
明らかに、異議はある。
その空気を、セレスは見逃さない。
「――異論があるのか?」
冷たい声。
視線が、一人一人を刺す。
「……」
誰も口を開かない。
開けない。
「ここにいた者は」
静かに続ける。
「見ていたはずだがな」
誰も動かない。
誰も、言葉を選べない。
この場にいる以上、事実を否定することは出来ない。
そして――
その事実は、一つしかない。
目を閉じて、噛みしめるように告げる。
「結果を」
空気が、さらに重くなる。
「私は敗れた」
あっさりと言う。
隠さず、誤魔化さない。
「ならば」
わずかに目を細める。
「この順は自明だ」
それだけ。
だが、それで十分だった。
事実で殴る。
言い逃れの余地がない。
「……」
空気が止まる。
「……」
レイヴァルトが、小さく息を吐く。
「……セレス様の仰る通りかと」
低く。
静かに。
だが、はっきりと。
認める。
その一言で、流れが決まる。
「……」
周囲の白服が、視線を逸らす。
納得ではない。
だが、否定はできない。
空気で抑え込まれる。
「……異論は?」
セレスはそれ以上何も言わない。
ただ、前を見ている。
決定事項として。
「では……決まりだ」
レイヴァルトが締める。
短く。
「第一位、セレス。
第二位、エア。
第三位、俺だ」
視線が巡る。
「残りを詰める」
会議は、次へ進む。
「……」
視線が、まだ残っている。
小さく息を吐く。
(期待されてる……?)
違うな。
そんなものじゃない。
視線の重さが、それを否定している。
(頭数か……)
それとも――
一瞬だけ、考える。
だが、すぐにやめた。
考える意味がない。
「……」
俺の火は、こいつらのそれとは違う。
最初から、同じ土台に立っていない。
だから――
測ること自体が、ズレている。
「……」
俺の火が、この時代でどこまで通用するのかは分からない。
何をすればいいのかも……。
それでも――ここにいる。
選ばれている。
「……」
もう、引ける位置にはいない。
この場にいる時点で――
面倒なことには巻き込まれている。
それだけは、確かだった。




