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第134話:火では足りない


赤い炎が、一直線に走る。


「……」


俺は棒を構える。


杖ではない。

ただの棒。


「……火」


その後も口だけを動かす。


声は出さない。


セレスがやっていたやつだ。


見せ方としては、悪くない。


「……っ」


セラフィンの目が細くなる。


火が迫る。


俺は棒を軽く振る。


火が――触れる直前で、



ふっ



消えた。


ぶつかりもしない。


最初から存在しなかったみたいに。


「……は?」


セラフィンの声が止まる。


「……やはり」


リシェルが呟く。


「詠唱ではない……干渉……?」


見ている。


火そのものじゃなく、“消え方”を。


(面倒だ…)


「小細工を……!」


セラフィンが踏み込む。


次の火。


今度は二本。

左右から挟む軌道。


「……」


カイナが前に出ようとする。


「まだいい。下がってろ」


棒を握り直す。


また、口だけを動かす。


声はない。


火が迫る。


一歩、前へ。


二つの火の間に入り――触れる。


同時に、

左右の火が消えた。


弾けることもなく、流れることもなく。


ただ、消える。


「……何だそれは」


セラフィンの顔が歪む。


「その棒で……何をしている」


「さあな」


短く返す。


「杖にも見えないな」


(やっぱり、ただの棒って分かるのか……)


リシェルが言う。


「火が“崩れていない”。……消えている」


視線が鋭くなる。


「術式解除……いや、違う……まさか本当にッ」


「考えるな!」


セラフィンが叫ぶ。


「焼けば分かる!」


さらに火が膨れ上がる。


今度は、面だ。


逃げ場を潰す火。


「……」


赤が広がる。


床を舐めるように、回り込んでくる。


「……下がれ」


横から声。


カイナが前に出た。


俺と前方の間に立つ。


「まだ途中だ」


「……だからだ」


カイナは前を見たまま言う。


「それ以上やれば、目立つぞ」


カイナは一歩、前に出る。


迫る火に向かって、静かに手を上げる。


「……俺が受ける」


「カイナ…」


「…俺の目付役だ」


短く返す。


「…建前でもな」


その言葉の直後。


火が届く。


カイナの周囲に、薄い赤が広がる。


正面から受ける。


押し返すわけではない。


火の勢いをそらすように、流れをずらす。


炎はカイナの左右へ割れ、白線の内側を滑るように散っていく。


「……」


完全に消えたわけではない。


だが、届かない。


セラフィンが叫ぶ。


「ッ邪魔をするな、カイナ!」


カイナは静かに返す。


「邪魔じゃない。俺も、ここにいる」


「……っ」


セラフィンの顔が歪む。


リシェルの視線が、俺からカイナへ移る。


「あいつ……庇ったつもりか?」


小さく呟く。


「いや……隠したのか…」


リシェルの目が細くなる。


「見せたくないか……。だが」


リシェルが、袖の内側に指を入れる。


小さな金属音。


細い輪のようなものが、指にかかっていた。


「こちらもそういうわけにはいかない! その異端者を暴く!!」


カイナが声を落とす。


「リシェル、それは……!?」


「異端を暴くためならば!!」


その瞬間。


リシェルの足元に、赤とは違う色が走った。


薄い、青。


火ではない。


冷えた魔力が、床を伝って伸びてくる。


「これならば!!」


俺を見る。


いや――

俺の足元を見ている。


「エア!」


カイナの声。


同時に、セラフィンが動いた。


「余所見をするな!」


火が膨れ上がる。


カイナの前に。


正面から押さえつける火。


「……っ」


カイナが受ける。


流す。


だが、今度は重い。


止めるための火だ。


「……っ」


カイナが歯を食いしばる。


流している。


だが、押されている。


完全には逃がしきれていない。


その間。


足元。


青が走る。


冷えた魔力。


床を裂くように、一直線に伸びてくる。


「……ちっ」


小さく舌打ちが漏れる。


(火じゃない)


初めてだ。


こうやって、正面から別の属性をぶつけられるのは。


「これならば!!」


リシェルの声が落ちる。


次の瞬間――

突き上がる。


水柱。


細く、鋭い。


だが、重い。


ただの水じゃない。


圧を持った魔力。


「……」


棒に、火が乗る。


さっきまでとは違う。


細くない。


抑えてもいない。


一瞬で膨れ上がる。


「――ッ!?」


リシェルの目が見開かれる。


そのまま――

叩きつける。


轟、と音が鳴る。


水と火が正面からぶつかる。


蒸気が爆ぜる。


だが…止まらない。


火が押す。


水を、押し潰す。


「な……っ!?」


リシェルの声が漏れる。


水柱が歪み、形が崩れる。


さらに火が乗る。


明らかに過剰。


(乗せすぎたな……)


水柱が弾けた。


霧散する。


空中で消える。


蒸気だけが残る。


「……馬鹿な、あの魔術を」


リシェルが呟く。


「量で……押した……?」


その目が揺れる。


さっきまでの観察じゃない。


理解が追いついていない目。


「……」


棒を下ろす。


少しだけ、息を吐く。


(……また、面倒になりそうだ)


横では――


「……っ、まだだ!」


セラフィンが火を維持している。


だが。


さっきまでの勢いがない。


一瞬。


揺れている。


リシェルが、低く言う。


「……違う、なるほど」


「何がだ!」


セラフィンが返す。


「火は、消える」


リシェルの視線が俺に刺さる。


「だが今は、消していない」


一歩、踏み出す。


「水は……消せなかった?」


「……」


何も言わない。


さらに目が細くなる。


「火に対してだけ、干渉している?」


(気づかれたな……)


さっきまでと違う。


確信が揺れている。


「火は消される……だが、水は違う……」


リシェルが整理する。


「だから、火で押し切った……」


小さく呟く。


「……火に対しては“絶対”で、それ以外は違う……?」


「勘がいいな……実際は俺も知らん。好きに考えろ」


それ以上は言わない。


「……」


リシェルは黙る。


そのまま、一歩だけ距離を取る。


完全に、観測側に回った。


セラフィンも動かない。


「……」


棒を手の中で軽く回す。


「まだやるか?」


その一言で。


場の温度が、はっきりと変わった。


次はもっと派手に来る。


そう思ったのだが……。


「――そこまでだ!!」


よく通る声。


だが、抑えている。


明らかに、苛立っている。


「……っ」


全員の動きが止まる。


観覧の段。


レイヴァルトが立っていた。


視線はまっすぐ、リシェルへ。


「貴様ら……何をやってる」


短い問い。


「対象の正体を暴くためだ」


リシェルが即答する。


「火では足りないと判断した。だから――」


「貴様が判断を? 誰が許可をした?」


被せる。


間を与えない。


一歩、踏み出す。


「教会が」


声が落ちる。


「火を捨てて……水を頼る、だと?」


空気が軋む。


リシェルがわずかに目を細める。


「捨ててはいない! 手段を変えただけだ」


「同じだ」


即答。


判定を下すような冷たさ。


「火で通せないから、他に逃げた」


一歩、さらに詰める。


「それで“暴いた”つもりか?」


リシェルが返す。


「違う……効率の問題だ」


まるで裁判の弁明をするように、レイヴァルトに向かう。


「対象は異常だ。通常の手段では――」


「関係ない」


切る。


完全に。


「正体を暴くためだろうが何だろうが」


視線が鋭くなる。


「火を外した時点で、お前は終わりだ」


言い切る重さ。


「……」


リシェルが初めて言葉を止める。


「正統光火教会」


低く吐き捨てる。


「火の名を我らは背負っている」


それだけだった。


理屈じゃない。


規範。


「……っ」


セラフィンも口を閉じる。


完全に流れが変わった。


「前も言ったはずだ」


レイヴァルトが続ける。


「許可なく動いて、余計な視線を集めるな」


わずかに舌打ち。


「まだ、貴様達は同じ過ちを犯すのか?」


空気が冷える。


「……」


リシェルが一歩、下がる。


「……失礼した」


短く。


認めたわけじゃない。


だが、引いた。


「そこから降りろ……これ以上、醜態を晒すな」


「セラフィン」


「……ちっ」


舌打ちしながらも下がる。


「……」


場が、静まる。


レイヴァルトの視線が、ゆっくりとこちらへ向く。


何かを掴んだような目つきだ。


「……」


俺はそれを見る。


(そんな簡単じゃないと思うがな)


火だけではない。


もっと根の部分に何かがある。


だがそもそも、俺自身が分かっていない。


勝手に見て、勝手に考えているだけだ。


「……っふ」


小さく息が漏れる。


笑ったつもりはない。


だが、そう見えたかもしれない。


レイヴァルトの目が、わずかに細くなる。


「……」


何も言わない。


ただ、こちらを見ている。


その横で――


教師は固まっていた。


完全に置いていかれた顔だ。


口を開きかけて、閉じる。


止めるべきか。


続けるべきか。


誰に何を言うべきか。


判断が追いついていない。


「……評価だ」


観覧の段から、低い声が落ちた。


仕切りの教師ではない。


ガレスだ。


一段高い位置から、訓練場全体を見下ろしている。


「……続けろ」


短い一言。


教師が、はっと顔を上げる。


「……は、はい……今の一戦は、模擬戦としては不成立、で?」


ざわめきが広がる。


ガレスはため息を吐いて、腕を組んだまま続ける。


「見解はこうだ。

 一方は授業の範囲を越えた魔道具を使用。

 一方は出力制御が過剰」


視線が順に動く。


リシェル。


俺。


カイナ。


「ただし」


そこで一度、間が落ちる。


「連携確認として見るなら、得るものはあった」


誰も口を挟まない。


「セラフィンは攻め急ぎすぎだ。

 火力に頼り、相手の変化を見ていない」


セラフィンの顔が歪む。


だが、言い返さない。


「リシェルは判断が早い。

 だが授業で扱う範囲を越えた。論外だ」


リシェルは黙ったまま、視線を落とす。


「カイナは守りに回った判断は悪くない。

 だが味方の意図を読み切る前に入っている」


カイナが小さく頷く。


「お前に意図があったのか?」


俺はあえて黙秘した。


「エア」


視線が来る。


「お前は出力を抑えろ。模擬戦とはいえ……分かるな?」


「……ああ」


短く返す。


「次に同じことをやれば、模擬戦ではなく事故扱いにする」


「分かった」


ガレスはそれ以上言わない。


教師へ視線を戻す。


「次をやれ」


「……はい」


教師が息を整える。


まだぎこちなさは残っている。


だが、場は動き出す。


「次の組、前へ」


赤帯の生徒たちが、ゆっくりと動き始める。


ざわめきが戻る。


完全ではない。


さっきまでの熱も、視線も、まだ残っている。


「……行くぞ」


カイナが小さく言う。


「ああ」


白線の外へ出る。


背中に視線が刺さる。


火を見た目。


水を見た目。


そして、俺を測ろうとする目。


(いつもながら……面倒だな)


棒を肩に乗せる。


訓練場では、次の火が上がろうとしていた。

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