第131話:残るもの
火が揺れている。
(また、これか……)
目の前。
小さく弾ける音。
火の粉が、闇に散る。
周囲は暗い。
何も見えない。
だが――
恐怖はない。
「……」
ただ、そこにいる。
火の前に。
理由もなく。
意味もなく。
「……」
隣で、音がする。
小さく。
石が転がるような、乾いた気配。
視線は向けない。
向けなくても、分かる。
いる。
すぐそばに。
何も言わない。
動かない。
ただ――
同じように、火を見ている。
「……」
火は、焼くものだ。
向けるものだ。
導くためのものだ。
「……」
それなのに――
何も起きない。
ただ、揺れている。
ただ、そこにある。
「……」
温かい。
気がつけば、手が握られていた。
「っ……」
わずかに、指が動く。
振り払わない。
振り払えない。
「……」
言葉が、出ない。
ただ――
火が揺れる。
隣に、気配がある。
それだけだ。
「また……この夢か……」
目が覚める。
白い天井。
静寂。
乱れはない。
「……」
ゆっくりと体を起こす。
夢だ。
それで終わりだ。
「……」
それ以上は考えない。
考える必要はない。
それだけだ。
―――――
石の床。
高い天井。
余計な音はない。
「「「――正しき火よ」」」
声が重なる。
「「「我らの罪を焼き、導きを示せ」」」
揃っている。
ズレはない。
「「「――迷いを断ち、歪みを正せ」」」
響く。
個はない。
ただ、同じ言葉が繰り返される。
「「「――我らは火の導きに従う」」」
終わる。
静寂。
「……」
顔を上げる。
視線が流れる。
そして――
止まる。
「……」
エア。
列の中。
白を纏っている。
「……」
分かっている。
やつに信仰はない。
言葉も、理解していない。
祈りも、意味を持たない。
「……」
それでも――
視線が離れない。
理由はない。
必要もない。
だが、
「……」
火を見る。
その横にいる姿が――
重なる。
「……」
わずかに目を細める。
すぐに逸らす。
――逸らした、はずだった。
「……エア」
呼ぶ。
低く、短く。
「来い」
それだけ。
―――――
廊下。
白の中を抜ける。
足音が、二つ。
後ろを確認する必要はない。
ついて来ている。
「……こちらだ」
横道へ入る。
人の流れから外れる。
奥へ。
扉の前で止まる。
開ける。
中に入る。
「入れ」
エアが入る。
扉を閉める。
音が、消える。
「……」
向き直る。
「……お前は、あの日言っていたな」
「去るわけにはいかないと」
一拍。
「お前の目的は何だ」
「……」
わずかに沈黙。
そして――
「……槍だ」
「……」
短い答え。
十分だ。
「そうか」
それで足りる。
「ならば――」
言葉を落とす。
「やはり、間違っていない」
「……何がだ」
「お前が、ここにいることだ」
即答する。
だが――
ほんの僅かに、間があった。
「……」
「我々は回収する」
言い直すように続ける。
「主の意志として残されたものを」
「歪みから遠ざけるために」
「……」
「お前は、それを求めている」
視線は動かさない。
「ならば――」
一瞬、言葉が止まる。
「……同じ流れにある」
先ほどより、わずかに変わる。
「……流れ、か」
「そうだ」
迷いなく言う。
「お前が何を信じているかは関係ない」
「重要なのは結果だ」
「……」
「火は、お前を焼かなかった」
事実だけを置く。
「……」
「それが――」
一瞬。
詰まる。
「……それが、示されたものだ」
わずかに言い換える。
「……俺は信じていない」
「だろうな」
即答する。
「……だが、それでもいい」
短く。
「主の意志は、個の意思とは関係なく働く」
「……」
「お前が何を求めようと、行き着く先は変わらない」
断定。
「……」
沈黙。
「だから」
短く。
「お前がここにいることは正しい」
結論だけを残す。
「……」
「監視はする」
「逸脱すれば排除する」
それも変わらない。
「……好きにしろ」
エアが返す。
「どうせやることは同じだ」
「……」
胸の奥で、何かが揺れる。
あの火と同じ。
小さく。
消えない。
「……そうだな」
それだけ返す。
「だが、一つ聞きたい」
エアが口を開く。
「お前らのやってることは、目立ちすぎだ。
新参の俺にまで、目的をこんな容易く教える」
短く。
「学院に入り込んで、回収だの監視だの。
学院が黙ってる理由は何だ?」
「……」
当然の疑問だ。
むしろ――遅い。
「暗黙の了解……そういう事だ」
即答する。
「……なに?」
「貴様も知っているはずだ」
淡々と続ける。
「中央と白塔同盟は、既に一度戦っている」
「……」
「結果は知っているな?」
「……中央の敗北」
「そうだ」
揺れはない。
「その上で、停戦と和平が結ばれた」
「……」
「だが」
わずかに間を置く。
「白塔同盟は国ではない」
「……」
「一枚岩でもない」
淡々と続ける。
「塔ごとに思想が違う。
利害も、判断も統一されていない」
「……」
「戦うべきと考える者もいれば、
避けるべきと考える者もいる」
「……」
「今は後者が主導しているだけだ」
断定する。
「だから均衡が保たれている」
「……均衡、か」
「そうだ」
迷いはない。
「中央を排除する動きを強めれば、奴らは内部で争い始める」
「だから……沈黙か?」
短く。
「国同士、表に出ない限り、
問題にはならない」
「……」
「貴様に話したのも同じだ」
「……なるほどな」
エアが小さく吐く。
「雑だな」
「そういうものだ」
即答する。
「整っているように見えるだけで、
中身は歪んでいる」
「……」
「だが、この大陸はそれで回っている……愚かな事だ」
それだけ。
沈黙が落ちる。
「……もう一つ、こちらの質問に答えろ」
わずかに間を置く。
「なぜ……カイナを助けに来た?」
「……」
空気が止まる。
「貴様にとって、あれは関係のない者のはずだ」
淡々とした声。
だが――
ほんのわずかに、言葉が遅れている。
「それでも動いた」
視線を逸らさない。
「理由は何だ?」
「……」
エアはすぐには答えない。
考えているわけではない。
ただ――
言葉にする必要がないだけだ。
「……別に」
短く返す。
「……」
「目の前にあったから、やっただけだ」
それだけ。
「……」
理解できない。
合理性がない。
意味もない。
「……それで動いたのか」
確認するように言う。
「そうだ」
迷いはない。
「……」
沈黙。
胸の奥が、わずかに揺れる。
あの火と同じ。
理由もなく、ただそこにある。
「……そうか」
短く落とす。
否定はしない。
出来ない。
「神の気まぐれか……導きか……」
一瞬だけ。
思考が止まる。
だが――
切る。
不要だ。
それ以上は、必要ない。
「……行け」
それだけ言う。
話は終わりだ。
「……ああ」
エアが答える。
扉が開く。
外の音が、戻る。
そして――閉じる。
「……」
一人になる。
静寂。
「……」
息を整える。
乱れはない。
判断も、誤っていない。
全ては規定通りだ。
「……」
そう結論づける。
それで終わりだ。
――そのはずだ。
「……」
わずかに、指が動く。
無意識だった。
理由はない。
「……」
止める。
それ以上は動かさない。
必要がないからだ。
「……」
胸の奥。
何も起きていない。
歪みもない。
異常もない。
ただ――
説明のつかない“残り”だけがあった。
「……」
目を閉じる。
切り捨てる。
それでいい。
「……」
それでも――
完全には、消えなかった。
「……」
指先に、わずかな違和感が残る。
何も掴んでいないはずの感触。
あり得ない。
「……」
手を見る。
何もない。
当然だ。
だが確かに、あの時……。
……“触れていた”感覚だけが残っている。
「……」
意味はない。
原因も、不要だ。
「……」
――消えていない。
それだけが、残った。




