第130話:白に紛れて
白が空間を埋めている。
石の床。
高い天井。
余計な音が、ほとんどない。
「……」
足を止める。
視線が集まる。
当然だ。
俺はこの中では異物だ。
「列に入れ」
レイヴァルトの声。
従う。
空いている位置へ歩き、並ぶ。
「……」
誰も話さない。
レイヴァルトが後ろから俺に指示を出す。
「……跪け」
同時に、全員が膝をついた。
一切のズレがない。
「「「――正しき火よ」」」
低い声が、重なる。
「「「我らの罪を焼き、導きを示せ」」」
揃っている。
完璧に。
「「「――迷いを断ち、歪みを正せ」」」
響く。
個はない。
ただ、同じ言葉が繰り返される。
(……くだらない)
祈り、ではない。
命令に近い。
「「「――我らは火の導きに従う」」」
最後の一節。
それで終わる。
静寂が戻る。
「……」
顔を上げる。
視界に入る。
反対側の白服の列。
その中に――カイナがいた。
「……」
位置が、少し後ろだ。
無事ではある。
一瞬だけ、目が合った。
逸らさない。
だが――少しだけ目を伏せた。
(……無事なら、十分だ)
「今回の件について。皆、知っての通り――」
前方から声。
全員の意識が、そちらへ向く。
立っているのは、数名の上位白服。
その中に――セレスがいる。
「カイナの規律違反。
及び、対象との接触」
淡々とした声。
「本来であれば、断罪は免れない」
空気が張る。
「だが――」
わずかに、間を置く。
「今回の一件は、入信試験の一環として処理される」
静かに言い切る。
「対象――エア」
名を呼ぶ。
視線が集まる。
「当初、異端として観測された存在」
セレスの視線が、こちらに向く。
「だが――」
そこで一度、言葉を切る。
「火は、彼を焼かなかった」
一言。
それだけ。
説明はない。
「我らの火は、罪を焼き」
静かに続ける。
「導きを与える」
一拍。
「聖杭杖槍として、私は主の意志を彼に向けた……だが」
視線が鋭くなる。
「火は、彼を拒まなかった」
空気が変わる。
「これは何を意味するか」
誰も答えない。
答えは、既に決まっている。
「……主の意志である」
断定だった。
反論の余地はない。
「識別は無色……異端として切り捨てるのは容易だ」
一歩、前に出る。
「だが現状、それは導きを否定することに等しい」
静かに言い切る。
「よって」
短く区切る。
「エアは、入信試験対象とし、仮所属、我々の監視下に置かれる」
それだけ。
「その過程において、主の意志を測る」
結論だった。
「……以上だ」
沈黙。
「解散」
一言。
それだけで、全員が立ち上がる。
音が……動きが、揃う。
白が、ほどけるように散っていく。
すれ違う。
視線は向けられない。
向けられても、何もない。
ただ通り過ぎるだけだ。
「……エア」
横。
カイナが立っていた。
声は小さい。
周囲には聞こえない程度。
「……すまな――」
「必要ない」
被せる。
短く。
それだけで終わらせる。
今は、深く関わるのはお互いによくない……。
そう判断したからだ。
「……」
カイナはそれ以上言わない。
……言えない。
そのまま、すれ違う。
一瞬だけ目が合う。
さっきとは違う。
今度は――逸らした。
「……」
それでいい。
それ以上はいらない。
そのまま前へ進む。
「レイヴァルト」
前方。
セレスの声。
レイヴァルトが前に出る。
「対象の教育を任せる」
簡潔だった。
「仮所属の間は、貴様の管理下に置け」
そして俺を見る。
「逸脱があれば、即時報告」
感情はない。
命令だけが落ちる。
「……了解しました」
レイヴァルトが答える。
セレスはそのまま、何も言わず去っていく。
足音が遠ざかる。
「……行くぞ」
レイヴァルトが言う。
「ああ」
そのまま歩き出す。
白の中を抜ける。
背後に残るのは――
同じ動き。
同じ色。
同じ視線。
(……管理、か)
小さく息を吐く。
新しい枠に入っただけだ。
変わったのは、服の色だけ。
だが――
中身は、まだ決まっていない。
「……まずは、理解しろ」
前を歩くレイヴァルトが言う。
振り返らない。
「一から教える。
知らなければ、判断も出来ない」
「……よろしく頼む」
短く返す。
レイヴァルトの足が、わずかに止まる。
「……そうか」
それだけ。
また歩き出す。
白の中へ。
(……決めるのは、俺だ)
静かに、思った。
―――――
廊下。
足音が、二つ。
前を歩くレイヴァルトは振り返らない。
「……まずは基礎からだ」
淡々とした声。
「我らが何か、理解していないだろう」
「……ああ」
否定しない。
興味も、ないわけではない。
「正統光火教会」
短く区切る。
「我らは“火”を信仰する。
火は、罪を焼く」
歩きながら続ける。
「歪みを正し、正しき形へと導く」
「……歪み、か」
小さく返す。
レイヴァルトは気にしない。
「人は、本来あるべき形を持つ。
それを外れたものを導くのが我らの使命だ」
信じて疑っていない……力強さがあった。
「他種族もか?」
「……」
わずかに、空気が止まる。
「……火を理解できるものならば、導きは与えられる」
即答。
迷いはない。
「人は火を継ぐ存在だ。
それ以外は、導かれる側に過ぎない」
「……」
理解はできる。
納得はしない。
「そして我らは――」
そこで、初めて言葉の質が変わる。
「その導きを“実行する側”だ」
「……実行」
「歪みの排除」
短く。
「及び――回収だ」
「回収?」
レイヴァルトの足が止まる。
振り返る。
「主の意志は、各地に残されている」
淡々とした声。
「間違ったものの手に渡り、歪められ、あるいは眠ったまま放置されている」
一歩、こちらへ向く。
「本来あるべき形で扱われていない。
だから回収する」
「……」
「奪うわけじゃない」
わずかに間。
「戻すだけだ」
揺れはない。
「正しく扱える場所へ」
「……それが中央か」
「そうだ」
即答。
迷いはない。
「我らはそのために動く」
短く区切る。
「監視、観測、必要であれば排除」
「そして――回収」
「……」
言っていることは単純だ。
だが――歪んでいる。
そこで、わずかに言葉が落ちる。
「その中心にいるのが、聖杭杖槍……セレス様だ」
レイヴァルトの気配が変わる。
「歪みを見極め、導き、そして貫く」
セレスの言葉と重なる。
「……判断も、か」
「最終的な判断は、我らにはない」
即答。
「だが、あの方にはある」
それだけ。
「だから任されている」
振り返る。
もう一度、歩き出す。
「……」
小さく息を吐く。
(……なるほどな)
結局――
どこでも同じだ。
「……そうか」
だが、少し気になったことがある。
「なあ、レイヴァルト……お前は」
小さく落とす。
レイヴァルトは止まらない。
「聖杭杖槍に、なるつもりか?」
一瞬だけ、足が止まる。
わずかに間。
「……それは、俺が決めることではない」
振り返らない。
「選ばれるかどうかだ」
それだけ。
「……そうか」
短く返す。
レイヴァルトは、すぐには歩き出さなかった。
ほんのわずか。
視線が遠くに流れる。
「……」
言葉はない。
だが――
「……主が決める」
それだけ、落とす。
短い。
さっきよりも、削れている。
「それが全てだ」
付け足す。
すぐに、歩き出す。
「……」
その背中を見る。
何も変わらない。
信仰も、態度も、言葉も。
だが――
(……違うな)
ほんのわずかだけ、“個”が混じった。
「……行くぞ」
「ああ」
足音が、また重なる。
白い廊下に、同じ音が、二つ続いた。




