第124話:見届ける者たち
中庭。
砕けた石の破片が、まだ地面に散っている。
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
槍を拾い、深く……握る。
「……ふぅっ」
息を整える。
視線を上げた瞬間に、影が落ちた。
ドンッ!!
土が弾ける。
石が跳ねる。
目の前。
セレスが、着地していた。
もう、間合いに入っている。
だが、始まらない。
「……なぜだ」
ふと、低い音が通る。
「なぜ火を使わん」
一歩、詰める。
槍はまだ動かない。
だが、圧だけが先に来る。
「貴様の火は、通るはずだ。
……なのに使わない」
断じるように。
「なぜだ」
短い沈黙。
俺は、槍を構えたまま答える。
「……迷ってる」
それだけ。
間を置かず、続ける。
「乗り込んだはいいが、考えていなくてな」
視線は外さない。
「お前を倒した先が、面倒しか見えん」
事実だけを置く。
セレスの目が、わずかに細くなる。
一瞬。
そして――
「……倒す、だと?」
空気が変わる。
次の瞬間。
「――笑わせるッ!!」
踏み込む。
爆発的な一歩。
槍が来る。
一直線。
重く、速い。
「……ッ!」
受ける。
金属音と同時に火花が散る。
だが――今度は、違う。
「……」
衝撃を、芯まで通さない受け流し。
俺はそのまま言う。
「いい動きだ」
受けながら。
崩されながら。
それでも。
「無駄がない」
捌く。
流す。
「これは……面白いな、本当に、面白い」
一歩、踏み返す。
セレスの眉が、わずかに動く。
「……何?」
俺は続ける。
「俺の知らない時代で――」
弾く。
間を外す。
「ここまで組み上げたか」
短く。
だが確かに、評価。
ふざけているわけではない。
ただ……。
どこか誇らしく、嬉しかった……。
「……」
セレスの目が変わる。
怒りじゃない。
違う。
「妙な奴め……戯言を」
低く吐き捨てる。
だが、踏み込みは止まらない。
さらに速くなる。
重さも増す。
「ならば、その余裕ごと叩き潰すッ!!」
第2ラウンドが、始まる。
「来いッ!」
―――――
視界が少し滲む。
それを腕でこすりながら、走っている。
「はぁ、はぁ、はぁ!!」
あの一言が、まだ耳に残っている。
『来るなッ!!』
振り返りもせず。
怒鳴るように、切り捨てるように。
それだけ言って――エアは行った。
「……ッ」
ユーリスは、廊下の途中で立ち止まっていた。
追えなかった。
足が、動かなかった。
分かっていたからだ。
(……ついていけない)
危険だから。
足手まといになる。
守られる側になる。
それだけは――分かっていた。
拳を、強く握る。
「……っ」
悔しさが、再び視界を滲ませる。
何も出来ない。
何も届かない。
「……でも」
あの日言われた言葉が、胸の中で木霊する。
『怖いと思う相手を、
自分の人生から外したくないと思えるなら……』
顔を上げる。
自分が行ったとしても、できることは少ない……でも。
……それでも。
「……行かないとッ」
足が動く。
止めていたものを、振り切るように。
走り出す。
――ドンッ!!
遠くで、爆音。
空気が震える。
(エア……!)
速度が上がる。
廊下を抜ける。
角を曲がる。
その瞬間――
「いたっ!?」
正面から、誰かとぶつかる。
衝撃。
体がよろける。
「どこ見てッ! あ――」
顔を上げる。
「ユーリス!?」
ミリカだった。
その後ろに、パコダたち。
全員、同じ方向を見ている。
「ミリカ……!」
一瞬の空白。
すぐに埋まる。
「中庭です!」
ユーリスが言う。
「……」
だが誰も理由を聞かない。
目的は同じだった。
ミリカが頷く。
そしてパコダが、ユーリスの手を掴み起こす。
「こっちだ!」
それだけ。
説明はいらない。
全員、走る。
並ぶ。
「さっきの爆発……」
パコダが言う。
「エアだろ?」
「たぶんです!」
全員がただ、前を見る。
誰も止まらない。
そのまま、開けた先へ飛び出す。
――白。
ローブが、並んでいる。
「……白服?」
外周を囲むように並んでいる。
動かない。
ただ、同じ方向を見ている。
異様な空気。
「この野郎、何して……!」
ミリカが踏み込もうとする。
だが――
「待って!」
ユーリスが止める。
視線の先。
中庭の中央。
そこに――
「……ッ」
言葉が、出ない。
槍がぶつかり合って、火花が散り続ける。
二つの影が、交差し続けている。
速すぎて、見えない。
だが――分かる。
「……エア……?」
一瞬。
白が、押す。
次の瞬間。
黒が、踏み返す。
「……押してる……?」
ユーリスの声が、漏れる。
ほんのわずか。
ほんの一瞬。
だが、エアが前に出ている。
「嘘だろ……」
パコダが呟く。
「あの相手……白服の親玉女だろ……」
ミリカは何も言わない。
ただ、睨む。
食い入るように。
「……あいつ……」
息を吐く。
「何やってんだよ……」
中央。
その中で。
再び、槍がぶつかる。
――ドンッ!!
衝撃が、遅れて届く。
空気が揺れる。
白服たちが、わずかに下がる。
それでも――誰も、手を出さない。
出せない。
その時だった。
「……ユーリス……?」
低い声。
振り向く。
「お前達も来たのか……」
カイナが、そこに立っていた。
息は上がっている。
だが、その目は中央から外れていない。
戦いを見ている。
ずっと。
「カイナさん……!」
ユーリスが一歩、踏み出す。
「エアは……今――」
言いかけた、その瞬間。
「――お前ッ!!」
横から、声が叩きつけられる。
ミリカだった。
一歩、踏み込む。
距離を詰める。
「お前のせいにゃ!!」
胸ぐらを掴みかねない勢い。
「エアは……お前を助けるために行ったにゃ!!」
声が震えている。
怒りだけじゃない。
焦り。
苛立ち。
恐怖。
全部、混ざっている。
「なのに……!」
さらに詰める。
「お前はなんで戦ってないにゃ!!」
――空気が張り詰める。
カイナは、動かない。
視線も逸らさない。
ただ、受ける。
「……」
一瞬の沈黙。
その間に――
「ミリカ、やめろ」
オルドが肩を掴む。
反対側から、ザハクが腕を押さえる。
「今は違う」
短く、低く。
だが、強い。
ミリカが歯を食いしばる。
「でも……!」
振りほどこうとする。
だが、止められる。
「……チッ」
舌打ち。
それ以上は出ない。
ただ、睨む。
カイナを。
「……」
カイナは、ようやく口を開く。
視線は、中央のまま。
「……この戦いに手を出すな」
低く、だがはっきりと。
ミリカが眉を吊り上げる。
「はぁ? 何言って――」
カイナは視線を外さない。
中央を見たまま、続ける。
「……これは、裁定だ」
一拍。
空気が、わずかに変わる。
ユーリスが息を呑む。
「裁定……?」
カイナが小さく頷く。
「セレス様は……聖杭杖槍として、あいつを“討滅対象”に定めた」
短く。
だが、その意味は重い。
「そして――」
視線が、わずかに鋭くなる。
「自らの手で裁くと、宣言した」
ミリカの顔が歪む。
「……だから何にゃ」
吐き捨てるように。
だが、声はわずかに揺れている。
カイナは答える。
「その時点で、他の信徒は手を出せない」
「……は?」
パコダが思わず声を漏らす。
「何だそりゃ……縛りかよ」
「規律だ」
淡々と。
感情は乗せない。
「聖杭杖槍が“裁定”を下した戦いは――」
中央を見る。
火花が散る。
衝撃が遅れて届く。
「その結果を、他の者が歪めることは許されない。
行為そのものが神聖を持つとしているからだ」
ユーリスが中央を見る。
改めて。
白服たち。
確かに――囲んでいる。
だが、誰も動かない。
「……見てるだけ……」
カイナが頷く。
「あいつらは、あれを“見届けてる”」
それに対して、ミリカが叫ぶ。
「ふざけんにゃ!!」
だが……。
「今行けば、お前達も無駄に死ぬことになる!!」
カイナが、初めて怒鳴った。
空気が、止まる。
ミリカも。
ユーリスも。
パコダたちも。
一瞬だけ、言葉を失う。
「……っ」
ミリカの目が見開く。
怒鳴り返されたからじゃない。
違う。
その顔を見たからだ。
「……何で」
ぽつりと落ちる。
「何で……お前が、そんな顔するにゃ……」
カイナが、はっとしたように目を細めた。




