第123話:神敵
「来るぞ、エア!」
カイナが叫ぶとともに、目の前に巨大な火の球が生み出される。
あの夜と同じ火球。
(まずい……)
俺は平気だ。
だが――
(カイナが……)
背後にいる。
距離はない。
避ける時間もない。
なら――
「そこから動くな!!」
言い切る。
返事は待たない。
そのまま前へ出る。
火球の軌道へ。
真正面。
「……ッ!」
踏み込む。
槍に火を灯す。
ただ在る火。
原初の時代に使っていた火。
揺れない。
歪まない。
そこに在るだけの火。
「――貫け!!」
突き出す。
火球の中心へ。
接触。
圧がぶつかる。
白と、原初。
拮抗。
「……ッ」
押し込む。
力ではない。
質だ。
存在そのものを、叩き込む。
「――割れろ!」
火球が裂ける。
左右に。
真っ二つに。
「!?」
白服の誰かが息を呑む。
割れた火はそのまま後方へ抜ける。
カイナの両脇をかすめ、壁と床を焼きながら流れる。
直撃はない。
守った。
その代わりに――
「……っ」
遅れて衝撃が来る。
突き立てた槍を糸口に、爆圧を浴びる。
全身を叩く。
服が焼け、上半身の布が消し飛ぶ。
皮膚が露出する。
だが、傷はない。
焼けていない。
「……」
煙の中、立っている。
槍を突き立てたまま。
その後ろ。
カイナは無傷だ。
「エ、ア……お前」
かすれた声。
振り返らない。
「言ったはずだ」
短く返す。
「動くなと」
それだけ。
槍を引き、地面に落とす。
床には焼け跡。
裂けた火の残滓が、淡く揺れる。
「……満足か?」
視線を上げる。
煙の向こう。
セレス。
目が細くなる。
「……なるほど」
「報告通りか」
感情はない。
だが――認識された。
「貴様は……在ってはならない」
断じる。
視線は外れない。
「加護を受けず、火を歪める存在」
言い換えない。
そのまま続ける。
「それは、いずれ中央の教義そのものを崩す」
即断。
迷いはない。
「ならば、断つ」
その場で決める。
「ここで終わらせる」
理由は添えない。
結論だけを置く。
「たとえこの身が尽きようとも」
声は変わらない。
退く気は最初からない。
「聖杭杖槍としての役目だ」
それで十分だ。
観察でもない。
排除でもない。
「討滅対象」
定義が固定される。
「貴様は、ここで……終わる!」
踏み込みが見えた時には、もう間合いに入っている。
速い――無駄がない。
一直線。
最短距離。
「……ッ!」
受ける。
槍同士がぶつかる。
重い金属音が鳴る。
だが、それだけじゃない。
(抜けてくる……ッ)
衝撃が、内側まで届く。
弾いたはずの一撃が、身体の奥に残る。
「……ッ!」
踏み止まる。
間に合っている。
防いでいる。
それでも――削られる。
「……チッ」
次が来る。
止まらない。
流れのまま、連続。
突きだけではない。
セレスの槍は、俺の槍よりもいくらか短い。
その機動性を活かし、薙ぎと突きを無駄なく組み合わせてくる。
全部、当たる軌道。
「……ッッ!?」
ダメだ……受ければ衝撃が……。
「ならッ!」
捌く。
ずらす。
逸らす。
それでようやく外れる。
だが――やはり。
(残る……)
芯に。
衝撃が消えない。
タイミングをずらし、今度はこっちから出る。
横薙ぎ。
力で叩く。
全力で。
型はない。
だが、速く、重い。
「……遅い!」
当たらない。
最小の動きで外される。
俺の槍は床を叩き割る。
「――ッ!」
再び、相手の流れに持っていかれる。
足が滑る。
押される。
セレスは、ただ槍を振り回しているだけじゃない……。
(……槍術だ)
小さく思う。
ただの突きじゃない。
流れ。
間合い。
崩し。
全部が繋がっている。
無駄が一つもない。
「……効いているな」
セレスの声。
変わらない。
「外を守っても、意味はない」
一歩、詰められる。
「内から崩す」
そのまま来る。
深い。
一直線。
逃げ場がない。
「――ッ!」
正面から受ける。
止める。
だが――抜ける。
奥まで届く。
「っ……!」
歯を食いしばる。
これ以上、崩さない。
後ろにいる。
「……守るか」
セレスが言う。
「ならば――」
踏み込み。
「折る!!」
速度が上がる。
重さも増す。
押される。
それでも。
「……来い」
退かない。
槍を握る。
押される。
止める。
止めきれない。
「――ッ!」
踏み込まれる。
重く、深い。
(……違う)
噛み合っていない。
俺は、ただ受けているだけだ。
(……そうじゃない)
火花。
金属音。
視界の端で、火が揺れる。
その奥に――
夜。
森。
静かな空気。
小さな影が、槍を握っていた。
『……こうじゃない』
短い声。
ぎこちない手。
力任せに振るう。
『持ち方が違う』
俺が言った。
それだけ。
ほんの一度。
まだ本当に小さかった頃……。
それだけのやり取り。
(……あれは)
振るう前に、止める。
力を込める前に、流す。
(……そうか)
視線が戻る。
目の前。
セレス。
来る。
同じ踏み込み。
同じ軌道。
「――ッ!」
受けない。
滑らせる。
噛み合わせない。
力と衝撃を逃がす。
「……何?」
初めて。
わずかに、間がズレる。
そのまま、踏み込む。
近い。
距離が詰まる。
「……グッ!?」
今度は、当たる。
浅い。
だが――入った。
(……見えた)
まだ足りない。
だが、通る。
「来い」
槍を構える。
さっきまでとは違う位置で。
「今……噛み合わせを外したな……?」
一瞬、動きが止まる。
視線が、俺の槍に落ちる。
「……この場で修正したか」
次の踏み込みが、速くなる。
空気が張り詰める。
一瞬だけ――距離が切られる。
「……?」
来ない。
いや、来る気配はある。
だが、踏み込まない。
構えが、変わる。
低い。
槍が、わずかに沈む。
(……何だ?)
違和感。
さっきまでの流れと違う。
直線じゃない。
「貴様は、厄介だ……」
セレスの槍。
穂先ではない。
柄の後方。
そこに――白い火が集まる。
「……加護を退ける異端め」
空気が揺れ、圧が増す。
「ならば……私がその身に神の意志を刻むだけ……」
(……あれは)
一瞬、視界がずれる。
夜。
雪。
岩肌。
鉄の槍。
『――ッ!!』
後端から噴き出す火。
遠い記憶。
踏み込み。
叩き込む。
骨を潰すだけの一撃。
(……まずい!?)
思考が戻る。
「エア――ッ!」
カイナの声。
遅い。
もう来る。
「この身が――我が主の槍である!!!」
セレスが踏み込む瞬間。
大気が、爆ぜる。
白い火が後端から噴き出した。
加速。
一瞬で距離が消える。
速いなんてもんじゃない。
“消えた”。
「……ッ!」
咄嗟に、身体をずらし、槍を差し込み、軌道をずらす。
直撃は――ない。
だが……槍は、金属とは到底思えない音を発しながら削れていく。
(重い……ッ!!)
違う。
俺の技じゃない。
ただの突進じゃない。
全体で貫通してくる。
勢いが、止まらない。
「――ッ!!」
いなしたはずだ。
なのに――
押し切られ、身体ごと持っていかれる。
壁が迫る。
避けきれない。
「ぐはぁッ!!」
衝突。
轟音。
石壁が、砕ける。
視界が白に弾ける。
そのまま――外へ吹き飛ばされる。
空気が変わる。
青い空。
そこから破片が、遅れて降ってくる。
地面に叩きつけられる。
転がる。
止まる。
「……ッ」
すぐに起きる。
息はある。
折れてはいない。
だが――
「かはッ……なんつう力だ」
視線を上げる。
崩れた壁の向こう。
穴の奥に、白が立っている。
煙の中。
槍を構えたまま。
「あの一撃を捉えるとは……」
わずかな間。
「神の意志を退けるか……」
静かに、断じる。
「貴様は――異端では足りん」
一歩、踏み出す。
「神敵になりえる……。ここで必ず滅ぼす!!」
その一言で――空気が変わる。
槍を、深く握り直した。




