第122話:聖火の核
足音が響く。
規則的に。
揃っている。
後ろに一人。
――カイナ。
拘束はしていない。
必要がない。
「……」
抵抗はない。
当然だ。
自分が何をしたかも、その結果も理解している。
規律違反。
それだけで十分だ。
「……」
視線は前。
振り返る必要はない。
(……想定内だ)
思考が過る。
以前から兆候はあった。
他種族への距離感。
曖昧な線引き。
教義に対する余白。
見えていた。
だからこそ――
(遅かれ早かれ、こうなる)
例外ではない。
逸脱は、必ず表に出る。
「……」
足音が続く。
カイナは何も言わない。
それでいい。
言葉に意味はない。
結論は既に出ている。
(正しくなければ)
一瞬だけ、過去が重なる。
同じ場で学び、同じ教義を受けた。
並んでいた時期もある。
だから分かる。
あれは逸脱だ。
「……」
思考を切る。
不要だ。
優先順位は明確だ。
「止まれ」
足音が止まる。
前方。
扉はない。
開けた空間。
上級生用の共用区画。
――だが。
ここに学院の色はない。
中央の白のみ。
「……」
静かだ。
音が削ぎ落とされている。
笑いも、会話もない。
配置。
距離。
姿勢。
すべてが整っている。
(……通過点だな)
今は上にいる。
それだけだ。
差はある。
だが、越えられないものではない。
積み上げればいい。
削ぎ落とせばいい。
いずれ並ぶ。
それだけの話だ。
(価値はあるが、絶対ではない)
中央はそういう場所だ。
だが――
この場において、例外が一つだけある。
「……進め」
踏み込む。
視線が集まる。
それで終わりだ。
誰も発言しない。
空間の中央。
席に座る存在。
――セレス。
ここは学院ではない。
「レイヴァルト」
声が落ちる。
「セレス様、報告します」
定位置で止まる。
視線は上げない。
「……続けろ」
「対象、エアとの無許可接触を確認」
本が閉じられる音。
「カイナが独断で機密情報の警告を行いました。
その他、軽微な逸脱行動も複数確認されています」
事実のみ。
「聖杭杖槍の裁定を」
空気が止まる。
「……そうか」
短い。
重い。
「カイナ」
名を呼ぶ。
それだけで圧が変わる。
「弁明の機を与える」
「規律違反は確認済みだ――意図を述べろ」
「……」
カイナは動かない。
視線も逸らさない。
呼吸が変わる。
「……彼に警告しました」
短い。
「理由は」
「……危険だと判断しました」
「中央に対してか」
「違います」
即答。
「すべてに対してです」
空気がわずかに軋む。
「……教義を否定するか」
「否定はしていません」
「ですが」
間を置く。
「教義の外にあるものを無視するのが正しいとは思えません」
空気が変わる。
明確に。
「……そうか」
セレスが言う。
「問う」
わずかに前へ出る。
「正しき火は何のためにある」
「……導くためです」
「誰を」
「人を」
迷いはない。
「ならば、それ以外は何だ?」
「……」
カイナは言葉を止める。
逃げない。
「……分かりません」
静止。
否定でも肯定でもない。
「分からない以上、切り捨てるべきではないと判断しました。
だから警告しました」
装飾はない。
選択のみ。
「……理解した」
セレスが言う。
「貴様は否定していない。
だが、従ってもいない。
中央においては同義だ」
断定。
「……はい」
カイナは頷く。
「本件は中央へ送還、正式な裁定は本国で行う」
結論。
揺れはない。
「内部逸脱の疑いあり。判断は上へ。
この場においての決定は、連行だ」
控えていた者が動く。
無駄がなく、カイナの両脇に立つ。
拘束は不要。
「……」
一度だけ、カイナが目を閉じる。
すぐに開く。
迷いはない。
「……了解」
足が動く。
中央へ向かう。
戻るのではない。
送還だ。
「……」
動かない。
見送る必要もない。
(これが正しい……)
問題はない。
そうでなければならない。
「レイヴァルト」
「は」
「判断は適切だった」
短い評価。
頷く。
返答は不要。
足音が遠ざかる。
気配も消える。
「……」
視線は前。
変えない。
(問題はない)
定義する。
処理は完了している。
――だが。
(お前も……こうなると分かっていたはずだ……)
思考に残る。
即座に切る。
不要だ。
関係ない。
そうでなければならない。
レイヴァルトは、そのまま動かず立ち続けた。
―――――
足を止める。
「……」
気配……分かる。
まだ残っている。
(……近いな)
そのまま進む。
迷わない。
既に分かっている。
(この先に居るはずだ)
生活の音が少なくなる。
整いすぎた静けさ。
(中央の本拠か?)
それだけ気配で確認する。
足は止まらない。
「……」
思考は短い。
襲撃。
警告。
逃げろ。
全部、繋がっている。
(……なら)
結論は一つだ。
「……」
踏み込む。
空間が開ける。
白。
配置された人間。
そして――
「……見つけた」
カイナ。
俯いている。
両脇に二人。
距離、十分だ。
「……」
考える必要はない。
理由もいらない。
ただ――遅い。
「……ッ」
踏み込む。
一瞬で距離を詰める。
カイナの左右の白服の反応が遅れる。
「邪魔だ」
腕を振る。
それだけ。
次の瞬間、
左右の白服が、同時に弾けた。
「「ッ!?」」
カイナを引き寄せつつ、槍の横薙ぎで吹き飛ばす。
配置が崩れ、音が遅れて追いつく。
「な――」
声が上がる。
遅い。
「カイナ」
短く呼ぶと、顔を上げ、目が合う。
「……来い」
「エア……? お前、何をしている……」
カイナは目を見開き、信じられないものを見るように見ている。
「黙れ」
腕を引く。
強引に。
逃げる距離を奪う。
「動くな」
それだけ言う。
カイナの身体がわずかに揺れる。
だが、抵抗はない。
そのまま背に回す。
守る位置に置く。
「……」
空気が変わる。
遅れて、全員が理解する。
「貴様……何をしたか理解しているか?」
よく通る声が落ちる。
セレスが静かに問う。
怒気はない。
だからこそ重い。
「している……。
狙われた以上、降りかかる火の粉を受け止めるだけだ」
それだけ。
セレスは一歩、前に出る。
配置が変わる。
周囲の白服が、わずかに距離を取る。
「ならば、是非もなし。
聖杭杖槍として、この侵入者に裁定を下す」
セレスは自分の槍を取り出し、目の前に立つ。
流れない。
ただ――“在る”。
「連行対象の強奪」
一つ。
「中央執行への干渉」
二つ。
「そして――」
わずかに間。
視線が、カイナへ流れる。
「内部逸脱対象の保護」
三つ。
再びこちらへ戻る。
「十分だ」
断定。
「貴様を、ここで処理する理由としてはな」
空気が、沈む。
重く。
逃げ場が消える。
「私がこの手で裁きを下す」
俺は動かない。
カイナも動かない。
「だが……良い機会だ」
セレスが小さく、それだけを落とす。
白い火が、足元に灯る。
揺れない。
流れない。
ただ在る。
「まずは確かめよう」
静かな声だった。
だが――
その時点で、もう処理の中に入っている。
「貴様が、何者かをな」
セレスの手が、ゆっくりと腰元へ伸びる。
取り出す。
小さな、白い石。
指先に収まるそれが、淡く光を帯びる。
空気が、変わる。
背後で、カイナの気配がわずかに揺れた。
「ッ、それは……!?」
小さく、声が漏れる。
「聖火の核……!?」
セレスは答えない。
ただ、石を握る。
光が、強くなる。
白い。
揺れない。
流れない。
ただ――“圧”だけが増していく。
「まずは確かめる」
静かに言う。
「報告が誇張でないかをな」
その瞬間。
白い火が、石から離れる。
収束。
圧縮。
一瞬で球を成す。
空気が軋む。
「――ッ」
カイナの呼吸が止まる。
「来るぞ、エア!」
「……また、これか!」
構える。
退かない。
次の瞬間――巨大な火球が、放たれた。




