第119話:訓練場の確認
いつも通りの匂いと、いつも通りの人の流れ。
まるで昨日何もなかったような、朝のざわめき。
学院では爆発事故ですら、そう珍しくないのかもしれない。
だが――
「お?」
パコダの声。
「なんだその並び。珍しいな?」
笑いながら、こちらを見る。
皿を持ったまま、目線がそのまま横に流れる。
「……」
ミリカ。
当然のように、隣にいる。
いつもなら、パコダ達と一番に座っているからだ。
「なんかあったのか〜?」
面白がっている顔だ。
「何もない……はずなんだがな……」
「何もない。いつも通り……」
短く返す。
「いやいや、うそつけ」
即座に返される。
「距離おかしいだろそれ」
「普通……」
ミリカが即答する。
「普通じゃねぇよ」
パコダが笑う。
「お前、いつからそんなだった?」
「最初から」
「いや絶対違う」
そのやり取りを横目に、席につく。
ユーリスは少し困ったように笑いながら、隣に座る。
そのとき。
「おはよう」
低い声。
視線を上げる。
テーブルの反対、マリスだった。
離れた位置から、こちらを見ている。
「昨日の爆発」
短く言う。
「何かあったか知ってる?」
空気が少しだけ変わる。
パコダが首をかしげる。
「昨日? あー、なんか夜うるさかったな」
そのタイミングで――
「それのことか」
低い声。
ザハクだった。
いつの間にか後ろに立っている。
オルドもその横で肩をすくめる。
「結構響いてたな。通路が吹き飛んだらしいな」
軽い口調。
だが、全員の視線がこちらに集まる。
「……」
少しだけ間を置く。
隠す必要もない。
「襲撃だ」
短く言う。
「仮面の不審者」
パコダの動きが止まる。
「は? マジで? またか!?」
軽い調子が抜け、ザハクの目が細くなる。
「学院内でか」
「ああ」
オルドが小さく息を吐く。
「立て続けに、物騒だな」
だが、視線は逸らさない。
マリスは変わらずこちらを見ていた。
「どんなだった? 攻撃は?」
質問は一つだけ。
「火球だ……でも、でかいだけだった」
パコダが頭をかく。
「いや待てよ。
でかいだけって、てかよく無事だったな!」
パコダが身を乗り出す。
その横で――
「……エアは、強い……」
ミリカがぽつりと落とす。
そのまま距離を詰める。
腕に寄るように、身体を預ける。
「だから、生きてる……」
当然のように言う。
「……」
少しだけ視線を落とす。
(……やめろ)
言わない。
押し返すほどでもない。
だが、落ち着かない。
ザハクとオルドが、一瞬だけ顔を合わせる。
言葉はない。
短く、頷く。
パコダが少しだけ眉をひそめる。
「……そういやさ」
指でこちらを指す。
「俺ら、お前とちゃんとやったことなくね?」
にやっと笑う。
「実技も、なんか流れて終わってるしよ」
オルドが肩をすくめる。
「確かに、模擬戦とかはしたことがないな」
ザハクは何も言わない。
視線だけを向ける。
パコダは続ける。
「なあ、エア」
少しだけ声を落とす。
「お前って――」
一拍。
「もしかして、結構やばいやつか?」
軽く言う。
だが、目は外していない。
「……どうだろうな」
短く返す。
それだけ。
「濁すなよ!」
パコダが笑う。
「余計気になるだろそれ!」
ユーリスが少しだけ困ったように視線を動かす。
「ほら! ユーリスもなんか目そらしてるし!」
パコダが頷く。
「なんか隠してるだろ絶対?」
「隠してない」
即答する。
「いや、してるって」
「してない」
「してる……」
「してない!」
「どっちだよ!」
途中でミリカが入り込み、パコダが笑いながら頭をかく。
空気が少しだけ軽くなる。
ミリカは変わらず離れない。
当然のように、そこにいる。
「話はいい……食うぞ」
小さく言う。
それぞれが食事に戻る。
食堂のざわめきは、変わらない。
―――――
訓練場。
石で区切られた広い空間。
朝の空気はまだ軽い。
だが――
三人が、距離を取って立っている。
ザハク、オルド、パコダ。
俺はため息を吐きながら、三人を見た。
「なんでだ……」
だが三人とも、引かない。
オルドが言い出し、完全に俺は付き合わされている。
「気になるだろ?」
ザハクは何も言わずに頷く。
「……本気か?」
パコダが笑う。
「軽くだって、軽く」
ザハクが一言だけ足す。
「確認だ」
(面倒な……)
小さく息を吐く。
「誰からだ?」
短く言う。
一拍も置かず――
「俺だ」
オルドが前に出る。
即答だった。
肩を軽く回しながら、足を鳴らす。
「気になってたからな」
軽い口調。
だが、目は笑っていない。
ザハクは一歩引き、腕を組む。
パコダは横にずれる。
「お、じゃあまずはオルドか」
完全に観戦モードだ。
「……ユーリス」
視線だけ向ける。
「え、あ、はい!」
慌てて前に出る。
「えっと、その……危ないと思ったら止めます!」
「頼む」
短く返す。
ミリカはすでに横にいる。
「見る……」
当然の位置だった。
「じゃあ――」
ユーリスが一歩下がる。
「始め!」
声が落ちる。
次の瞬間――
オルドが踏み込んだ。
低い。
地面を蹴る音が鋭い。
「魔法じゃねぇのかよ!?」
思わず口に出る。
だが――来る。
一直線に拳が迫る。
俺はそれを、そのまま受ける。
鈍い音が響く。
空気が揺れる。
だが――
「……重いな」
動かない。
一歩も。
「……はあ!?」
オルドの声が跳ねる。
「なんだそれ……!」
さらにオルドは踏み込んだまま、押し込もうとする。
「ほう?」
だが、わずかにずれるのみ。
「あ、あのっ!」
横でユーリスが慌てて声を上げる。
「土系統は強化寄りの型が多く、身体能力を底上げするのが主流なんです! それから――」
解説が止まらない。
「なので打撃も重くて、普通は受けるより避けるか――」
「そんなの関係ねぇだろこれ! 威力弱すぎたのか?」
「……」
パコダが即座に突っ込む。
「ちっとも効いてねぇじゃねぇか! 手ぇ抜きすぎじゃねぇか?」
「……」
パコダの言葉に、オルドが反応し、空気が変わる。
歯を食いしばる。
踏み込み直す。
「お、おい? オルド、もう――」
俺の制止を無視して、オルドが動く。
今度は角度を変える。
連撃。
速さも上げる。
「ッ」
「ふざけんなぁああああ!!」
オルドの声が弾ける。
踏み込みの深さが変わる。
重さだけじゃない。
速さも、間合いも、さらに一段引き上がる。
拳が連なる。
連撃。
空気が裂ける音。
「お、おい……!」
パコダが一歩引く。
「ちょっと待て! それ軽くじゃねぇだろ!」
止まらない。
オルドの目は完全に入っている。
「やめ! そこまで! そこまでです!!」
ユーリスが声を上げかける。
その横で――
ザハクが腕を解いた。
一歩、踏み出す。
割って入る距離。
だが――
「ッ……」
止まる。
目が、そこで止まった。
理由は簡単だった。
「……」
正面。
オルドの拳。
振り抜かれる。
それに対して――
俺は拳を出す。
ぶつける。
ただ、それだけ。
――鈍い衝突音。
空気が歪む。
だが、弾かれるのは――
オルドの方だった。
「……」
ザハクの動きが止まる。
パコダも、言葉を失う。
オルドは止まらない。
「クソがぁぁああああ!!」
オルドは完全に理性をなくしていた。
「やめ! おい!」
一度、言う。
届かない。
「だからぁ! やめろって!」
それでも来る。
「言ってんだろうがぁあああああ!!」
一歩だけ踏み込む。
拳を合わせる。
今度は――思い切り押す。
拳のぶつかり合いが崩れ、オルドが一瞬浮く。
軸が消え、隙ができる。
そのまま――
下から。
振り上げる。
――アッパー。
衝撃。
オルドの体が弾かれる。
地面を離れる。
数メートル。
そのまま転がる。
止まる。
「……」
静かになる。
風の音だけが残る。
「……あ」
パコダの間抜けな声。
ユーリスが固まっている。
ザハクは動かない。
ただ、見ている。
ミリカだけが――
「勝ち!……」
少しだけ、満足そうに見ていた。
―――――
少しして。
「ッハ!?」
オルドが勢いよく身を起こした。
目が見開かれる。
呼吸が荒い。
しばらく、何が起きたのか分かっていない顔のまま固まる。
それから――
「おいおいおいおい……」
頭を抱える。
「嘘だろ……」
低く漏れる。
視線が上がる。
こっちを見る。
数秒の沈黙。
「……」
「……」
そして――
「こっちのセリフだ」
オルドの眉が跳ねる。
「いや、だって……!」
言いかけて、言葉が続かない。
パコダがようやく息を吐く。
「いやいやいや、こっちも言いてぇよ!」
頭を抱えたまま叫ぶ。
「なんだ今の!?」
「途中から完全にガチじゃねぇか!」
オルドが少しだけ視線を逸らす。
「……あ、それは」
珍しく歯切れが悪い。
ザハクが横から口を開く。
「戦いになると、我を忘れる……」
そして腕を組んだまま、ため息交じりに続ける。
「こいつの悪い癖だ……」
オルドが顔をしかめる。
「おい!」
「事実だ……」
即答だった。
オルドは返せない。
パコダが目を剥く。
「先に言えよ!!」
訓練場に響く。
「危ねぇだろ!」
「いや、まあ……」
オルドが頭をかく。
「そうなる気はなかったんだけどなぁ」
「なってたんだよ!」
即座に返される。
ユーリスが今さら息を吐いた。
「ほ、本当に……止まらなくて……」
まだ少し顔が青い。
「すみません、私……全然止められなくて……」
「いや悪くないって。てか無理だろ」
パコダがフォローして、ザハクも続く。
「悪いのはこいつだ……」
そのままオルドを見る。
オルドが少しだけ目を逸らした。
「は、反省はしてる……」
「してる顔じゃねぇよ!」
またパコダが叫ぶ。
ミリカがぽつり。
「弱いのに、入るから……」
「ああ!?」
オルドが即座に反応する。
「……」
「……ッ」
だが今度はザハクが立ちはだかり、睨みつける。
オルドは戦意をなくし、耳が下がる。
そしてオルドはまだ座ったまま、こちらを見上げている。
「……お前」
少しだけ間。
「なんなんだ、マジで」
「知らん」
短く返す。
それだけだった。
「濁すなよ……」
オルドが頭を押さえる。
「ザハク以外に拳ぶつけて負けたの、初めてなんだぞ……」
「それは知らん」
「知らんで済ますな」
小さく言い返す。
パコダが笑う。
「分かる分かる……。
でもまあ、ハッキリしたな」
にやっとしながら、親指で俺を指す。
「エアはやばい」
「人を危険人物みたいに言うな!」
ザハクが短く言う。
「間違ってはいない……」
ユーリスはほっとしたように胸を撫で下ろす。
ミリカは当然のように、俺の横に戻ってくる。
「……勝った」
小さく、でも少しだけ誇らしげだった。
「お前が勝ったわけじゃないだろ?」
「同じ……」
「違う……」
即答する。
「違わない……」
即答で返ってくる。
パコダがまた笑う。
訓練場は、似つかわしくない空気で朝を過ごした。




