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第113話:見ている者たち


廊下。


人の流れは普段通りだった。


授業へ向かう足音。

雑談。

笑い声。


何も変わらない。


だが――


「……」


俺は歩きながら、横にいる二人を見る。


ガレス。

その後ろに、マリス。


少しだけ間を置いてから、口を開く。


「どうして来た?」


短く。


それだけ聞く。


ガレスは前を見たまま、すぐには答えない。


代わりに――後ろ。


「……私」


マリスが口を開いた。


「エアが一人で動いたから」


小さい声。


だが、はっきりしている。


「それで……白服の方に向かった」


視線は前のまま。


俺は横目で見る。


「……嫌な感じがした」


少しだけ言葉を探す。


「止めるべきか迷った……」


さらに一拍。


「でも……止まらないと思った」


そこで、ほんのわずかに目を伏せる。


「だから、報告した」


それだけだった。


余計な説明はない。

言い訳もない。


ガレスが短く続ける。


「報告を受け、内容的に放置できないと判断した」


それだけ言う。


俺は少しだけ考える。


「……なるほどな」


納得したわけではない。


だが、筋は通っている。


マリスはそれ以上何も言わない。


ただ、少しだけこちらを見る。


「……余計だった?」


小さく。


俺は肩をすくめる。


「いや」


短く返す。


「助かった」


それだけ言う。


マリスの目が、ほんのわずかに揺れた。


すぐに戻る。


ガレスが前で足を止める。


「また何かしでかす気なら、次からは先に報告しろ。

 それと、この件にはもう関わるな」


振り返らずに言う。


「善処する」


「信用はない」


即答だった。


それだけ言って、また歩き出す。


俺も続く。


マリスも後ろからついてくる。


廊下は変わらない。


いつも通り。


だが――


一つだけ分かった。


「……」


俺は少しだけ視線をずらす。


(ちゃんと見てるやつもいるか)


それだけ確認して、前を向いた。


―――――


しばらくして。


ガレスが「戻る」

それだけ言って、振り返らずに去っていく。


足音が遠ざかる。


残るのは――俺とマリスだけだった。


「……」


俺は前を見たまま言う。


「ユーリスはどうした」


マリスはすぐには答えない。


「……パコダのところ」


小さく返す。


「一人にするなって、言ってたから」


そのまま続ける。


「今は一緒にいる」


短い。


だが、きちんと答えている。


俺は小さく頷く。


「そうか」


それだけ言う。


少しだけ間が空く。


足音。

人の声。

通り過ぎる気配。


「……」


マリスが横を見る。


ほんの少しだけ。


「怒ってる?」


小さく言う。


俺は首を振る。


「いや……むしろ感謝している」


事実だ。

怒る理由はない。


「止める気だったのか?」


「うん、少し……心配しただけ……」


間を置かずに返ってくる。


「でも、止まらないと思った」


さっきと同じ言葉。


だが、少しだけ違う。


今は、言い訳じゃない。


「だから、ガレスに投げた」


俺は少しだけ笑う。


「賢いな」


「……そうでもない」


マリスは目を逸らす。


「結果的に、面倒になった」


「いや、来てくれなければもっと面倒だった」


俺は足を止めて、マリスを見た。


「ありがとう、マリス」


「……」


マリスは静かに頷き、再び歩き出す。


完全に横に並ぶ。


「エア」


名前を呼ぶ。


短く。


「なんだ」


「……ああいうの、やめて」


視線は前。


だが、声は少しだけ強い。


「どれだ」


「全部」


俺は少しだけ目を細める。


「……全部か?」


「全部」


迷いがない。


さっきより、はっきりしている。


「一人で行くのも、白服に突っ込むのも。

 ……危険なことも」


マリスはそこで、少しだけ言葉を区切る。


そして――


「……やめて」


短く言った。


視線は前。


だが、声は確実に強い。


「無理だな。必要なら俺は行く」


即答する。


マリスは止まらない。


「だと思った……だから」


被せてくる。


珍しい。


「考えてって言ってる」


言葉を切る。


「ユーリス」


名前を出して、マリスは続ける。


「心配してる」


短く。


「ずっと」


さらに一拍。


「それを分かってて、

 ああいうことするのは」


少しだけ言葉を止める。


「……よくない」


強くは言わない。


だが、逃がさない言い方だった。


廊下の音が、少し遠くなる。


「……」


俺は小さく息を吐く。


「……そうか」


短く返す。


マリスはそれで満足しない。


「そうか、じゃない」


即座に言う。


「分かってるなら、少しは考えて」


珍しく、今日は本当に止まらない。


「全部やめろとは言ってない」


少しだけ声が落ちる。


「でも、やり方はある」


「……」


「一人で全部やる必要はないはず」


そこでようやく、言葉が止まる。


マリスは前を見る。

少しだけ呼吸を整える。


「……それだけ」


それ以上は言わない。


曲がり角を抜けた先。


「エア!」


声。


ユーリスだった。


その横に、パコダの姿もある。


「……無事でよかったです!」


少しだけ息を切らしながら、近づいてくる。


目は、いつもより強くこちらを見ていた。


「何もない」


短く返す。


「……そう、ですか」


完全には納得していない。


だが、それ以上は聞かない。


「……」


少しだけ、距離を詰める。


確認するように。


それで終わりだった。


「おいおい、何やってたんだよ」


パコダが軽く笑う。


「マリスが急にユーリス置いてくし」


「ちょっとな」


適当に返す。


それ以上広げない。


「ふーん……」


パコダはそれ以上突っ込まない。


だが、視線だけは少しだけ残る。


「……」


ユーリスは何も言わない。


ただ、一歩だけ近い位置に立つ。


「戻るぞ」


俺が言うと、全員が頷く。


そのまま、いつも通りの流れに戻る。


―――――


少し離れた位置。


私は足を止める。


人の流れから、ほんの少しだけ外れる。


「……」


視線は、前。


エアの背中。


その隣。


ユーリス。


(こちらも……想定外)


小さく思考する。


本来の任務は、別にある。


監視。


それだけだった。


だが――


あれは違う。


(普通とは……違う)


言葉にならない違和感。


だが、確実にある。


「……」


一度、目を伏せる。


(動きの予測は不可……)


それでもいい。


問題はない。


優先順位を変えるだけだ。


視線を上げる。


「……エア」


名前だけを落とす。


わずかに、目を細める。


「……見ておく必要がある」


それだけ決めて、歩き出す。


人の流れに戻る。


何もなかったように。


―――――


扉が閉まる。


足音が遠ざかる。


エアたちが去り、

学院の人間もいなくなったあと――


部屋には、白服だけが残った。


静寂。


先ほどまでの張り詰めた空気とは違う。


だが、緩んではいない。


「……再開する」


セレスが短く言う。


全員が席に着く。


机。

配置。

視線。


一切の無駄がない。


「レイヴァルトの報告通り……」


ゆっくりと目を閉じる。


「確かに、あれは注意すべき存在だ……」


誰もすぐには反応しない。


だが――


一人が口を開く。


「先ほどの……セレス様の術式」


言葉を選ぶ。


「侵食の形跡は確認できませんでした」


静かに続ける。


「干渉も、同調もなし」


さらに一拍。


「にもかかわらず、構築が崩壊した理由が説明できません」


沈黙。


別の白服が口を開く。


「術式そのものに干渉された形跡はない」


「だが、結果だけが崩れている」


「……あり得ない」


短く結論づける。


セレスは目を開く。


「いや……あってはならない」


静かに落ちる。


先ほどまでの「あり得ない」とは違う。


断定だ。


「我々に与えられた火は、絶対神のエンラ様からの加護だ」


低く。


一切の揺れなく。


「火の始祖。その継承者たる人間にのみ許された力」


沈黙。


誰も口を挟まない。


「その前提を……まして……中央ではない者が、あのような力など」


わずかに間。


一人が口を開く。


「……ならば、あれは何だ」


短い問い。


セレスは目を細める。


「……異端だ」


即答だった。


「信仰の外にありながら、火を語る」


さらに一拍。


「あるいは――」


わずかに言葉を選ぶ。


「加護を拒むもの」


静寂。


その言葉の意味を、全員が理解する。


「……そのような存在が、

 成立するのか」


「しない」


セレスは首を振る。


「本来はな」


だが、と続ける。


「現に、存在している」


それだけで、十分だった。


「ならば、どうする?」


静かに落ちる問い。


誰も、すぐには答えない。


判断は重い。


軽々しく決めていい対象ではない。


「……監視を継続し、情報を集めるべきかと」


一人が言う。


「接触は避けるべきだ」


「不用意に刺激すれば、“本来の目的”に支障をきたすかもしれません」


冷静な意見。


組織としては正しい。


だが――


「……甘い」


セレスが言う。


小さく。


だが、全員が止まる。


ゆっくりと立ち上がる。


「加護を受けていない存在が、

 我々の火を崩した」


一歩。


机から離れる。


「それだけで十分だ」


視線が、わずかに冷える。


「統一された教義を乱すもの、許してはならない」


空気が変わる。


重くなる。


「なら……排除、ですか」


誰かが問う。


確認の意味で。


セレスは答えない。


代わりに――


腰元に手を伸ばす。


取り出す。


小さな、白い石。


指先に収まるほどのそれは、淡く光を帯びている。


室内の空気が、わずかに張り詰める。


「……それは」


誰かが息を呑む。


セレスはそれを見下ろす。


「聖火の核」


短く言う。


わずかに握る。


石の光が、ほんの少し強くなる。


「……これで裁けないものはない」


静かに。


感情は出ていない。


だが――


決まっている。


完全に。


「……セレス様」


一人が声をかける。


制止ではない。


確認だ。


「それは……教義上、

 正式な裁定を経るべき対象では」


別の白服も続ける。


「加えて、今は学院側も警戒を強めています。

 ここで動けば、本来の任務に支障が出るかと」


組織としての正しさ。


それに対して――


セレスはゆっくりと顔を上げる。


「……裁定?」


小さく繰り返す。


「加護を拒む異端を前に、

 貴様は何を言っているか……

 理解は出来ているか?」


沈黙。


誰も、返せない。


「……」


石を収める。


それで終わりだった。


結論は出ている。


「監視は続けろ」


セレスは淡々と言う。


「だが」


わずかに間。


「機が来たら、迷うな」


それだけ告げる。


命令ではない。


だが、それに近い。


全員が理解する。


「……以上だ」


短く締める。


椅子が引かれる。


会議は終わる。


だが――


一つだけ。


確実に変わった。


対象は、

「観察対象」から――


「排除候補」へ。


セレスは最後に、小さく呟く。


「……エア」


名を落とす。


静かに。


「次は、終わらせる」

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