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第111話:掲示板の違和


朝から食堂は、やけに騒がしかった。


「無事でよかったな! マジで心配したんだぞ!」


パコダが大声で笑う。


オルドも肩をすくめる。


「昨日のあれはさすがに笑えなかったからな」


ザハクは短く頷く。


「生きて戻っただけで十分だ」


ミリカは頬杖をついたまま、

少しだけ顔をしかめた。


「……うるさい」


それだけ言う。


だが、追い払うほどではない。


ユーリスは小さく笑っている。


「本当に、無事でよかったです」


「……別に」


そっぽを向く。


だが、

完全には拒絶していない。


(軽いな……)


俺はパンをちぎる。


あの夜と、

同じ場所とは思えない。


食堂のざわめきは、

いつも通りだった。


―――――


廊下。


人の流れは普段通り。


授業へ向かう足音。

雑談。

笑い声。


何も変わらない。


その中で――


「……あれ」


ユーリスが足を止めた。


視線の先。


掲示板の前に、

人だかりができている。


ざわざわとした声。


だが、騒ぎというほどではない。


「なんだ?」


パコダが覗き込む。


「お、なんか出てるぞ」


自然と近づく。


人の隙間から、

内容が見えた。


―――――


■ 注意喚起


昨夜、学院内にて

不審人物の目撃情報あり


夜間の単独行動は控えること


現在、詳細調査中


―――――


短い。


あまりにも。


「……は?」


パコダが眉をひそめる。


「これ、昨日のだろ?」


オルドも覗き込む。


「だろうな」


ザハクの視線が細くなる。


「……これだけか?」


ぼそりと。


ミリカは何も言わない。


ただ、掲示板を見ている。


その目が――ほんの少しだけ、冷えていたが。


俺と目が合ってすぐに顔を背けた。


「……違います」


ユーリスが小さく。

だが、はっきりと言った。


パコダが振り向く。


「何が?」


ミリカが口を開く。


「これ、たぶん昨日のエアのことではないです」


ザハクも頷く。


「なるほど。…“目撃”か」


「そうです。昨日のは、それじゃない」


空気が、少しだけ変わる。


ざわめきはそのまま。


だが、この場だけが静かだった。


俺は掲示板を見る。


文字。

並んだだけの情報。


足りない。


意図的に削られている。


「……隠してる」


小さく言う。


ユーリスが息を呑む。


「はい……まだ調査中かもしれませんけど」


ミリカは目を逸らした。


「……めんどくさい感じ」


ぼそりと。


だがその声には、

さっきまでの軽さはなかった。


パコダが頭をかく。


「なんか、思ったよりヤバいやつかもな?」


オルドが苦笑する。


「妙なのは確かだな」


ザハクは視線を外さない。


「……警戒は上げるべきだ」


沈黙。


人の流れは変わらない。


笑い声も、

雑談も、


そのまま流れていく。


だが――


俺たちの中だけ、

少しだけ違っていた。


俺は掲示板から視線を外す。


「行くぞ」


短く言う。


ユーリスが頷く。


「……はい」


ミリカは一度だけ掲示板を見てから、

小さく舌打ちした。


そのまま歩き出す。


学院は、

何も変わらない顔をしている。


だがその下で、


何かが、確実にズレていた。


―――――


俺は一人でレイヴァルトのもとに向かう。


ユーリスにはマリスかパコダと行動を共にさせ、

オルドたちにはミリカと一緒にいろとだけ言ってある。


廊下を抜け、

人の気配が少しずつ減っていく。


訓練棟の方角。


足音だけが残る。


(……さて)


あいつがどこまで知っているか。


それとも――


(どこまで隠しているか……)


扉の前で止まる。


ノックはしない。

そのまま、開けた。


扉を開ける。


空気が、違った。


広い室内。


机が並び、

その奥に――白服。


一人や二人じゃない。


十数人。


全員がこちらを見た。


一瞬で、視線が刺さる。


「……誰だ貴様」


手前の男が立ち上がる。


声は低い。


警戒ではない。

排除だ。


「今日は我々が貸し切っている」


別の白服が続く。


「無関係の者は立ち入るな」


圧が強まる。


一歩、前に出る気配。


追い返すつもりだ。


俺は止まらない。


そのまま中に入る。


「……まて」


声が鋭くなる。


空気が張る。


だが――

奥で椅子が動いた。


一人、立ち上がる。


レイヴァルトだった。


視線が合う。


わずかに目を細める。


「……お前か」


短い言葉。


周囲の白服が少しだけざわつく。


「知り合いか?」


「“例の人物”だ」


それだけ言う。


そして――


「用件は後にしろ」


冷たい声。


「今は会議中だ。出て行け」


完全に切り捨てる。


一切の余地なし。


俺は動かない。


視線も外さない。


「聞きたいことがある」


「後にしろと言ったはずだ」


一歩、踏み出す。


圧が変わる。


周囲の白服もわずかに構える。


「これ以上邪魔をするなら――」


言いかけた、その時。


俺は口を開く。


「聖杭槍杖」


空気が、止まった。


「「「「……」」」」


誰一人、眉一つ動かさなかった。


そして――俺は続ける。


「それが、昨日ミリカを攫った」


音が静寂に消える。


誰も動かない。


呼吸すら、

止まったようだった。


レイヴァルトの目が、

わずかに変わる。


周囲の白服。


その何人かの表情が、

明確に硬直した。


一人が、立ち上がる。


女だった。


長身。


白服の上からでも分かる、

無駄のない立ち姿。


音もなく、一歩前に出る。


それだけで――


空気が変わった。


さっきまでの圧とは違う。


“統制された圧”。


誰も口を挟まない。


レイヴァルトすら、

わずかに視線を動かした。


女は俺を見る。


真っ直ぐ。


一切の揺れがない目。


「……それは、聞き捨てならない」


静かな声。


だが、

一切逆らえない響き。


さらに一歩、詰める。


距離が縮まる。


逃がさない距離。


「聖杭槍杖、だと?」


確認ではない。


“査定”だった。


「その言葉の重さは、理解しているのか?」


視線が突き刺さる。


周囲の白服が、

完全に沈黙する。


誰も助けない。


誰も止めない。


場は完全にこの女のものだった。


「……なにか証拠は?」


一歩、さらに近づく。


ほぼ正面。


見下ろす位置。


圧。


逃げれば終わる。


誤魔化せば潰される。


「憶測で口にしたなら――」


ほんのわずかに、

声が落ちる。


「ここで終わるぞ」


静かに。


だが、はっきりと。


脅しではない。


事実としての宣告。


「それを確かめに来たが……お前が聖杭槍杖か?

 なら人違いだ、邪魔をしたな」


俺はそう言って、

踵を返そうとした。


だが。


「待て」


女の声が落ちた。


短い。

だが、それだけで足が止まる。


俺は振り返らない。


空気が、

変わっていた。


さっきまでの沈黙とは違う。


もっと冷たい。

もっと固い。


「貴様…」


女が問う。


声は静かなままだ。


だが、

その静けさの奥にあるものは、

明らかに変わっていた。


「聖杭槍杖と言ったの忘れたか?」


俺は半身だけ振り向く。


「言った」


「そして」


一歩。


女が前に出る。


「ミリカとやらを攫った者が、

 それだと断じた」


「見たものを言っただけだ」


短く返す。


女はわずかに目を細めた。


「それが問題だ」


空気が、

凍る。


「聖杭槍杖の名を口にし、

 その上で、教会の執行者が学院で人を攫ったと吹聴する」


ほんの少しだけ間。


「それがどういう意味か、

 理解していないとは言わせん」


俺は黙って見る。


「異端の流言。

 教会に対する偽証。

 そして――」


声がさらに落ちる。


「聖職位への虚偽告発だ」


その言葉に、

周囲の白服が完全に固まる。


誰も動かない。


誰も口を挟まない。


レイヴァルトが初めて、

明確に口を開いた。


「ッしかし」


低い声。


女は視線だけを横へ移す。


「口を挟むな、レイヴァルト」


静かな一言。


それだけで、

空気がさらに重くなる。


レイヴァルトが止まった。


圧で止まらざるを得なかった。


女は俺を見る。


完全に、

断罪する側の目だ。


「この場において、お前は十分に罪を犯した」


「そうか」


短く返す。


「ならどうする」


「決まっている」


その言葉に、

背後の白服たちが一斉に背筋を伸ばした。


「異端として拘束。

 この場で執行する」


静寂。


誰も息をしない。


レイヴァルトが低く言う。


「セレス様、本気ですか……」


女は振り返らない。


「学院内だろうと関係ない。

 教義と位階を汚す者を、

 見逃す理由がない」


「しかし、こいつは――」


「黙れ、と言ったはずだが?」


それで終わりだった。


レイヴァルトが唇を閉ざす。

止められない。


この場の全員が理解した。


この女に逆らうことは、

そのまま中央への反逆になる。


そんな空気だ。


女は右手を上げる。


白服たちが、

一歩だけ下がる。


場を空けるように。


処刑場のように。


「最後に問う」


女の声。


「悔い改める気はあるか?」


「そんなつもりはない」


即答だった。


女の目が、

わずかに細くなる。


「ならば、聖杭槍杖の名において、断罪する」


その瞬間。


白布の下から、

女が何かを引き抜いた。


細い。

長い。


杖のようで、

槍でもある。


柄には刻印。

先端には杭のような鋭さ。

その中腹には、

魔術刻印らしき淡い光。


ただ抜いただけで、

部屋の空気が変わる。


「聖杭槍杖、第五位執行官――セレス」


初めて、

自分の名を名乗る。


「ここで、お前を裁く」


地面に魔法陣の光が広がる。


熱ではない。


だが、

床そのものが焼けるように軋んだ。


俺は動かない。


セレスの視線が、

まっすぐこちらを貫いている。


次の瞬間――

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