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第108話:呼び出しの紙片


昼の食堂。


朝よりも人は多く、

ざわめきは少し重い。


皿の音。

笑い声。

匂い。


いつもの時間。


「……あれ?」


パコダが周囲を見回す。


「ミリカはいねぇのか?」


ユーリスが席に着きながら首を傾げる。


「まだ来てないんですね」


ザハクが軽く視線を巡らせる。


「実技は同じだったはずだが?」


オルドも肩をすくめる。


「途中で別れたな。

 先に行くって言ってたが……」


パコダが鼻で笑う。


「エアでも探して行き違ったか?」


ちらっとこちらを見る。


「朝の話に食いついてたしな」


ミリカの顔が一瞬浮かぶ。

ユーリスも少しだけ笑った。


「確かに……」


だが。

オルドは動かない。


「……いや、あいつが飯時にいないのはありえねぇ」


短く言う。


ザハクも真剣な顔で頷いている。


「食堂に入るところも、その前も見かけていない」


空気が、わずかに止まる。

パコダの笑みが消える。


「……あ?」


オルドも眉をひそめる。


「俺もだな……てっきりお前達といるのかと」


ざわめきの中で、

この卓だけ温度が下がる。


パコダがゆっくりと立ち上がる。


「……おい、まさか」


低い声だった。


視線が向く先は一つ。


白服の円卓。


「まさか、だよな?」


誰に言うでもない。


だが、

足は止まらない。


そのまま、

一直線に歩いていく。


「パコダさ――」


ユーリスが呼ぶ。


だが遅い。


白服の前で、

足が止まる。


「おい!」


声が落ちる。


周囲の何人かが、

ちらりと視線を向ける。


白服の一人が、

ゆっくり顔を上げた。


「何か用か?」


穏やかな声。


だが、冷たい。


パコダはそのまま言う。


「ミリカをどこにやった!」


一瞬。


空気が張り詰めた。


白服の男は、

わずかに目を細める。


「……誰のことだ?」


「とぼけんな!」


一歩、踏み出す。


「さっきからいねぇんだよ!!」


周囲の席から、

ひそひそと声が広がる。


白服の別の男が、

小さく笑う。


「証拠は?」


その一言で、

パコダの眉が跳ね上がる。


「は?」


「我々が関わったという証拠だが?」


淡々と続ける。


「感情で物を言うな」


少しだけ間。


「獣が……」


空気が変わる。


一瞬で、

張り詰める。


ザハクの腕に力が入る。

オルドの笑みが消える。


次の瞬間。


「――っ」


踏み込む。


だが。


「やめろ」


パコダの動きが止まる。


一瞬だけ。


食堂の空気が、

さらに静かになる。


俺は一歩、前に出る。


視線を、

円卓の奥へ向けた。


「レイヴァルト」


名を呼ぶ。


周囲の白服が、

わずかにざわめく。


その奥。


一人の男が、

ゆっくりと顔を上げた。


「……何だ」


静かな声だった。


感情は薄い。


だが、

目だけははっきりとこちらを見ている。


俺はそのまま言う。


「知らないか?」


短く。


余計な言葉は挟まない。


視線は外さない。


レイヴァルトもまた、

視線を外さない。


数秒。


沈黙。


食堂のざわめきが、

遠くなる。


やがて。


「……知らんな」


それだけを返した。


嘘はない。


少なくとも、

今この場で隠している気配はない。


俺は一度だけ瞬きをする。


「そうか」


短く返す。


それ以上は問わない。


視線を外す。


一歩引く。


パコダが歯を食いしばる。


「おい、エア――」


「ここじゃない」


被せる。


「それに、証拠もない」


それだけ言う。


白服は何も言わない。


ただ、

こちらを見ている。


俺は踵を返す。


「戻るぞ」


短く言う。


空気は重いまま。


だが。


さっきとは、

少し違う。


――違う方向に、

歪んでいる。


席へ戻りながら、

一度だけ思う。


「……違うな」


白服ではない。


少なくとも、レイヴァルトは嘘を言っていない。


なら、


「……誰だ」


小さく、

そう呟いた。


―――――


その後。


食堂を出て、

全員で動いた。


教室。

廊下。

中庭。

訓練場。


思いつく場所は、

一通り回る。


「聞き込みもしてみたが情報がない」


パコダの声が荒くなる。


「こっちも、いねぇ」


ザハクも首を振る。


「痕跡がない」


オルドが舌打ちする。


「隠すにしても、ここまで綺麗にやるか普通」


ユーリスは杖を使い、何度も周囲を見ている。


「魔力の痕跡も……ほとんど感じません」


人はいる。

いつも通りの学院。

パコダが歯を食いしばる。


「ふざけんな……」


拳が震えている。


「報告するぞ」


ザハクが低く言う。


「学院側を動かすしかあるまい」


オルドもうなづく。


「さすがにこれは放置できねぇだろうよ」


――


職員棟。


簡素な部屋。


扉を叩く。


「入れ」


中から声。


扉を開けると、

ガレスが書類から顔を上げた。


「どうした?」


一瞬で、

こちらの空気を読む。


パコダがそのまま言う。


「ミリカがいない」


間を置かず。


「……いつからだ」


ザハクが答える。


「昼前には確認できていない」


オルドが続く。


「探したが、見つからない。

 痕跡もない」


ユーリスも言葉を重ねる。


「ミリカさんの魔術残滓も、ほとんど感じませんでした」


ガレスは黙って聞く。


視線が一度だけ、

こちらに向いた。


「……お前はどう見る」


短い問い。


俺は少しだけ間を置く。


「理由は分からんが、隠している」


それだけ言う。

俺が狙いなら、何故ミリカだ?。


この間のノクシアの研究の時のやつか?。

ユーリスの次にミリカ……狙いが分からん。


だが。


「攫ったなら、跡が出る」


視線を落とす。


「だがこれは、最初から見えないようにしてる」


ガレスの目が細まる。


「準備があったと?」


「分からん」


短く返す。


「だが」


少しだけ間。


「雑ではない」


ガレスは数秒考える。


それから、

椅子にもたれた。


「……分かった」


書類を閉じる。


「こちらでも確認する」


視線が鋭くなる。


「勝手に動くな」


パコダが即座に返す。


「無理だな」


「……だろうな」


ガレスも否定しない。


「だが、死ぬな」


短く言う。


「見つける前に倒れられても困る」


オルドが肩をすくめる。


「信用されてんだか、されてねぇんだか」


ザハクは無言で頷く。


ユーリスは小さく息を吐いた。


俺は何も言わない。


ただ一つだけ、

確信している。


――これは。


「……見てるな」


誰かが。


―――――


夜。


結局……何も掴めなかった。


学院はいつも通りに見える。


人もいる。

灯りもある。

音もある。


人が一人消えたというのに。


「……静かすぎる」


俺は小さく呟く。


部屋。


机と椅子。

簡素な寝台。


その中に、

ユーリスもいる。


椅子に座り、

手を組んだまま俯いていた。


「……見つかりませんね」


ぽつりと落とす。


「あぁ」


短く返す。


「マリスさんが、最後に見たって……それだけで」


ユーリスの視線が揺れる。


「その後は、誰も……」


沈黙。


外の音が、

やけに遠い。


ユーリスが小さく息を吐く。


「こんなこと、今までなくて……」


俺は壁にもたれたまま言う。


「……妙だな」


「妙、ですか?」


「この状況、そして消え方が、だ」


短く言う。


「攫われたのなら、なにかしら痕跡は残るはずだ」


少しだけ間。


「これは、最初から“見えない”ようにされている」


ユーリスが顔を上げる。


「……やっぱり、何か意図が?」


答えない。


ただ……感じる。


「……見ている」


小さく呟く。


「え?」


その時。


――すっ


微かな音。


二人同時に、

視線を落とす。


扉の下。

隙間。


そこから。


一枚の紙が、

静かに滑り込んできていた。


止まる。


沈黙。


ユーリスの呼吸が止まる。


「……」


俺はゆっくり歩く。


紙の前で止まる。


しゃがむ。


拾い上げる。


軽い。


新しい紙だ。


ユーリスが小さく言う。


「……それ……」


俺は開く。


視線を落とす。


『旧実技棟 地下区画


 一人で来い


 来なければ、

 あれは壊れる   』


数秒。


紙を見たまま。


「……壊れる、か」


小さく呟く。


ユーリスの肩が揺れる。


「それって……ミリカさんのことですよね……」


「あぁ」


即答だった。


紙を折る。


迷いはない。


「行く」


ユーリスが顔を上げる。


「待ってください、ほんとに一人で?!」


「当然だ」


被せる。


「むしろ俺は一人のほうが本領だ」


俺はそう言って、槍を取る。


冷えた金属の冷たさ、芯のある重さが手に収まる。


そして扉の方を見る。


「ミリカが捕まってるのなら条件は守るしかない」


ユーリスの手がわずかに震える。


「でも、それって……罠です」


「だろうな」


槍を一度持ち上げ、反対の手に投げ渡し、手応えを取り戻す。


「だから行く」


ユーリスが言葉を失う。


「わかりました……」


やがて、小さく言う。


「でも」


視線を上げる。


「必ず、戻ってきてください」


俺は答えない。


ただ一度だけ視線を向ける。


それで十分だった。


扉に手をかける。


「鍵をかけろ」


短く言う。


「誰が来ても開けるな」


「……はい」


扉を開ける。


夜の廊下。


静まり返っている。


昼間と同じ場所のはずなのに、

別の場所みたいに感じる。


一歩。

闇の中に踏み出す。


迷いはない。


――呼ばれているなら、

行くだけだ。

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