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第107話:朝食の円卓


翌日の食堂。


朝のざわめきは、

まだ昼ほど重くない。


「すみません……。自分から聞いてたのに、いつの間にか寝ちゃってて……」


ユーリスは申し訳なさそうにうつむく。


「気にするな。元々お前は朝型だったしな」


皿の音。

湯気。

肉の匂い。


人は多いが、

空気は昨日よりは落ち着いていた。


いつものように席につく。


「……で?」


パコダがパンをちぎりながら言う。


「結局、白服の件はどうすんだよ?

 あの野郎『見逃すつもりもない』とか言ってたろ?」


ザハクも視線を向ける。


「パコダから実技の話も聞いた。このまま終わるとは思えん」


ミリカはスープを口に運びながら、

じっとこちらを見ていた。


オルドが肩をすくめる。


「噂をすればだな」


オルドの視線の先に、円卓を囲みながらこちらを睨むように見ている白服の一団。

ユーリスは少しだけ表情を引き締める。


「……レイヴァルトさん、完全にエアを見てました」


俺は皿の上の肉を切る。


「気にする必要はない……とも言えないな」


空気が少しだけ止まる。


パコダが眉を上げる。


「だろうな」


ユーリスが少しだけ迷いながら言う。


「嫌な感じですね」


俺は手を止める。


「……あぁ。だが」


短く返す。


「どうも、嫌いにはなれん」


今度は、

卓の空気が別の意味で止まった。


パコダが肉を咀嚼するのを忘れる。


ザハクの耳が、ぴくりと動く。


ミリカが顔を上げる。


オルドが目を細める。


「……は?」


最初に声を出したのは、

やはりパコダだった。


「今、なんつった?」


「嫌いにはなれん……」


そのまま返す。


「目がな……息子に似てるせいか……な……」


時間が止まる。


「……はぁ!?」


パコダが思いきり声を上げた。


「息子ォ!?」


オルドもさすがに固まる。


「お前、子どもいたのか……?」


ザハクは無言のまま、

こちらを見ている。


ミリカが、すっと身を乗り出した。


「何人?」


「……は?」


「他にもいる?」


真顔だった。


「何人? エアはたくさん子ども欲しい?」


「食いつく所そこかよ!?」


パコダが思わず突っ込む。


だがミリカは気にしない。


「大事」


「どこがだよ!」


ユーリスは、静かにスープを口にした。


俺は少しだけ息を吐く。


「昔の話だ」


それだけ言う。

それ以上は続けない。


だが――

パコダたちは止まらない。


「いやいやいや、待て待て待て」


パコダが手を振る。


「昔の話で済ますにはでかすぎんだろ!?」


オルドが腕を組む。


「“似てるから嫌いになれない”か?」


ザハクが低く言う。


「レイヴァルトの目か……」


「あぁ」


短く返す。


「少しな」


ミリカがじっと見る。


「その子、強かった?」


「強かった。俺の誇りだ」


即答だった。


ミリカが小さく頷く。


「それは、いい」


「いい?」


「何がだよ!?」


またパコダが叫ぶ。


食堂の周囲から、

ちらほら視線が飛んでくる。


ザハクが小さく息を吐いた。


「静かにしろ」


「無理だろ今の流れで!」


ユーリスはまだ少し混乱した顔のまま、

小さく言う。


「……でも、確かに」


視線を落とす。


「そういう理由なら、少し分かる気もします」


パコダがこちらを見る。


「で、その“嫌いになれない白服”がよ」


声が少し低くなる。


「今後どう出ると思う?」


食堂の音はそのままだ。


だが、

この卓だけ空気が少し違った。


俺は水を一口飲んで、

皿を置く。


それから、

逆に聞いた。


「……お前らは、どう見てる」


パコダが眉をひそめる。


「何をだ?」


「白服だ」


短く言う。


「俺は、あいつらの“気に食わない”所は分かる」


少しだけ間。


「だが、実際に何をしているのかは、

 お前らほど知らん」


卓が少し静まる。


ザハクが先に口を開いた。


「中央は、悪事だけをする連中ではない」


低い声。


「孤児を拾う。

 物乞いに施しもする。

 仕事を回すこともあると聞く」


オルドが続く。


「向こうの都市部じゃ、食い詰めた奴の駆け込み先にもなってるな」


肩をすくめる。


「飯を出して、

 寝床を貸して、

 そのまま神殿仕事に入れるとか」


ミリカが淡々と言う。


「冬は助かる人、多い」


ユーリスも頷いた。


「ええ……それ自体は、本当です」


少しだけ考えながら言う。


「中央は都市が大きい分、

 制度も整ってます。

 施療院、保護施設、職の斡旋。

 そういう表の機能は、かなり強いです」


「ほう」


俺は短く返す。


ユーリスは続ける。


「だから、助けられてる人もちゃんといます。

 全部が全部、嘘じゃないです」


少しだけ間。


「でも――」


視線が落ちる。


「その分、“正しさ”も押しつけてきます」


ザハクが頷く。


「枠から外れるものを嫌う。人間以外もな」


オルドが鼻で笑う。


「助ける代わりに、形を決めるってやつだな」


パコダがパンを指でちぎりながら言う。


「飯は食わせる。

 寝る場所もくれる。

 でも、“こう生きろ”もセットだ」


「従わなければ?」


俺が聞く。


パコダが顔をしかめる。


「軽けりゃ説教だな。

 重けりゃ異端扱い」


ユーリスが静かに補足する。


「地方によりますけど……」


少しだけ声が落ちる。


「教義に反する言動とか、

 神格を否定するような話は、

 中央側だとかなり危ないです」


俺は少しだけ視線を細める。


「……なるほどな」


ザハクが続ける。


「善意はある。

 だが、善意であることと、

 危険でないことは別だ」


オルドが笑みを消して言う。


「困ってる奴を拾って、

 生かして、

 中央の正しさを教える」


「悪く言えば、育て直しだな」


ミリカがぽつりと落とす。


「檻が綺麗でも、檻は檻」


パコダが珍しく真面目な顔になる。


「それでも実際、中央に拾われて助かったって奴もいるんだよ」


指先で机を叩く。


「でも逆に、そこから外れられなくなった奴もいる」


ユーリスが小さく頷く。


「……信仰だけなら、まだいいんです」


視線が上がる。


「でも中央は、

 政治とも結びついてます。

 だから“神の教え”が、そのまま“国の都合”になることがある」


俺は皿の肉を見る。


「つまり……火を守るためではなく、

 火の名を使って人を並べる、と」


俺の声は低かった。


ユーリスは少しだけ言葉を止める。


「……極端に言えば、そういうことになります」


沈黙。


皿の上の肉から、

まだ少し湯気が立っている。


俺はそれを見たまま、

小さく息を吐いた。


「……歪んだな」


ぽつりと落とす。


パコダが眉をひそめる。


「歪んだ? 何がだ?」


「全部だ」


短く返す。


「火は、腹を満たすために使う。

 冬を越すために使う。

 暗い所を照らすために使う」


視線を上げる。


「誰かを生かすためのものだ。そう教えたはずだ」


食堂のざわめきが、

少し遠くなる。


「なのに」


少しだけ間。


「助けるふりをして、

 形を揃えるために使う」


皿の端を、

指先で軽く叩く。


「囲って、

 並べて、

 外れたものを異端と呼ぶ」


小さく首を振る。


「そこまで濁るか……」


その言葉には、

怒鳴りはなかった。


だが、

抑えた火みたいな苛立ちがあった。


ユーリスが静かに見る。


オルドが、少しだけ真顔になる。


ザハクは何も言わない。


ミリカの尾が、

一度だけ揺れた。


パコダが口を開く。


「でもよ、助かってる奴がいる」


「あぁ」


俺はすぐに頷く。


「そこが余計に気に食わん」


卓の全員が少しだけ止まる。


「……どういう意味だ?」


オルドが聞く。


俺は水を一口飲む。


「悪意だけなら、まだ単純だ」


静かに言う。


「切ればいい。

 壊せばいい。

 終わりだ」


少しだけ間。


「だが、偽物の善意が混ざると濁る」


視線を白服の円卓へ向けるでもなく、

ただ前へ落とす。


「助け、与え、守る。

 そこまではいい」


言葉にせずとも、リヒトやナハトにはちゃんと受け継がれていた……。


……なのに。


「なのに、その先で

 “だから従え”になる」


小さく息を吐く。

ユーリスが、わずかに目を伏せる。


「中央の人たちは、多分……」


慎重に言う。


「自分たちが歪んでるとは思ってないです」


「だから厄介だ」


短く返す。


沈黙が訪れる。


その空気を、

パコダが噛み砕くように崩した。


「そこまで分かってるのによ?」


いつもとちがう、低い声だった。


パンを握ったまま、

視線だけが鋭くなる。


「…あの野郎共は止まらねぇ」


誰も口を挟まない。


「奴らが獣人をどう見てるか知ってるだろ」


吐き捨てる。


「枠に入らねぇもんは、矯正か、排除」


机を指で軽く叩く。


「容赦なんかあるわけねぇだろ」


ザハクが、静かに目を細める。


「パコダが言うことも間違ってはいない」


オルドも口を挟まない。


「あぁ……」


ミリカの尾が、

ゆっくり一度だけ揺れる。


「そう……」


パコダは続ける。


「学院だからって安心か?」


鼻で笑う。


「死人が出ねぇ場所じゃねぇぞ」


ユーリスの肩が、わずかに強張る。

パコダの豹変を俺も肌で感じている。


「実技も、実験も、

 事故はつきもんだ」


声は淡々としている。

だが、意図は隠していない。


「“事故”で一人消えるくらい、珍しくもねぇ」


空気が、重く沈む。


「だったらよ」


少しだけ身を乗り出す。


「やられる前に」


その言葉を、俺は止めた。


「……軽いな」


低く言う。


パコダの視線が止まる。


「何がだよ」


「その“言葉”の意味だ」


短く返す。


卓の空気が変わる。


「敵だから、邪魔だから、

 先にやった方が楽だから」


一つずつ、落とす。


「そんな理由で、簡単に口にするな」


パコダが眉をひそめる。


「簡単に言ってるつもりはねぇ」


「言ってる」


被せる。


「今のは、そうだ」


誰も動かない。

俺は視線を外さない。


「俺は……、きっと奴らが、ユーリスやお前達に手を出したら“殺す”」


そのまま言う。


ユーリスが息を呑み。


パコダの目が、わずかに開く。

ザハクは動かず、

オルドは静かに息を吐く。

ミリカの尾が止まる。


「だが」


全員を見る。


「お前らが先に動いて、

 勝手に“事故”にするなら」


少しだけ間。


「その時は…お前らを殺すかもしれん」


空気が、完全に止まった。


全員の表情が固まる。


「……本気か?」


「……本気だ。

 だから止めろ」


食堂のざわめきだけが、

遠くに聞こえる。


やがて。


「……」


パコダが、小さく息を吐いた。


頭をかく。


「……ちっ」


舌打ち。


「分かったよ。言いてぇことは分かる」


オルドが肩をすくめる。


「まあ、軽々しく言う話じゃないのは確かだ」


ザハクが短く頷く。


「同意する」


ミリカがぽつりと落とす。


「殺す、便利な言葉じゃない」


それから、

じっとこちらを見た。


「でも」


少しだけ間。


「ユーリスに手を出したら殺す、は好き」


「どこ見てんだお前は!?」


パコダが思い出したように突っ込む。


ミリカは平然としている。


「大事」


「何が!」


ほんの少しだけ、

卓の空気が緩む。


ユーリスは困ったように笑った。


「……ありがとうございます」


「?」


礼を言われるようなことは言ったつもりはないが、

軽くユーリスの頭に手をおいた。


「どれも可能性の話だ……まだ何も起きてない」


「でも」


ユーリスは少しだけ視線を伏せて、

また上げる。


「そう言ってくれるのは、嬉しいです」


俺は何も言わない。


ただ、

皿の肉を口に運ぶ。


パコダが大きく息を吐いた。


「ったく……朝から重ぇ話だな」


「お前が聞いたことだ」


ザハクが即答する。


オルドが笑う。


「それもそうだな」


ミリカはスープに戻っていた。


「でも、息子は気になる」


「まだ言うか!?」


パコダの声がまた響く。


周囲の席から、

今度は露骨にちらちら見られる。


俺は小さく息を吐いた。


「パコダ……。

 今日は一段と、騒がしいな?」


「お前が爆弾発言落とすからだろ!」


その返しに、

ユーリスがとうとう吹き出した。


小さな笑い。


それにつられるように、

オルドも肩を揺らし、

パコダが呆れた顔で笑う。


ザハクはため息混じりに水を飲み、

ミリカは無表情のまま言う。


「次は娘?」


「だから、お前は何を言ってんだよ!」


食堂のざわめきは、

変わらず続いている。


白服の一団も、

向こうで変わらず座っている。


距離は遠い。


だが――


さっきより、

少しだけ近くなった気がした。


俺は視線を外す。


皿の上の肉は、

もう冷めかけている。


「食え、冷めるぞ」


パコダが鼻で笑う。


「誰のせいだと思ってんだよ」


「お前だろ」


ザハクが即答する。


オルドが肩を揺らす。


ミリカは何も言わず、

スープを口に運ぶ。


ユーリスは少しだけ笑って、

パンに手を伸ばした。


そのまま。


誰も、

さっきの話を蒸し返さなかった。

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