第104話:揺れる判断
カイナは、はっきり言い切った。
「形だけでもいい。
お前を引き入れたいから言ってるんじゃない」
少しだけ間。
「このままだと、中央はお前を狙う」
視線がぶつかる。
「それだけじゃない。
今の話が本当なら、学院側の別勢力も動いている可能性がある」
「別? どういう事だ?」
俺の問いにカイナは説明しない。
短く息を吐く。
「……二方向から狙われるぞ」
俺は黙って聞く。
カイナは続けた。
「こちら側に入れば、少なくとも表向きは守れる。
中央の側に置いたものを、中央は簡単には壊せない」
真剣な顔でこちらを見る。
「学院の連中も、手を出しづらくなる」
それから、
ほんのわずかに声が落ちる。
「お前だけじゃない。
……ユーリスも、周りの連中もだ」
空気が、少しだけ重くなる。
「お前が外にいる限り……」
神妙な顔で告げる。
「お前自身を落とせないなら、周りを狙う」
そこではじめて、
カイナの目が少しだけ揺れた。
「だから言ってる、来い」
俺はしばらく何も言わなかった。
カイナの言葉は、嘘でも、力を狙っているからでもない。
分かっている。
こいつなりに、
本気で言っている。
だが――
「断る」
短く返す。
カイナの眉がぴくりと動く。
「……即答か」
「あぁ」
「理由は?」
「気に食わない」
カイナが露骨に顔をしかめる。
「それだけで断るな」
「それだけで十分だ」
少しだけ間。
「それに」
視線を向ける。
「お前は守れると言ったが、
白服の中で全部が共有されていないんだろ?
そんな場所に入って、何が安全だ」
カイナは言葉を切る。
図星だったらしい。
俺は続ける。
「中央の中に入れば、別口が手を出しづらい。
それは分かる」
「だが逆に、白服の中で何かが決まった時、今度は逃げ場がなくなる」
少しだけ声を落とす。
「檻に入って守られる趣味はない」
カイナはしばらく黙ったまま、
こちらを見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……やっぱりそう言うか」
「だろうな」
「分かってて言った」
だが、
カイナはそこで食い下がらなかった。
代わりに、
少しだけ視線を外す。
「なら、せめて無茶はするな」
「…善処する」
「それはしないやつの返事だ」
「…よく分かってるな」
「お前を見ていれば嫌でもな」
そこで、
ほんの少しだけ空気が緩む。
だが、
次の言葉でまた締まった。
「……カイナ」
俺が呼ぶ。
カイナがわずかに視線を戻す。
「何だ?」
「 何故、お前は俺に味方する?」
静かに問う。
一瞬、空気が止まる。
カイナはすぐには答えない。
視線が、ほんの少しだけ揺れる。
「……味方、か」
小さく繰り返す。
その言い方に、
わずかな違和感が混じる。
「別に、味方になった覚えはない」
低く言う。
「俺は教会の白だ」
それは事実だ。
だが、俺は言う。
「……それでもだ」
俺は視線を外さない。
「警告して、止めて、引き入れようとする……守るために」
お互いの目に相手が写っている。
「それを味方と言わず、何と言う」
カイナは黙る。
数秒。
短いが、確かな沈黙。
やがて、小さく息を吐く。
「……気に入らないからだ」
ぽつりと落とす。
カイナの目が細くなる。
「上の連中のやり方は、俺は好きじゃない」
言い切る。
その目に迷いはない。
「それだけだ」
「それで俺に肩入れするのか?」
「肩入れしているつもりはない」
即答だった。
「ただ」
一瞬だけ言葉が止まる。
それから、続ける。
「誰だろうと……、
目の前で、意味もなく無駄に潰されるのを見るのが嫌なだけだ」
それだけ言って、
カイナは視線を外した。
それ以上は、続けない。
「……そうか」
短く返す。
会話は、そこで終わった。
「……お前がどうするにしろ、気をつけろ」
カイナは、そのまま背を向ける。
止まらない。
振り返りもしない。
足音だけが、
階段に響く。
やがて――消える。
「……」
一人、残る。
静かだ。
さっきまでのやり取りが、
まだ、空気に残っている。
(……)
壁にもたれ、
ゆっくりと息を吐く。
「……面倒だな」
ぽつりと落とす。
だが――
カイナの言葉は、
間違っていない。
白服、中央とは別の“何か”。
(……二方向)
いや――
「……三つか」
小さく訂正する。
白服。
別勢力。
そして――
この世界。
「はぁ〜……」
思い切り、息を吐く。
長く。
深く。
肺の奥に溜まっていたものを、
無理やり押し出すみたいに。
「……どうすりゃいいと思う?」
ぽつりと落とす。
誰もいない。
返事なんて、
あるはずがない。
それでも――
勝手に口から出た。
ルゥ。
リル。
リヒト。
ナハト。
もうここにはいない、
俺の家族へ向けて、なにかを吐くみたいに。
「槍を手に入れて……、
白服を潰せば終わりじゃない……」
低く言う。
「邪魔な別口もいやがる……」
少しだけ間。
視線が、何もない空間へ落ちる。
「俺自身も……邪魔だ」
神話。
火の神。
絶対の象徴。
勝手に積み上げられた、
俺という“概念”。
あれが残る限り、
槍も、
戦も、
人の正義も、
またそこへ集まっていく。
「……面倒にも程があるだろ」
小さく吐き捨てる。
壊さなければならないのは、
敵だけじゃない。
自分の残したもの。
自分の名前。
自分を神にした、この時代そのものだ。
「……くだらん」
壁に後頭部を預ける。
冷たい。
少しだけ、
頭が冴える。
だが――
答えは出ない。
白服に入るのは気に食わない。
だが、
カイナの言い分も分かる。
このまま外にいれば、
ユーリスや周りの連中まで巻き込まれる。
「……」
目を閉じる。
浮かぶのは、
さっきまで一緒にいた連中の顔。
ユーリス。
パコダ。
オルド。
ザハク。
ミリカ。
「友人、か……」
村の時とは違う……。
今までは……いなかった存在……。
義務ではなく、守りたいから守る……。
ふと、夢の奥で消えた、緑の気配を思い出す。
胸の奥が、少しだけ重くなる。
だがそれは、悪い重さではない。
「……俺らしくないな」
そう言う。
迷っている。
だが――
止まる理由にはならない。
昔なら、
もっと単純だった。
敵なら燃やす。
邪魔なら砕く。
それで済んだ。
だが今は、
そうやって動けば、
守りたいものまで一緒に焼くかもしれない。
「……ちっ」
小さく舌打ちする。
認めたくはないが、
一人で好きに暴れるには、
周りが増えすぎた。
それが鬱陶しいのか。
それとも――
少しだけ、救われているのか。
そこまでは、
まだ分からない。
「……とにかくだ」
ゆっくりと壁から身体を離す。
「まずは、あの別口だな」
白服とは別に、
昨日から動いていた何か。
学院側か、
それとも本当に別の勢力か。
そこを見極めないと、
何も決められない。
「……待ってろ」
誰に向けた言葉か、
自分でも分からなかった。
家族か。
夢の中のルゥか。
それとも、
まだ姿の見えない敵か。
ただ――
今は立ち止まっている暇がない。
俺は小さく息を吐き、
階段の下へ視線を向けた。
次に動くべき場所を、
探るために。




