第103話:重なる監視
朝食が進み、少しは気分がましになったかもしれない。
(……こいつらのおかげだな)
「で?」
パコダが肉を噛みながら言う。
「どうしたんだよ、あの顔」
「……夢を見ただけだ」
「は? 夢?」
「あぁ」
パコダが肩をすくめる。
「なんだそりゃ。そんなもんであんな顔になるか?」
ザハクが低く言う。
「内容次第だ」
オルドが見る。
「悪夢か?」
「……」
少しだけ間を置く。
「いや、違うな」
その時。
「……どんな夢?」
マリスが口を開く。
静かに。
一拍置いてから。
全員の視線がそちらに向く。
珍しい。
マリスが自分から聞く。
「……」
俺は少しだけ視線を向ける。
「……別に、大したものじゃない」
短く返す。
マリスは目を逸らさない。
「……覚えてる?」
もう一歩だけ踏み込む。
空気が、ほんの少しだけ変わる。
「……あぁ」
わずかに視線を落とす。
「大事な奴が、な」
それだけ言う。
それ以上は続けない。
「……そう」
マリスはそれだけ言って、
それ以上は聞かない。
だが――
ほんの一瞬だけ。
視線が、
わずかに細くなった。
―――――
朝食を終えて、食堂を出る。
俺、ユーリスとマリス、三人で歩く。
「同じ教室でしたよね」
「あぁ」
廊下、短く返す。
マリスは何も言わない。
ただ、並ぶ。
廊下。
朝の光。
人の流れ。
いつも通り――のはずだった。
「……」
前方。
白の一団。
レイヴァルト。
足は止まらない。
まっすぐ来る。
こちらへ。
ユーリスがわずかに息を止める。
「……レイヴァルトさんです」
小さく漏れる。
俺は止まる。
レイヴァルトも、数歩手前で止まる。
「退学にならなかったようだな、何よりだ」
皮肉ではない。
だが、そう聞こえるかもな。
「あぁ」
レイヴァルトは、それだけ返す。
視線が動く。
上から下へ。
一度だけ。
「……」
それから、言う。
「エア」
名前を呼ぶ。
「何だ?」
短い。
「もう一度、聞く」
視線が固定される。
「お前は、何だ」
沈黙。
ユーリスが息を呑む。
マリスは動かない。
「……俺は俺だ。
お前の目の前に立っている、それだけだ」
短く返す。
レイヴァルトの目が、わずかに細くなる。
「そうか」
それだけ言う。
だが、終わらない。
「……ならば」
視線が外れない。
ほんのわずかに細くなる。
「見逃すつもりもない」
それだけ言って。
レイヴァルトは、そのまま横を通り過ぎる。
白の一団も続く。
何も起きない。
だが――
「……」
空気だけが、残る。
ユーリスが小さく息を吐く。
「……行きましょうか」
「あぁ」
俺達も歩き出す。
教室へ向かう廊下。
人の流れに戻る。
だが――
さっきの感覚が、残っている。
(……敵意だけじゃない)
足を止めない。
そのまま歩く。
(……もっと、近い)
言葉にはしない。
だが、分かる。
少し、危険か……。
「……ユーリス」
歩きながら、呼ぶ。
「はい?」
「今日は――色で分かれる授業はあったか?」
ユーリスが少し考える。
「えっと……午前は座学だけで、
午後に合同の実技がありますけど、色分けはないですね」
「そうか」
短く返す。
それだけ確認する。
前を見る。
それから、少しだけ視線を横へ。
「……マリス」
呼ぶ。
マリスがわずかに視線を向ける。
「……なに?」
「今日はユーリスから離れないでもらえるか?」
「……」
マリスは一瞬だけ止まる。
それから、
「……理由は?」
淡々と聞く。
「なんとなく、だ」
即答する。
嘘ではない。
だが、説明もしない。
「……そう」
マリスはそれ以上聞かない。
「分かった」
短く答える。
ユーリスが少し戸惑う。
「え、えっと……?」
「気にするな」
それだけ言う。
教室の扉が見える。
そのまま入る。
―――――
授業が始まる。
声が流れる。
板書。
紙の音。
「……」
聞いてはいる。
だが――
意識は別にある。
(……いる)
気配。
さっきから、ずっと。
一定の距離で。
離れない、この感じ。
ただの視線とは違う。
明らかな監視。
「……」
授業が終わり、休憩になる。
立ち上がり、足早に外へ出る。
わざとだ。
人の流れに紛れず、
一人で歩く。
廊下。
曲がる。
また曲がる。
足を止めない。
(……ついてきている)
距離は変わらない。
一定で乱れない。
「……」
階段へ向かう。
上へ。
一段、二段。
そのまま、速度を上げる。
駆け上がる。
足音が響く。
(来るか……)
曲がり角。
そこで止まる。
壁に寄り、息を殺す。
「……」
足音が近づく。
(……来た)
「――」
踏み出した瞬間。
掴む。
首元。
そのまま引き寄せて――
叩きつける。
壁に。
「……がっ!?」
鈍い音。
逃がさない。
もう片方の手に、火を宿し構えた。
だがそこで、止まる。
「……お前か」
「ゲホゲホッ」
カイナだった。
火が、わずかに揺れる。
カイナは苦しげに息を吐く。
「…いきなりこれか?
相変わらず雑なやつだな」
そう言いながらも、視線は俺の右手。
火が揺れていた。
俺は少しだけ見下ろし、
火を消す。
熱だけが残る。
「……で?」
首元を掴んだまま言う。
「何の用だ」
カイナは壁に背を打ちつけたまま、
短く息を整える。
「離せ」
「先に話せ」
カイナが舌打ちする。
「……レイヴァルトだ」
空気が、わずかに変わる。
「本格的に動いた」
「どういう意味だ?」
「やつは、お前を危険視している」
カイナは低く言う。
「我々の中で、お前の話が出た」
短い言葉。
「排除か、拘束か、取り込みか。
方法の話になってる」
俺は手を離した。
カイナが小さく咳き込み、
首元を押さえる。
「……だったら普通に来ればいいだろ」
短く言う。
「こんな真似しなくてもな」
カイナが眉をひそめる。
「お前が大人しく聞くか?」
「聞くだろ?」
少しだけ間。
「逢引した仲だしな?」
カイナの顔が、露骨に歪む。
「お前は……何を言ってる……」
「冗談だ」
「笑えん……」
即答だった。
それでも、
さっきより空気は少しだけ緩む。
俺は壁にもたれず立ったまま、
カイナを見る。
「……それで終わりか?」
「警告には来た」
「警告“だけ”じゃないだろ」
カイナの目が、一瞬だけ止まる。
「……何?」
「お前、見張りだろ?」
数秒、沈黙。
カイナの視線が鋭くなる。
「どこでそれを……」
「気配だ」
即答する。
「昨日から、追ってきてたな?
興味で見るのと監視で見るのじゃ、違うからな」
カイナは黙る。
視線だけが、わずかに揺れる。
「……何のことだ」
低く返す。
とぼけているようで――
違う。
本当に分かっていない顔だ。
「……は?」
俺は眉を寄せる。
「わざわざ警告までしに来て、それで隠すのか?」
カイナの表情がわずかに歪む。
「隠すも何も、俺は昨日お前を追ってなどいない」
沈黙。
「なに……?」
その言葉に、嘘はない。
(……どういう事だ……)
俺は小さく息を吐く。
カイナが眉をひそめる。
「お前を追ったのは今だ。
授業が終わってからだぞ?」
短く言う。
「それまでは動いてない」
「……」
空気が変わる。
ほんのわずかに。
だが、確実に。
「…」
カイナがこちらを見る。
「何だ?」
「いや……気にするな」
だが――頭の中で、繋がる。
(……一人じゃない)
さっきまでの気配。
一定だった距離。
乱れなかった動き。
正直、カイナの気配は探りやすかった……。
(……別か?)
「……おい」
カイナが少しだけ声を低くする。
「何かあるのか?」
「……ある」
短く返す。
カイナの目が細くなる。
「それは何だ?」
「今はお前以外に、俺を見てる白服はいるか?」
カイナはすぐには答えない。
「……いない」
低く言う。
「少なくとも、俺の知る限りはな」
「そうか」
短く返す。
それだけで、十分だった。
「……」
カイナが眉を寄せる。
「それがどうした?」
「いや」
俺は一歩、近づく。
カイナがわずかに警戒する。
そのまま――
顔を寄せる。
「――なっ!?」
首元へ。
一瞬で距離を詰める。
「な、なにを……ッ!?」
カイナの体が強張る。
顔が一気に赤くなる。
動こうとするが――
遅い。
逃がさない。
そのまま、わずかに息を吸う。
「……」
匂い。
汗。
布。
微かな焦げ。
火の使い手特有の残り香。
だが――
(……違う)
すぐに離れる。
カイナが一歩下がる。
「き、貴様……何を……!?」
完全に動揺している。
「確かめただけだ」
淡々と返す。
「何をだ!」
「昨日の奴と同じかどうか」
「は……?」
カイナの動きが止まる。
「昨日?」
俺は視線を少しだけ落とす。
(……思い出せ)
扉。
一瞬。
あの時の残り。
「……」
鼻に残る、微かな違和感。
焦げでもない。
土でもない。
もっと薄い――
「……違うな」
ぽつりと落とす。
カイナのものではない。
「おい、説明しろ」
「昨日、監視してた奴がいた」
短く言う。
「フードで顔を隠して、
後ろ姿しか見れなかった」
カイナの目が、わずかに見開かれる。
「……何だと?」
俺は短く頷く。
「あぁ」
「ノクシアも気づいていた。
魔法を飛ばしたが、逃げられた」
カイナはすぐには返さない。
壁に背を預けるでもなく、
その場で腕を組む。
視線が落ちる。
考えている顔だった。
「……」
短い沈黙。
やがて、低く吐く。
「おまえ……思っている以上に、厄介な状況かもしれないな」
俺は黙って見る。
カイナは続ける。
「我々も、内部で全部が全部開示されているわけじゃない」
少しだけ間。
「だが――」
眉がわずかに寄る。
「学院側に、別口の動きがある可能性は前からあった」
「別口?」
「あぁ」
短く答える。
「中央とも別に動く学院側の何かか……そこまでは分からない」
視線が上がる。
「ただ、少なくとも教会の人間じゃない可能性はある」
「……根拠は?」
「知らない…だがそういった報告と、調査をしている奴らもいる」
即答だった。
「それに、レイヴァルトが本格的に動き出したこのタイミングで、
別に監視が重なってるなら――」
そこで言葉を切る。
言わなくても分かる、という顔だった。
俺は小さく息を吐く。
「面倒だな」
「だから言っただろう」
カイナが低く返す。
「もう“学院生活”の範囲じゃ済まないかもしれんぞ」
少しだけ間。
それから、さっきまでよりも真面目な声で言う。
「エア」
カイナの声が、さっきまでより低くなる。
軽さも、
皮肉もない。
ただ、真っ直ぐだった。
「俺達の所に、来い」
短い言葉。
俺は少しだけ目を細めた。




