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第100話:警告と紙


いつも通り……と言うほどでもないが。


例によって、俺はノクシアの実験に付き合っていた。

場所は小研究塔の一室。


「……その前に」


ノクシアが、ぽつりと落とす。


ユーリスがびくっとする。


「師匠?」


ノクシアは机にもたれたまま、

俺を見る。


少しだけ、目を細める。


「さっき聞いたわよ?

 あんた、また何かやったでしょ?」


「何がだ?」


「とぼけないで」


軽く言う。


「訓練棟。

 レイヴァルト」


空気が、わずかに変わる。


ユーリスの肩が小さく揺れた。


ノクシアは気にしない。


「あの堅物……ガレスが、頭抱えてたわ」


小さく笑う。


「珍しいもの見せてもらったわ」


俺は少しだけ視線を上げる。


少しだけ、いつもと違うノクシアの表情が気になった。


ユーリスを見る母の目とも違う、昔を思い出すような顔をしていた。


「……知り合いか?」


ノクシアの目が、わずかに細くなる。


一瞬だけ。

それから、肩をすくめた。


「まあね」


軽い返し。

だが、それだけで終わらない。


「昔、同じ場所にいたことがあるだけよ」


曖昧な言い方。


ユーリスが固まる。


「え……?」


ノクシアを見る。


それから俺を見る。


「師匠……それって……」


ノクシアは面倒そうにため息を吐く。


「今のあんた達と同じよ」


ノクシアが言い切る。


一瞬、空気が止まる。


ユーリスが完全に固まる。


「……は?」


声が出るまで、少し間があった。


「ガレス先生と……師匠が……?」


ノクシアは気にしない。


「別に珍しくもないでしょ?」


軽く言う。


「ただ、あいつは“残った側”」


少しだけ間。


「私は“出た側”」


それだけだと言って。

説明はしない。


ユーリスはまだ混乱している。


「はじめて聞きました……」


言葉が続かない。


ノクシアは興味なさそうに手を振る。


「どうでもいいことでしょ?」


そして、少しだけ目を細める。


「ただ――」


視線が、ほんの少し鋭くなる。


「だからこそ、あいつが頭抱えるのも分かる」


ぽつりと落とす。


「こんな面倒な奴が入り込んできたんだからね」


俺は何も言わない。


ノクシアはすぐに空気を戻す。


「はい、雑談は終わり。

 あ、ユーリス、ちょっと備品室、四番の引き出し持ってきなさい」


完全に切り替える。


「は、はい!」


ユーリスは一つ返事で、言われた通り、

道具を取りに部屋を出ていった。


その背中をノクシアは見送り終えると、ため息を吐いて俺を見た。


「……まったく」


小さく吐き捨てる。


さっきまでの軽さは、もうない。


「本当に、何をやってるのよ……」


俺を見る目が、少しだけ冷たい。


どうやら本腰の話らしい。


「分かってる?

 今回の件で、あんたは“見られた”」


一歩、近づく。


「レイヴァルトだけじゃない」


少しだけ間。


「中央よ」


静かに落とす。


「完全に目をつけられた」


空気が、重くなる。


ノクシアは続ける。


「さっきは“確認”で済んだ。

 でも次は違う」


視線がわずかに細くなる。


「どうせ、あいつらのことよ。

 手中に収めるか、排除」


はっきり言い切る。


「どっちかよ」


俺は何も言わない。


ノクシアが、わずかに息を吐く。


「……あの堅物が動いた時点で、もう遅いの」


そう言って腕を組んで俺を見る。


「堅物も、あんたを放っておく対象じゃないって判断した。

 それがどういう事か、分かるわね?」


短く言う。


「でも」


少しだけ間。


「今なら、まだ引ける……。

 ……どうせ引かないでしょうけど」


俺を見る。


「ここで大人しくしていれば、“観察”で終わる可能性もある」


それから、少しだけ声が低くなる。


「だけど、このままこれ以上派手に続けるなら――」


言葉を切る。

必要ないからだ。


そのまま、別の方向に変える。


「それと。

 さっき、あの子の前で言わなかったのは」


ユーリスの出ていった扉を見る。


「無駄に怯えさせる必要がないから」


すぐに視線が戻る。


俺へ。

冷たく言う。


「あの子はあんたに懐いているけど、それは関係ない。

 巻き込む理由も、義理もない」


静かに、はっきりと。


「だから」


少しだけ間。


「死ぬなら一人で死になさい」


空気が、さらに重くなる。


「ユーリスを巻き込むんじゃないわよ」


完全に言い切る。


そこに冗談はない。


俺は短く言う。


「分かっている」


ノクシアの目が、わずかに細くなる。


それだけで終わる。


言い訳もしない。

否定もしない。


少しだけ間を置いて、続ける。


「ユーリスはいい子だ」


視線は逸らさない。


「死なせる気はない」


静かに言う。


それ以上はない。


ノクシアは何も言わない。


ただ、見ている。


俺は一度だけ息を吐く。


「……言いたいのはそれだけか?」


短く確認する。


ノクシアが、わずかに肩をすくめる。


「そうね」


軽く言う。


だが、さっきまでの重さはまだ残っている。


「一応、警告はしたわ」


それだけ。


俺は小さく頷く。


それで終わりにする。


少しだけ間。


空気が切り替わる。


俺は杖を見る。


「そう言えば聞きたいことがある」


ノクシアの目が、わずかに細くなる。


「何?」


短く言う。


「授業でやった属性とは別に、性質がどうの、って話なんだが」


ノクシアが小さく笑う。


「……切り替え早いわね。

 でも、どうせならあの子に聞いてあげなさい。そのほうが喜ぶわ」


俺は首を振る。


「それもそうだが、違う」


ノクシアの目が、わずかに細くなる。


「何が聞きたいの?」


俺は少しだけ考えてから言う。


「最初に会った時だ」


あの時、ノクシアは俺が火を扱うみたいに、

床に落ちていた紙を自在に引き寄せていた。


「あんた、紙を浮かして扱っていた」


ノクシアが一瞬だけ止まる。


それから、

小さく笑った。


「あれはなんだ?」


軽い返し。


「その話?」


「気になった」


短く言う。


「何の魔法だ。あれはそう言う属性があるのか?」


ノクシアは机から体を離す。


少しだけ、

面白そうにこちらを見た。


「まあ、あなたは最初から例外みたいなものだし、知らなくても当然ね」


指先で、机にある何か書かれている紙を手に取る。


「属性は“何を使うか”」


そのまま、紙を離す。


「性質は“どう動かすか”。

 私は火だけど、風寄りの適正もあるの」


静かな声。


「だから“軽くする”“流す”“持ち上げる”みたいな性質は扱いやすい」


俺は黙って聞く。


「これはその応用よ」


紙はまるで意思があるかのように俺の周りを舞って、

ノクシアの手に戻った。


「でも、風属性だから物が浮かせられる……ってわけじゃない」


少しだけ肩をすくめる。


「同じ風でも、切る方が得意な奴もいるし、感知に振る奴もいる」


指先が、ほんのわずかに動く。


「私は“流れを作って、軽いものを乗せる”のが得意なの」


紙が、

そのままゆっくりと横へ滑る。


「だからこんなふうに扱えるのよ。

 もちろん、流石にあなたみたいに“意思だけ”で扱うんじゃなく、最初から“仕込む”必要はあるけどね」


俺の手の中に、紙が入り込む。


俺は受け取った紙を見る。

角には小さく術式のような模様が刻まれていた。


「じゃあ、属性と性質は別物か?」


「別、でもない」


即答だった。


ノクシアは紙を落とす。


「属性が土台」


床を軽く叩く。


「性質、魔力の流れはその土台の上でどう癖が出るか」


今度は二本の指を立てる。


「火なら」


一本折る。


「拡散」


もう一本。


「収束」


少し間。


「あるいは、そこから更に進んで、侵食、維持、発火点の操作……いくらでも枝分かれする」


俺は小さく言う。


「同じ火でも違うのは、そのせいか」


「そう」


ノクシアが頷く。


「属性が同じでも、違うのはそのため」


視線が、少しだけ鋭くなる。


「逆に、属性が違っても性質の噛み合わせで結果は変わる」


机の上に置かれたペンを指で弾く。


「授業でやったでしょ?

 火と水でも、“火が弱い”“水が強い”じゃない」


「拡散が浸透に崩される、みたいな話か?」


「そうよ。意外に飲み込みが早いじゃない」


短く返す。


ノクシアは少しだけ口元を緩める。


「ちゃんと聞いてたのね」


「必要そうだったからな」


それだけ言う。


ノクシアは鼻で笑った。


「偉い偉い」


だが、

すぐに顔は戻る。


「ただし」


一歩、近づく。


「あなたは少し話が違う」


視線がまっすぐ刺さる。


「普通の魔術師は、属性が先にあって、その中で性質を磨く」


少しだけ間。


「でも、あなたは最初から現象に触ってる」


俺は黙る。


ノクシアは続ける。


「だから、属性の中の性質を使ってるというより」


ほんの少しだけ目を細める。


「触った結果が、あとから“火の性質っぽく見える”だけ」


沈黙。


俺は少しだけ考える。


「……よく分からんな」


「でしょうね」


ノクシアはあっさり言う。


「私も本質は半分くらいしか分かってないもの」


それから、

少しだけ楽しそうに笑った。


「だから、観る価値がある」


その時だった。


扉が開く。


「も、持ってきました!」


ユーリスが両手で箱を抱えて入ってくる。


少し息が上がっていた。


「四番の引き出し、これで合ってますか?」


ノクシアが一瞥する。


「ええ、それ」


そして、

何事もなかったみたいに言う。


「じゃあ続きやるわよ」


ユーリスが箱を置きながら、

俺とノクシアを交互に見る。


「……何の話してたんですか?」


俺は短く言う。


「紙だ」


「紙?」


ユーリスが固まる。


ノクシアが吹き出した。


「そう、紙よ」


机の上の紙が、

また一枚だけふわりと浮く。


「ほら、授業……じゃなくて私の研究の再開よ」


小研究塔の一室に、

いつもの少しだけ面倒な空気が戻っていた。

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