3
「本当に覚えてない?」
駅前のカジュアルバーから歩いて五分ほど。
街灯がまばらに照らす小さな公園のベンチに腰を下ろしたとたん、彼はそう言った。
夜風が、アルコールの匂いをかすかに薄めていく。
「本当に知らないってば。」
腕を組んで冷たく言い返す私に、彼は苛立ちを隠そうともせず、前髪をぐしゃりとかき上げた。
その仕草のせいで、暗がりの中にあった瞳が、はっきりと私の視界に映る。
「……バス停の?」
「そう。バス停で告られて、キスまでされたのに、デートをすっぽかされて――女性不信になった男。」
あの日の記憶がフラッシュバックする。
「はぁ? キスしてきたのは、そっちでしょ。私からするわけないじゃん。あれは私の……ふぁ……ファ、ファーストキスだったんだから!」
思わず語気を強めた。
彼は一瞬、呆気にとられたように目を瞬かせ――すぐに、冷たい笑みを浮かべて鼻で笑った。
「頭、バグってんの? お前のせいで、あれからオレは――」
「なによ!?」
言い終えるより早く、彼の目の奥に、怒りとも執着ともつかない感情が揺らいだのを見た瞬間、背筋にぞくっと電流が走る。
夜の公園はやけに静かで、どこか遠くで電車の音が響いていた。
私が何か言い返そうと、ベンチから立ち上がったその瞬間――
彼が腕を伸ばし、私をぐっと引き寄せた。
「ちょっ、なに――」
言葉の途中で、唇を塞がれる。
噛みつくような、呼吸も許さないキス。
思考が止まって、体の力が抜けた。
胸の奥に、あの日の熱と痛みが同時に甦る。
「……っ」
息を奪われ、かすかな吐息だけが漏れる。
ようやく唇が離れたとき、彼は蠱惑的な笑みをみせ、私の肩を押さえたまま、低く言い放った。
「――オレを好きになるまで離してやんない。」
何が起こったのか理解が追いつかないまま彼を見つめ返せば、悲しげに揺れる彼の瞳。
「なんで……」
言いかけて胃の奥がムカムカする感覚に胸を抑える。
「うっっっ」
言葉の真意を確かめるより早く、5杯も流し込んだ甘ったるいカクテルは喉を焼きながら込み上げてきて、私の意思に逆らい、止めるのも間に合わない勢いで
彼のシャツにリバースした。




