1‐01‐3 クラーヴィア
「もう起き上がっても大丈夫なの?」
背筋が伸びるような凛とした静かな声が響いた。
ナギサが声のする方へ顔を向けると、衝立の向こうから、簡素ながらも優雅な白いドレスをまとった美しい女性が現れた。陽光を浴びて淡く輝く若草色の髪は、まるで春の光そのもの。その髪を覆う紗のような薄いベールから覗くブルーグレーの瞳は、静かな湖面のように澄み切っていた。
「ふふっ。驚かせてしまったようね。わたしはクラーヴィア。あなたのお名前は?」
先程とは異なり、少し柔らかい口調で言葉が続く。
「——ナギサです。あの、失礼でなければ教えていただきたいのですが、ここはどこなのでしょうか? わたしは何故ここにいるのでしょうか?」
「ナギサさん、ね。ここは、わたしの仕事部屋兼私室。ヴィリディステ聖国大神殿内にある、神殿巫女長室ともいうけれど」
クラーヴィアの言葉に、ナギサは言葉を失い、口を噤んだ。
《女神》の手を取った後、気が付けばベッドで寝ていた。そして目覚めてみれば、全く知らない国の、随分と偉い人の私室にいるようだった。
ナギサの中では質問が次々と浮かんでくる。浮かんではくるのだが、果たして迂闊に聞いてよいものなのかと、ナギサは思い至った。
聞くことで、かえって状況を悪くしてしまうのではないか。自分が何を知らないかを知られれば、きっと、何故知らない、何処から来た、という話になる。それが説明して理解されるのであればよいが、普通に考えれば不可能に近い。自分なら疑うし、間違いなく怪しむ。そうなるに決まっている。
そう考えてしまうと、先ほどまで説明が欲しくて仕方がなかったはずなのに、口を開くことすら躊躇われた。ナギサはただ、黙り込むしかなかった。
黙し込むナギサを興味深げに見守っていたクラーヴィアが、静かに問いかけた。
「ところで、ナギサさん。あなたはどこから来たのかしら?」