1‐01‐3 クラーヴィア
「もう起き上がっても大丈夫なの?」
背筋が伸びるような凛とした静かな声が響いた。
「!」
その声に、ピクリと肩が小さく上がる。ナギサが慌てて振り返ると、部屋を仕切る衝立の向こうから、一人の女性が優雅に姿を現した。
簡素ながらも仕立ての良さが窺える白いドレス。陽光を浴びて淡く輝く若草色の髪は、まるで春の光そのもの。その髪を覆う紗のような薄いベールから覗く藍鼠の瞳は、静かな湖面のように澄み切っていた。
「ふふっ。驚かせてしまったようね。わたしはクラーヴィア。あなたのお名前は?」
先程の凛とした響きとは異なり、今度は少し柔らかい口調で言葉が紡がれる。
——《女神》……様?
気が動転しているのだ、髪色も瞳の色も異なるのに、目の前の女性が《女神》に見えた。纏う雰囲気が似ているのだ。
クラーヴィア……一体誰なのだろう。この部屋の主だと思うのだけど。そもそも、ここで大人しく名を名乗ってもいいものなのか。悪い人には見えないが……
「——ナギサです。あの、失礼でなければ教えていただきたいのですが、ここはどこなのでしょうか? わたしは何故ここにいるのでしょうか?」
ここで何か言わなければ、情報も手に入らない——そう思えば、自然、名乗っていた。
「ナギサさん、ね。ここは、わたしの仕事部屋兼私室。——ヴィルディステ聖国大神殿内にある、神殿巫女長室ともいうけれど」
返ってきた言葉に、思わず息を呑み、口を噤んでしまった。
——ヴィルディステ聖国。大神殿。巫女長室……
《女神》の手を取った後、気が付けば豪奢なベッドの上だった。そして今、全く知らない国の、随分と偉い人の私室にいるらしい。状況変化が早すぎて、理解が追い付かない。
(どうしよう……)
聞きたいことが山ほど浮かんでくる——そう、浮かんでくるのだが、果たして迂闊に聞いてよいのだろうか。
聞くことで、かえって状況を悪くしてしまうのではなかろうか。
“何を知らないか”を知られれば、きっと、何故知らない、何処から来た、という流れになる。
それを説明して理解されるのであればまだよいのだが、普通に考えれば無理だ。
自分なら疑うし、間違いなく怪しむ。
それ以前に《女神》との契約を安易に口に出してよいのだろうか。
そこまで考えてしまうと、先ほどまで説明が欲しくて仕方がなかったはずなのに、口を開くことすら躊躇われてしまい、ただ、黙り込むしかなかった。
クラーヴィアへ目を向ければ、品定めするような、それでいてどこか好奇心を孕んだ眼差しが己に向けられていた。
こちらの視線に気づいたのだろう。
「ところで、ナギサさん。あなたは——どこから来たのかしら?」
彼女は、静かに、そして逃げ道を塞ぐように、微笑んだ。




