0‐03‐1 女神
「あなた、お名前は?」
今、何か聞こえたような......。
なんだか周りが、さっきよりずっと明るい。
眠っていたとは思えないが、先ほどまでと様子が違う。
あのまとわりつく視線を感じない。
同じ万象の狭間にいるのだろうか。
「ねえ、あなた、お名前は?」
そうだ、誰かに声をかけられた気がしたんだ。
今さらながらに気付き、顔をあげれば、一人の女性が立っていた。
綺麗な人......。
淡く煌めく金髪が、ゆるやかに編まれ、静かに背中を滑り落ちる。
ナギサを見つめるその瞳は、繊細な睫毛の奥に湛えられた深い青紫色。
白磁のように透き通る肌は、微かな光を帯びているかのようで、そのやさしく弧を描く口元からは、まるで朝露に濡れた花びらのような、淡い桃色の輝きが零れていた。
それは、古の神話に描かれる、慈愛に満ちた光の女神、その顕現そのものだった。
「——ナギサと言います」
「ナギサ、そう、素敵な響きね。わたしは“あなたの世界とは異なる世界の女神”。少し、お話をしない?」
異なる世界、ここはあらゆる世界へと通じている......。
どこかの世界からわざわざここへ?
しかも、《女神》が?
「わたしと、ですか?」
「そう。あなたと。ここへはどうして? 主が招き入れたということは、世界を移りたい、って思ったのよね?」
「移りたい......ですか。以前居た場所から逃れられるのであれば、どこでもよかったのです。ただ、あの場所が耐えられなかった、逃げ出したかったんです」
「今までいた世界は、逃げ出したいほどに辛いところ?」
「わたしにとっては、ですね」
無意識のうちに、片側の口端が上がってしまう。
そう、守ってくれる人がいなくなって、逃げ出したくて。でも自分では何もしなくて、ただただ嘆くだけ。気づいたらここにいる。
目の前に立つ女性は、そんなナギサの話を優しく見守るような眼差しで、時折頷きながら聴いてくれている。
ナギサは、ぽつりぽつりと髪色と瞳の話をする。この髪色と瞳のせいで酷く生きづらかったこと。その容姿故に、責められる自分を、守ってくれていた祖母がいなくなってしまったことを。
その祖母がいたから我慢して生きていた。
祖母がいなくなって悲しみが収まらない。
どれほど守られていたかも、祖母がいなくなって、改めて身に染みてわかる。
故に、祖母がいない日常にどうすればよいのか、よくわからなくなっていた。
気づけば、祖母がいなくなってから言葉にできていなかったもろもろが、口からこぼれ出ていた。
「でも、こんなわたしを、何故、万象の主はすくい上げてくれたのでしょうか?」
「“万象の主”はその名のとおり“万象の主”よ。すべてのものの主。すべてを創ったお方。そのすべてを常に見渡している。その世界に厭いているもの、逃げるに逃げられないでいるもの、その世界の枠にはまりきらないもの、何か気になるものがあると、この“狭間”に招き入れるの。そして“新しい世界”へと橋渡しをする。
きっと、あなたも彼の何かに触れたのね」