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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【序】

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6/343

0‐03‐2 差し伸べられた手




「ねぇ、ナギサ、わたしのところへこない?」


 いつの間にかうつむいてた頬に、ふわりと柔らかな暖かさを感じる。

 視線を向ければ、《女神》の右手が頬に添えられていた。

 言われたことの意味を上手く汲み取れず、透瑠璃色の瞳、透き通ったその光を見つめ返した。


「あの、《女神》様、今のお言葉は? それと今更ですが、今いるこの場所は?」


「ふふ。他所の“目”に邪魔をされたくなかったから、結界を張ったの。少しだけなら主もお目溢めこぼししてくれるから大丈夫よ。それより時間があまりないの、ナギサ。

 わたしのところへ来て、そしてわたしを手伝ってほしいの。代わりにあなたを迎える、新しい居場所を約束するわ」


 なんだろう。恐れ多いほどに慈愛と神聖さに満ちた姿なのに、語り口は驚くほど気さくだ。

 《女神》の言葉に、どこか別の場所に移動したわけではないことがわかり、何故か安心してしまう。張り詰めていた肩の力が抜けた。


 だが、時間がないとは?

 己があまりにも語ってしまったから?

 それに《女神》は、理由も告げぬまま、己を彼女の世界に誘っている。

 白い髪に紅い瞳。

 痩せこけて青白い肌。

 容姿が特別優れているわけでもなく、何か突出した能力があるわけでもない。

 人目に晒されるのが恐ろしく、逃げ出すことしかできない弱虫な己を、神が直々に誘う理由がわからない。


「どうしてわたしを?」


「それは、また、いずれね」


 ふふっと微笑みを浮かべると、《女神》は静かに、その透瑠璃色の瞳を己の紅い瞳に合わせてきた。


(え? それだけ?)


 これだけで決めろ、と。


 何があるかわからないのに……


 理由もわからないまま、本当に決めてしまっていいのか?




 ——いや、何を躊躇っている。


 よくよく考えてみれば、既に己で決めて“ここ”にいるのだ。

 あの地獄から逃げ出せれば、どこでもいいと願って。

 先に何があるかなど、まったく考慮せずに、衝動と勢いで決めて。

 居場所を与えてくれるというのに、今さら何を躊躇する必要があるのだろう。……いや、本当はとても恐ろしい。もっと辛い世界かもしれない、何も変わらないここで良いではないかと、気弱な心が囁いてくる。


 だけど、《女神》を手伝えば居場所がもらえる。

 何を手伝えばいいのかわからない。きっと尋ねても、この微笑みからは答えがもらえないだろう。

 だが、少なくとも、新しい世界に行ける。

 また、異端視されるかもしれないが、場所が異なれば価値観も異なる。いっそ、まっさらな環境で、何かが変わることを期待したい。




 ナギサは、左頬に添えられた《女神》の手をそっとはずし、両手で包み込む。


「居場所をください」


 ナギサは透瑠璃の双眸に、静かに告げる。


 《女神》はふわりと微笑むと、ナギサの両手を慈しむように包み返した。


「これからあなたが渡る先は“エイルタム”と言われる世界。

 あなたには、わたしからの最大限の加護を与えましょう。

 あなたはまだ気づいていないだけ。

 その内に秘めた沢山の力が、今、まさに、芽吹く時を待っているのよ。

 それらを活かすためにも、まずは学びなさい。

 今はこれ以上お話をする時間がありません。次に会う時にお話しましょう」


 《女神》が言葉を紡ぐ中、二人の間にある空気が震え、包まれた両手から光が溢れ出す。

 溢れ出した光は、まばゆい光の奔流となって、二人を優しく、そして力強く包み込む。

 その輝きが唐突に消えたあとには、薄暗い空間だけがただ広がっていた。





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