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ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

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321/322

3‐5‐8 閉じられた瞳

 



「ドナおばさん、大したものが残っていない、って言ったけど……」


「ああ、これは凄いね」


 ナギサとリュークはテーブルに着くと、ドナに手渡された食事に溜息交じりの声をあげる。

『残り物を盛っただけ』と言っていたが、とんでもない。

 香ばしく焼かれた野兎のもも肉に、茹で野菜がたっぷりと添えられている。肉と野菜につけるようにと、小皿にソースもたっぷりと入っている。湯気を立てるポタージュからは、芋の素朴で甘い香りが立ち上っている。デザート代わりにと野イチゴの盛り合わせまでつけてくれた。


「これは、明日から頑張れ、っていうドナさんの励ましなんじゃないかな?」


「えっ! わたし、そんな、別にドナおばさんに気を遣ってもらえるようなことしていないし……」


「そんなに深く考えないで、ありがたく頂こう。ナギサはそのスープ、大好きだよね?」


「! なんで知っているんですか? ひょっとして——」


 ナギサが顔を赤くしていると、


「……別に、心を読んだりしていないよ。君がそのスープを口にする時、いつもより少しだけ目尻が下がるのを、僕は特等席で見てきたんだから」


 ふわりと微笑まれ、何故だかより恥ずかしく感じてしまう。

 慌てて俯き、逃げるようにナイフを動かす。ここでスープに手を付けるのは躊躇われる。

 けれど、震える指先は思うように動かず、カチャカチャと食器の音を響かせてしまった。


「あっ——」


 だが、危惧したように、静寂の中に食器の音は響かなかった。リュークの遮音結界がいつの間にか周りに張り巡らされていた。


 何故、こういう時に己はそつなく振る舞えないのだろう。

 ちらりと視線を上げると、じっとナギサを見つめる、深く静かな瞳があった。


「僕はずっと、一緒にいるから」


 リュークの唇が言葉を紡ぐ。やっと聞き取れるほどの囁きで告げられる。

 その声音は甘い蜜のようでいて、逃げ場を塞ぐ網のようでもあった。

 突然こんな場所で何を言い出すのか。

 これまで何度もこの言葉は告げられた。


 そして、


「だから、安心して」といつも続く。


 今もそう。


 でも、遮音結界が張ってあるとはいえ、人目がある。こんな公の場で言われたことは初めてではないだろうか。

 落ち着いて食事なんてできやしない。

 明日から講義が始まるから、今日は早く部屋に戻る話はどこへ行ったのか。

 何故、今日はこんなにもリュークは己に構うのだろう。

 何かに焦っているのだろうか。さっきもそんな雰囲気を漂わせていたが。

 駄目だ。このままリュークのペースに吞まれては——


「リューク、わたし、剣術を習うことにしたんです」


 あまりにも場の空気を読まないナギサの言葉に、リュークの完璧な微笑が、彫像のように凍り付いた。





「それは……君は魔導士を目指していると思っていたけど」


 ナギサの表情を窺いながら、リュークにしては遠慮がちな問いかけである。


 意表を上手く突けたようだ。

 リュークの何もかも視透すような、包み込むような眼差しは影を潜め、その瞳には、ただ驚きと、問いかける色しかみえない。


「剣術って、憧れていたんです」


 少し前、カエルも同じようなことを言っていた。その時は、ナギサはカエルを励ます側だったけれども、己のこととして考えるとどうしても前向きになれない。

 ナギサは俯いたまま、手元のナイフをぎゅっと握りしめた。


「元世界で“魔女”って言われるのが凄く嫌で。気味悪がられて、『魔法を使ってみろ。こっそり人を呪っているだろう』なんて石を投げられて。……物語に出てくる女性剣士、憧れていたんです。不思議な力じゃなく、自分の腕一本で道を切り開いていく様が、すごくかっこよくて。

 甘い考えだってもちろん自覚しています。でも、基礎鍛錬の先生に勧められて、思い切って受講してみることにしたんです」


 面白いほどリュークの表情が変化する。

 呆然とした顔から、ただ問いかけるような眼差しをナギサに向けたかと思えば、眉を寄せ痛ましげな色を瞳に浮かべたり。


「基礎鍛錬の先生が……?」


「そうなんです。この春学期にこのまま続けても、同じことの繰り返しだから、いっそ剣術を受けた方が他の技術も身に付くよ、って」


 モリス達にも説明したことをリュークにも改めて説明する。

 なるほどと納得の表情を浮かべ、さらに深く何かを考え込むような眼差しへと変わり、やがてその瞼がそっと閉じられていった。




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