3‐5‐8 閉じられた瞳
「ドナおばさん、大したものが残っていない、って言ったけど……」
「ああ、これは凄いね」
ナギサとリュークはテーブルに着くと、ドナに手渡された食事に溜息交じりの声をあげる。
『残り物を盛っただけ』と言っていたが、とんでもない。
香ばしく焼かれた野兎のもも肉に、茹で野菜がたっぷりと添えられている。肉と野菜につけるようにと、小皿にソースもたっぷりと入っている。湯気を立てるポタージュからは、芋の素朴で甘い香りが立ち上っている。デザート代わりにと野イチゴの盛り合わせまでつけてくれた。
「これは、明日から頑張れ、っていうドナさんの励ましなんじゃないかな?」
「えっ! わたし、そんな、別にドナおばさんに気を遣ってもらえるようなことしていないし……」
「そんなに深く考えないで、ありがたく頂こう。ナギサはそのスープ、大好きだよね?」
「! なんで知っているんですか? ひょっとして——」
ナギサが顔を赤くしていると、
「……別に、心を読んだりしていないよ。君がそのスープを口にする時、いつもより少しだけ目尻が下がるのを、僕は特等席で見てきたんだから」
ふわりと微笑まれ、何故だかより恥ずかしく感じてしまう。
慌てて俯き、逃げるようにナイフを動かす。ここでスープに手を付けるのは躊躇われる。
けれど、震える指先は思うように動かず、カチャカチャと食器の音を響かせてしまった。
「あっ——」
だが、危惧したように、静寂の中に食器の音は響かなかった。リュークの遮音結界がいつの間にか周りに張り巡らされていた。
何故、こういう時に己はそつなく振る舞えないのだろう。
ちらりと視線を上げると、じっとナギサを見つめる、深く静かな瞳があった。
「僕はずっと、一緒にいるから」
リュークの唇が言葉を紡ぐ。やっと聞き取れるほどの囁きで告げられる。
その声音は甘い蜜のようでいて、逃げ場を塞ぐ網のようでもあった。
突然こんな場所で何を言い出すのか。
これまで何度もこの言葉は告げられた。
そして、
「だから、安心して」といつも続く。
今もそう。
でも、遮音結界が張ってあるとはいえ、人目がある。こんな公の場で言われたことは初めてではないだろうか。
落ち着いて食事なんてできやしない。
明日から講義が始まるから、今日は早く部屋に戻る話はどこへ行ったのか。
何故、今日はこんなにもリュークは己に構うのだろう。
何かに焦っているのだろうか。さっきもそんな雰囲気を漂わせていたが。
駄目だ。このままリュークのペースに吞まれては——
「リューク、わたし、剣術を習うことにしたんです」
あまりにも場の空気を読まないナギサの言葉に、リュークの完璧な微笑が、彫像のように凍り付いた。
「それは……君は魔導士を目指していると思っていたけど」
ナギサの表情を窺いながら、リュークにしては遠慮がちな問いかけである。
意表を上手く突けたようだ。
リュークの何もかも視透すような、包み込むような眼差しは影を潜め、その瞳には、ただ驚きと、問いかける色しかみえない。
「剣術って、憧れていたんです」
少し前、カエルも同じようなことを言っていた。その時は、ナギサはカエルを励ます側だったけれども、己のこととして考えるとどうしても前向きになれない。
ナギサは俯いたまま、手元のナイフをぎゅっと握りしめた。
「元世界で“魔女”って言われるのが凄く嫌で。気味悪がられて、『魔法を使ってみろ。こっそり人を呪っているだろう』なんて石を投げられて。……物語に出てくる女性剣士、憧れていたんです。不思議な力じゃなく、自分の腕一本で道を切り開いていく様が、すごくかっこよくて。
甘い考えだってもちろん自覚しています。でも、基礎鍛錬の先生に勧められて、思い切って受講してみることにしたんです」
面白いほどリュークの表情が変化する。
呆然とした顔から、ただ問いかけるような眼差しをナギサに向けたかと思えば、眉を寄せ痛ましげな色を瞳に浮かべたり。
「基礎鍛錬の先生が……?」
「そうなんです。この春学期にこのまま続けても、同じことの繰り返しだから、いっそ剣術を受けた方が他の技術も身に付くよ、って」
モリス達にも説明したことをリュークにも改めて説明する。
なるほどと納得の表情を浮かべ、さらに深く何かを考え込むような眼差しへと変わり、やがてその瞼がそっと閉じられていった。




