表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴィルディステの物語  作者: あるかな
【第三章】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

322/322

3‐5‐9 しんい

 


 瞼を開いたリュークの黄金の双眸には、先ほどまでの困惑はなかった。

 代わりに宿っていたのは、静かな、けれど逃れようのないほどに濃密な熱だ。


「ナギサ……君は綺麗だ。君自身がどう思っていようと、君は美しいよ」


 その静かで熱い言葉が、まるで神からの神託のように響く。


「白絹のような髪、紅玉のような瞳、ずっと触れていたくなるその白い肌。……君はこの僕の言葉も、他の者達からの賞賛も、まったく信用していないようだけど」


 リュークは何を言っているのだろう。神託めいた厳かな口振りであっても、そんな嘘は言わないで欲しい。わたしが綺麗だと、お世辞でもなく美しいというのか。その言葉はリュークやローニャに相応しい。神々に当てはめるにはおこがましいというならば、クラーヴィアやセラスこそ美しい。


「向こうで辛い目に遭ったこと、それは消し去ることはできない。彼らは君の真価を理解できなかった奴らだ。だから、そんな奴らの事は忘れて欲しい。——もし君が望むなら、僕がすべて消し去ってあげてもいいんだよ」


 記憶を消す。……昔は願ったこともあった。こんな忌まわしい記憶、無くなってしまえと。

 だけど、この世界でリュークが平然と行う記憶操作。目の当たりにして、その結果を見て、これはやってはいけないことだと思った。

 嫌なことも、忌まわしいことも、それは今の己を形作る一部、人との繋がりを創る一部でもある。


「君の魔力、白光の力。それらがあれば、無理に剣を握る必要なんてないんだよ。向こうでの不幸な出来事が剣への憧れなら、そんな悲しい理由で君の白い手を汚す必要はないんだ」


 リュークはどこまでもナギサを甘やかそうとする。

 けれど、それはナギサの「新たにやり直そうとする意志」を、真綿で首を絞めるように優しく否定していた。


「リュークは、……あなたはわたしに何を視ているのですか?」


 絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たいものだった。


「わたしが美しい? わたしの手が白い? そんな見え透いた嘘でわたしを惑わせないでください。神様ともあろうお方が、そんなにも審美眼を曇らせてどうするのですか」


 言葉を口にしてから、自分の不敬さに指先が震えた。けれど……


「わたしは無力です。モリスの危機に対処できなかった。ニールさんがあの時手助けしてくれなければ、今頃どうなっていたか。

 だから、わたしはもっと力が欲しいです。このやり直している時間に、大切な人を護れなくても、せめてその一助になる程度の力はつけたいんです」


 ——言ってしまった。

 リュークのことは大好きだ、憧れている。けれど、それ以上にずっと、怖かった。

 こんな己を綺麗だと持ち上げ、甘い檻に閉じ込めようとする彼の“想い”が。

 今のリュークの言葉は、まるで護られていればいいと、己は何も考えずにリュークの掌の中に納まっていればいいと言っているようで、それが何より恐ろしかった。


「……君は、僕では不満だというのかい?」


 刺すような冷気——

 驚いて金の瞳を見返せば、そこにあった春の陽だまりのような暖かさは、塵一つ残さず消え失せている。


 視線の先にあるのは、情け容赦なくすべてを凍土に変える、冬の吹雪。

 リュークの瞳は、もはや“親しい商人”のものではない。

 矮小な人の分不相応な望みを、冷ややかに見下ろす——神の眼差しだった。


 押し潰されそうな神威を前に、ナギサは震える膝に拳を押し当て、必死に声を絞り出した。


「あの時……春宵宮で、リュークはわたしの意思を尊重する、って言ってくれましたよね? わたしが望み、わたしが剣を握ることは、あなたの尊重のなかには入れてもらえないのですか?」


 そう、己の奥底に眠る異質な力——白光の力に怯えるわたしを励ましてくれたあの時。リュークは言ってくれたはず。やはり神の意思に沿わぬことは許されぬというのだろうか……

 ナギサは凍てつく黄金の双眸から、決して目を逸らさなかった。




 沈黙が、どれほど長く続いたのか。


「参ったな」


 溜息のような、独り言のような一言が零れた。

 刹那、凍てつく空気が霧散する。

 冬の凍土から、一瞬にして春の陽だまりへ。金の双眸から刺すような冷徹さが消え、温度が戻っていく。


 痛ましそうな表情が一瞬過った気がするが、今のリュークの表情はいつもの穏やかなものだった。


「姫君は、姫君のままではいてくれないんだね」


 降参だと告げるように、リュークがふわりと、けれどどこか寂しげに眉を下げた。


「?」


 リュークは何を言っているのだろう。わたしは姫君などではないと、何度言えばわかってくれるのか。

 だけど、今の言葉はナギサの言葉を受け取ってくれたということだろうか。


「わかった。剣術を習うのは認めよう。……ただし、絶対に無茶をしないこと。剣は僕に用意させて欲しい」


 続く言葉は意外なほどに、あっさりとしたもの。

 もっと厳しい条件を課してくるかと身構えていたナギサは、心の中で小さく安堵の息を吐く。


「無理なんてしません。もともと向いていないのは理解しています。剣術を習うだけで、騎士を目指すわけではありませんから」


 改めてリュークへ、剣術を習う目的を説明する。

 目を閉じ、静かに己の話を聞いている彼の表情は、いつもの穏やかなもの。


「だから、わざわざ剣を用意していただくほどのことではないです」


 騎士に憧れても、騎士になれるわけではない。剣士なんてもっと無理。

 あくまでも、咄嗟の時、魔法が使えない時に無力でいたくないだけ。


「たとえそうであっても、中途半端な物を君に持たせたくはないんだ」


 柔らかだった眼差しが、また真摯にナギサを見つめる。

 深く静かな色合いは、真摯にナギサを気遣うものに見える。


「わかりました。剣はリュークのお言葉に甘えさせてもらいます。

 でも、どんな剣を使うようになるか、はっきりするのは随分先になりますよ?」


 ここは己が折れるところと、ナギサは頷いた。

 その様子に満足したのか、


「さっ、早く夕食を片付けよう。ドナさんの目つきが、さっきから痛いんだ」


 そう言葉を口にするリュークは、すでにいつもの“商人の顔”に戻っていた。




皆さま、ナギサの物語にお付き合いいただいてありがとうございます。


読んでいただけてとてもありがたく、ものすごく励みになっております。


よろしければブックマーク追加や評価で応援いただけるととても嬉しいです。



次回更新は、5月18日を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ